30話 魔女



―記憶



生まれた時から殴られ続ける日々だった。


歩ける頃には思いっきり腹を蹴られ、それで死んだらそれまで。

選別はいつだって誰かが死ぬまで続いた。


家族の顔も知らず、ただ誰かが殺されるのを待つ日々・・・。

子供の頃は全てが恐怖で支配されていた。次殺されるのは誰か、

そう考えるだけで涙が溢れ、死にたくないと願い続けた。



だが、ある日を境にそんな日々にも耐え続ける事が出来るようになった。何かが変わったとすれば、それは虐待する者が大人から子供へと変わったぐらいだ。だが、そのおかげで皆で寄り添えば何とか命ぐらいは持ちこたえることができた。



強き者だけが優れ、弱き者達を篩にかける。


弱き者達が集まれば、さらに弱き者を誰かが守る。


そうして僕らは家族を作り、皆で支え合って生きてきた。



そんな中にひと際、目立つ存在がいた。僕たちの中でもさらに弱いその子は、弱いのに強かった。弱っている誰かを庇い、いつも傷ついていた。



皆で生きようと呼びかけ、大丈夫だと叫ぶ。



苦しくて、悲しくて、涙が止まらない時、

一緒に耐えるように彼はそばに居てくれた。




・・・これが、私の出発点だった。





ーーーーーーーーーーーーーー



―オールドールの魔女



俺達はロドリー達から会議の説明、そして今後とも協力して魔族を討ち、ひいてはあの皇帝アルテミシアの調査にも協力すべく、改めてジゲンの元へいる部屋を訪れた。


「そうか、決意は固まったか」


「ああ、出来る限りは協力するぜ」


「あ、そうそう当然費用はそっち持ち、だよね?」


「うむ、最低限の金は調査費用として出す」


一体、その最低限がどれだけの額になるのか、今の帝国の事情を知ればあまりあてには出来ない。だが、それも覚悟の上であり、もし金に困るような事があっても、その時はまた金を稼げば良いと言うのが皆の一致した意見だった。



「では、まず最初に・・・魔女に会ってきてほしい」



「「「・・・・魔女?」」」



「そうだ、この帝都から街道を東に歩いて行けば、最北の港町オルマーがある。そこからさらに北に行くとオルドール森林があり、魔女はそこに1人で暮らしているのだ」


「もしかしてだけど、その魔女ってのは・・・」


「ああ、魔族で間違いないだろう」


魔族・・・全員に戦慄が走る。



「その魔女が何時からあの森に居るのかは把握出来てない。よって此方から何度か討伐隊や調査隊を送っているが、その全てが失敗に終わっている」


「当然、始末するからにはそれなりの人員を送ったのだろう?」


「うむ、最終的に100名近くの隊を送り込んだが、それでもあの魔女の力の足元にも及ばなかった」



「無理すぎる・・・・」


「おい、話をちゃんと聞いて無かったのか?私は魔女を倒せなんて事は一言も言ってないぞ」


「いや、会いに行ったところで殺されるに決まっているだろ、なにせ100人をも精鋭を・・・」


「100人送ったが別に全滅した、なんとも言ってない。寧ろその100人は無事に全員戻ってきた」


「・・・・どういう事だ?」



ジゲンは改めて皆の方に顔を向けた。


「それを調べて欲しい、という事だ」


「・・・その魔女は、そこまで好戦的ではない、という事か?」


「その通りだ、最初から討伐ありきで作戦を立てた我々には耳を貸さなかったが、お前達ならもしかすると話ぐらいは聞いてくれるかもしれん」


「ただ下手に機嫌を損ねれば、命の保証は無い」


「・・・分かったぜ、その魔女の情報を知ってるだけ教えてくれ」


「近くの村人達にはオールドールの森の奥でひっそりと暮らしている変わり者と言われている。強さは先ほど言った通り、少なくとも上級将に匹敵するほどの実力だろう。好戦的でないと判断したのは、人を襲う様子が無いという事だけで、此方から向かえばその場の限りではない」


