35話 焼失




―修行一週間目



「はぁはぁ・・・も、もうだめぇ・・むりぃ」


毎日全身汗だくなり、弱音を吐いてぶっ倒れる。この修行、毎日きっちり昼の休憩を抜いても7時間ぶっ続けで行われているのだ。その間、俺は延々と師匠マッシュとワンツーマンで組み手の相手をさせられている訳だから下手な重労働よりもハードワークなのである。



「うーむ、こういうのはどうだ?」


時折、手が休む時は決まってマッシュが新しい技を考案する時である。


「近接格闘ってのは言うなりゃ他の体術の良いところを全部抑えた何でもアリな格闘術、肉弾戦から武器を組み込み、さらに関節技に締め技も使う。デメリットがあるとするなら強靭な肉体が無い場合、その全てが中途半端に終わる。正真正銘、強い者じゃなきゃ何の意味もなさない格闘術だ」


「それに加え、こいつもある・・・」


そう言うとマッシュは手のひらに何かを集中させる。


ブーン・・・。


まるで蚊が耳をかすめたような振動音が響き、そして手のひらから淡い光が包み込むように浮き出ている。


「これを説明するのは難しい。だが、体術を使う者はこれの事を『気』と呼んでいる。こいつを練り合わせる事で、体術はより応用が効き、さらに限界を超えた破壊力を得る事が出来る訳だ」


ふんっ!とマッシュがその片手に集めた気を投げるとその球弾は壁に激突し爆発、ドドーンという轟音を鳴り響かせ、遠くで煙が上がった。


「ぶっちゃけ『気』に関してはまだ使えなくても問題無い。高等技術という事もあるが、こいつは諸刃の剣でもあるからな」


「・・・デメリットがあるという事か?」


「ああ、気は人の生命エネルギーそのもの、使い方を誤ればそれは命を大きく削ると言われている。故に気を全力で使用する事は不可能と言われているが、まぁ今俺がやった事程度なら問題はない」


「そもそも気というのは熟練した武器使いなら誰しもが自然に纏わせているものだ。それが武器の強さ、強度に繋がっている。体術はそれを攻撃に応用してより効率的に使う」


「放った拳一つに己の気を集中し、攻撃に乗せればその破壊力は岩をも砕く。ただ、それでもソアレは中々に強かった。まぁあいつは魔法の手練れだったから相性が悪かったという事もあったがな」


「そう言えば師匠はソレアとどういう関係なんだ?」


「別に。あまりにも腕の立つもんが居ないから外に出てスカウトでもしようと、近辺をうろついていたら森を支配する魔女の噂を聞いたんでな。それで向ったら見事に返り討ちにされた。それだけだ」


「師匠でも勝てないとは、やっぱりソアレは相当な魔族なのか?」


「並みの魔族程度なら俺一人でも5人纏めて相手に出来る、だがあれは正直言って面倒な相手だ、素性は知らないがおそらく・・・第六魔貴族直属の精鋭と同等」


「そこまでか・・・」


あのソアレがそんなに強いとは、一見本当に普通の気さくなおばさんにしか見えないが。


だが、それにしても・・・・。


「魔族は皆、血の通わない冷酷無比な奴ばかりだと思っていたが・・・あんな、人間臭い魔族もいるものなのか?」


魔族なら誰しもが通る凄まじい試練を乗り越えて尚、人の心を保てるのだろうか?


「心を壊す者、元からそんなものが無い者、そして壊れる事無く自分を貫ける者、ソレアはきっとその中で一番最後の方だったんだろう」


「さーて、お喋りはここまでだ、考えた技を早速試して行くぞ!」



最早これは修行にあらず、ただの試し殴りだと思うのは俺だけか?とは言えこの一週間で明らかに戦いの幅は広がった。鹿である俺にしか生み出せない技と言うのは面白いし、やりがいもある。


だが、いかんせん・・・。


「おい、そこは空中二段ジャンプって言ってるだろうが!」


無理難題すぎて辛い。なんだよ空中二段ジャンプって・・・。


『格闘マスタリーのレベルが5に上昇しました。尚、上限に到達したのでこれ以上の鍛錬による修練値は無効になります』


『多段蹴りを習得しました』

『空中多段蹴りを習得しました』

『トルネイドキックを習得しました』

『『ファストトリック』を習得しました。これにより『クラッシュキャンセル』を習得、成功すると必中のクリティカルヒットを与えます』


『『気術』の知識を習得、鍛錬を積めば気を使った術や攻撃の強化が可能になります』



だが、おかげでさっきから絶えずに色んな技を習得して言っているようだ。


格闘マスタリーがlv5で上限ってのが気になるが・・・。



―何度目かの刺客



魔女と呼ばれる存在がその森に根付いて数年程経つが、実に様々な客が彼女を訪れた。そう言った出会いはまさに一期一会であり、孤独で生きる魔女にとって最高のスパイスでもありまた、



毒でもあった。



くたびれた女の前に立つ一人の青年。一見村人のように見えるが、女は既にその者がただ者でない事は見抜いていた。


「全く、次から次へと・・・誰が何回来たって同じだってのに」


「ふーん、確かに貴方は強そうだ」


「一応聞いとくけど、引き返すなら今だよ」


女は常に戦闘体形に入る。だが、その頬には一筋の汗。それを見て青年はクスッっと微笑を浮かべる。


「なんだ、察しているじゃないですか」


「自分が死ぬ事を」


「・・・ぬかせっ!!」


女は練り上がらせた黒い魔力の球体を青年に投げつける。球体は青年の前方でゆっくり停止し、今度は前方を中心に吸引し始める。


「なるほど、重力系魔法か」


「これが貴方の得意分野?」


青年以外の全てが吞み込まれ続けているのに、何故か青年だけは微動だにすらしていない。まるで地に深く突き刺さる楔のように動かない。


「化け物かっ・・・じゃあこれはどうだ?」


女が手を翳すと吸収しているはずの黒い球体から無数の闇の棘が青年を襲う。しかし、それもまったく物理に反したような動きで次々と躱して行く青年。球体が放す吸引力は全く意味を成して無かった。


「チッ」


だが、青年が避けに専念しているその僅かな時間で女はその場から離脱を計る。球体を瞬時に出し、そこに入り身を隠そうとした・・・はずだったが。



ガシッ



「・・・・・・・なんで」


「魔法はイメージだよ。僕がイメージして上手く計算された術式なら大抵の事は実現可能」



腕を掴まれ、そしてそのまま思いっきりぶん投げられた女はそのまま背中越しに家の壁に激突し貫通、巨大な穴から煙が舞い上がる。そこから女がふらふらと立ち上がる、頭から血は流れ、掴まれた腕は関節を無視した方向に捻じれ曲がっていた。


「はぁはぁ・・・クソ、あんた、人が一生懸命作った家壊してんじゃないよ」


血反吐を吐き、悪態付く女。


「なんら問題は無いはずだよ、どうせ貴方が死ねば貴方が作り上げた痕跡はいずれ朽ちる。それが後か先かの違いでしかない」


(クソ野郎が、なんで私が死ぬ事前提で語っているんだよ!)


「・・・お前、どこのもんだ?誰に命令されて来た?」


「それも意味のない質問だ、貴方はここで死ぬのだから」


ここで死ぬ、それは最早確定された未来なのかもしれない。だが・・・。


「うおおおおおおおおお!!!!」


渾身の魔力を込め、重力を秘めた魔法の球体に青年を閉じ込める。その中は紛れもなく確かな超重力、吸い込まれる先は完全なる無の世界。通常ならその時点で肉体は切り刻まれ、無に呑み込まれて終わる。




ザシュ・・・


大量に血液の詰まった心臓を貫通する音が自分の体の中から響く。下を見ると自分の胸の中から手が突き抜けている・・・。行き場を無くした大量の血液が喉から溢れ、肺に酸素さえ送れない。


「・・・・な、なんで、だ」


喋れるはずの無いその状態で、必死に声を振り絞る女。


「貴方が閉じ込めたのは僕の分身だ、動揺して見抜けずにいたか」


「・・・少し残念だ」


青年が手を抜くと同時に女はその場に崩れ落ちる。

勝敗はあっさりと決した。


女の体温が急激に低下していく。


虚ろになった目の奥に、その脳裏に最後に浮かぶ光景。



・・・・・・・・・・・・・・・



青年は女が死んだ事を消滅した魔力で感じ取る。



「強かった、いや、死んだのだから弱かったのか・・・重力操作は中々だったけど、僕の分身を見抜けないなんて、所詮はこんなものか」



青年は女の躯に火を付け、そしてそのまま女の住んでいた家も、そこにあった全てのものに火を付けた。火は全てを焼き付くし、やがて森をも呑み込んでいく・・・。



しばらくして・・・


オールドールに住む魔女の悲報は、周辺の村々に深い影を落とした。

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