「どうしてそんな所に1人で暮らしているんだ?」


「知らん」


「年齢は・・・?」


「知らん、だが、見た目は美しい女らしい」


「他の魔族との関係は?」


「分からん、だがそう言う者との接触は無かったと聞く」


「この事を知っている者は?」


「そこまで多くは無いだろう。帝国領の中に魔族がいる事はあまり大っぴらにはしたくない」



ジゲンとの会話はこれで終わった。

俺達は一旦部屋に戻る。



それにしても、魔女・・・いや、はぐれ魔族と言うべきか。


こんな身近に魔族との接点があるなど思いもしなかっただけに、この調査は意外だった。



「魔女、そういう単独で行動する魔族と言うのは結構いるものなのか?」


「多くはねぇだろうけど、居るって言うのは聞いたことがあるぜ、だがそういう輩は大体討伐対象か、既に討伐済みのはずだ」


「とりあえず、生還者は多いみたいだし王宮の兵舎に行って話聞いてこない?」


「王宮って入れるのか?」


「もぬけの殻って言ってたし問題っしょ」



ミリューの指摘した通り、王宮正門はすんなり通過する事が出来た。

見張りは当然居たが、ジゲンから事前に報告が入っていたらしい。


「ヒュー、あのおっさん手回しがいいわねー」


「落ちぶれたとはいえ、帝国お抱えの冒険者だもんな。これぐらいはして貰わねぇと」



兵舎は王宮とは別館の場所にあり、訓練場と兼用しているようだったが兵士の数はまばらで、何となく覇気が無い。惰性で剣を振り回しているように見える。


「まぁ、皇帝不在になってから大きな戦争も無いし、平和っちゃ平和なのかもな」


「あら、あなた達」


颯爽と声をかけてきたのは会議室にも居た帝国猟兵のアンだ。ポニーテールが印象的なモデル体型の美しい弓兵である。これで耳が尖って居ればどこぞのエルフの弓使いよりよっぽどそれっぽく見えるのだろう。



俺達はさっそくアンに例の魔女について聞いている。



「ああ、オールドールの魔女ね」


「おお!やっぱり知ってたか」


「そりゃ有名だしね。まさかジゲン様が頼んだ事って」


「ああ、その魔女に会ってこいだとさ」


「なるほどね、まぁあなた達なら問題ないかもしれないわね」


「その魔女ってさ、一体どういう人なの?」


「うーん・・・実を言うと私も分からないのよ」


「あれ?直接会ったんじゃないの??」


「ええ、会ったわ。だけど、そこでひと悶着あって、結局それじまい。あれは完全にこちらの落ち度だったわ・・・」


「まさか・・・いきなり対話もせずに斬りこんだとか?」


「それよ、ヘクターのバカが『魔族なら俺の相手をしろ』っていきなり・・・それで機嫌損ねちゃって、そのバカは良いように手玉に取られて、機嫌損ねた魔女はそのまま家に入ったきり出てこなかったわ」


「ヘクターってあの解雇された傭兵の?」


「あら、なんだ知っていたの?まぁ解雇というか、自分からクビになったと言うか、いい大人が子供みたいな事で喧嘩しちゃって、ホントバカよね・・・」


アンは遠くを見つめながら少し呆れ気味にため息をつく。


「そうだ、あなた達、もしヘクターを見かけたらちゃんと「ごめんなさい」して帰って来いって伝えてくれる?」


「彼なら、昼間から毎日満月亭で酒に溺れていると聞いたが」


「まぁ、そうなの?ありがとう、じゃあ仕事が終わったらさっそく叩き直さないと」



そう言うとアンは持ち場に戻って行った。


「何気にあのヘクターって男の事好いてるのかな?」


「そんな事より魔女の事、全然聞けなかったぞ」


「まぁ、他にも聞いてみようよ」



だが、残っているのは新兵ばかりで結局アン以外に目ぼしい情報を持つ者は居なかった。


「結局、収穫なしか」


「悪い人じゃないみたいだし、とにかく会いに行ってみようよー」


「・・・そうだな、こちらに敵意が無い事をアピールすれば話ぐらいなら聞いてくれるかも」



―そして翌日



昨日で準備して、早朝馬車を借りて帝都を出る。目指すは帝国の玄関口でもある港町オルマーだ。オルマーではもちろんの事、オールドールの森周辺にもいくつか村があるようなので、道中それとなく魔女の事を聞いて回るつもりだ。


そんな馬車に揺られながら・・・。


「それにしても、まさか鹿があのロバルトさんだったとは」


「なんか今さらだけどさ、俺達、結構失礼な事してたよな・・・」


「気にしないでくれ、こっちも隠していた訳だし」



俺は干し草を食いながら返答する。

うんうん、これから色々と改めてくれれば。


「それにしてもそうやって草ばっか食ってると本当に鹿にしか見えないな、つーかそれ以外まるっきり興味ないようにさえ見える・・・」


「いや、雌鹿には興味ある」



「「「ハッ!!!」」」


「そういえば、鹿だと思って全く警戒してなかったけど、あんた・・・その容姿で草ばっか食べてるふりして、私たちのあられもない姿を・・・!」


「ミリュー、雌鹿に興味があるがお前には興味はないぞ」


「え?・・・だって人間だった記憶も当然残っているんでしょ?だったら ///」


「残っている=性欲には直結しない。現に皆が水浴びしている時、俺は遠くで草食ってただろ」


「そうね、言われてみれば・・・でも、もうこれから先、ちょっと鹿君見る目が変わっちゃうな~~考えてみれば私たち元おっさんと半年も濃い月日を過ごしていたのよねぇ」



「言い方言い方」



・・・まぁ、野営見張りの時の楽しみの事は黙っておこう。実際、色気もへったくれもなかったし。



「それに草食動物ってのは恐ろしく燃費が悪い。常に草を貯めこんで無いと、ガス欠したら本当に動けなくなるからな」


「生存戦略の一つとは言え、不効率極まりない進化を遂げてますものね」


「ああ、美味しいと思う者は常にライバルがいる、それに比べれば草は本当にその辺に生えている。無駄に敵を作らないように俺達はこうして草だけに集中して食性している」



俺達・・・そういえば別れた家族達は無事に生きているだろうか?特に妹の事は気になる。鹿だったとは言え「おにいちゃん」と言ってくれる存在は大きかった。



「でも、俺達が食べるものとか、食えなくはないんだろ?」


「いや・・・胃が受け付けない。人間で言う所の胸焼け、胃もたれみたいなものをおこし、最終的には吐いてしまう。栄養過多というやつだろうな」


「ふーん・・・じゃあ、草が無い、砂漠とか荒野みたいな所だとやべぇな」


「そうですね、拠点が全くない地帯ですと、食料も携帯食が殆どになりますし」


そう言いながらラミが干し肉を取り出す。それが一体なんの肉なのかはあえて聞かないが。


「それは俺も考えている。何かいい方法があればいいのだが・・・」



まぁ、それはおいおい考えるとしよう。

この辺一体は草萌ゆる草原地帯だし、これから向かう先も森なら全く問題ない。



「さらに驚いたのが、ペリエッタだよなー・・・魔法人形って、絶対嘘だろ」


ロドリーがペリエを触りまくる。


「チッ」


「・・・人形が舌打ちする?」


「最初、いや俺が人間だった時はここまで感情を見せる事は無かったんだ」


「ペリエが変わり始めたのは、白銀という男にしばらく預けた後だ。どうも色々とあったらしく、その中でペリエの中に『樹精』とよばれる核が生まれたらしい」



「樹精ですって?・・・それって精霊樹ドライアドの事じゃ?」


「周りからはすっかりそう見えるみたいだな。おかげで、魔法以外にも色々な術を覚えているみたいだ」


「こくこく」



・・・・余計な事も覚えてしまったらしいが。


「な、成程な。それにしても魔法人形という存在自体を全く知らなかったからな、最初は本当に人間だと思ったぜ」


「作り方が難点でな。死んだ女性の骨格を元に、魔法で培養された細胞を形成して作られたそうな。ギルドの連中が言うにはその成功は本当に偶然だったらしい」


「へぇ・・・そういう理由ならこの世に多く出回らないのも納得いくな」


「ああ、俺は魔法ギルドに多額の借金をしている。現に今だって魔石関連の事になればほぼタダ働かされる訳だ・・・鹿になった今でも」


「ギルドの連中もエグい事すんなぁ・・・でもよ」


「なんで魔法人形なんて購入したんだ?」


「あんた程の有名人だったらギルドに頼めば専属の傭兵ぐらい雇えただろうにさ」



・・・・夜のお供にしたかったと正直に言うはずもなく。


「・・・人見知りだったんで」


「うわー・・・案外、エッチな事したかったとかだったりして」


・・・俺は無心で草を食う。



「・・・鹿君さ、なんか言いずらそうな事あると草食べるスピードめっちゃ早くなるよね」



「・・・・・・・・」



俺はこいつが嫌いである。




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