31話 魔女(2)
―帝国領港町オルマー
ここは『伝承』を授かった最初の皇帝発祥の地と言われている。魔族に占拠され、自らの臣下さえも命を奪われ、帝国最大の窮地の際、謎の女占い師から伝承法を授かり、自ら魔族と対峙し討ち死にしたとされる場所。そしてその継承は無事にその皇帝の息子へと受け継がれたと言われていて、これがあの詩人の謳う詩へと続いている。
帝都そのものが衰退しているとはいえ、こちらの方はそれに比べていくらか活気があるようにも見える。主な交易先があの聖騎士の国であるランド王国だからだろう。俺達はさっそく魔女やその周辺の地理について情報を集めていく。
「うーん・・・近い村は一つだけ、か」
「魔女についての情報はさっぱりね、これについては帝国の方でかん口令でも敷いたのかもね」
「まぁ、下手に民を脅かさせるだけだもんな」
オルマーでの用事は手短に済ませ、その足でオールドール森林手前の村まで行く。そこで一泊して早朝、魔女の住む家に行くつもりだ。
―森の村
通常、森の近くなどに人が集落を作る事は無い。それは魔物に襲われる危険性があるからだ。だが、逆に言えば人が近くに住めると言う事は、その森にはそこまで恐ろしい魔物は居ないという事にもなる。
地図にさえ載らない口伝えだけで確認されているその名もなき村は、家屋の数も十に満たない程の小さな村だった。
「ほぅ~・・・旅の方や、お主たちは魔女様に会いに行かれるか」
長老と思しき老人の家に招かれ、そこで魔女の事を聞いた最初の返事である。
「様?」
「ええ、偉大なる魔女様のおかげで、ここはもう何年も平和ですのじゃ」
「魔女が村を守っているのか?」
「いえいえ、そうではありませぬ、ああいう力ある者が近くに住むだけで弱い立場の私たちはその恩恵を受けれます。この森に凶悪な魔物が寄り付かなくなったのもあのお方のおかげですのじゃ」
「なるほど、では、その魔女がこの村に対して対価を要求するという事は?」
老人は首を大きく横に振る。
「あのお優しい魔女様がそんな事をするはずありませぬ、それおろか、たまに此方へ出向いてお恵みさえ与えてくださる程ですじゃ」
「そんなお優しい魔女様に対し、あろうことか帝国の連中はなんと討伐隊を派遣してきたのだから、なんとも嘆かわしい事です」
うーん・・・どうやら噂以上に非好戦的な魔族らしい。
だが、そんな優しい魔族など、俺の記憶でも聞いたことが無い。
何か裏があると勘ぐった方がよさそうだ。
とりあえず、開いてる納屋を借りそこで一泊過ごす事にした。
朝に出れば明日の昼前には例の魔女に家に着くはずだ。
「いやぁ、なんか戦いのない旅ってのも拍子抜けするな」
「あーやだやだ、これだから戦闘狂は」
「あん?単に腕が鈍るって言ってんの」
「これまでの情報を整理しても、魔女と争う事にはならなそうですね」
「ああ、人と友好な魔族、か・・・そういう輩も出始めて来ているのかもな」
「・・・忘れるな、魔族は人の肉を食らう」
俺がそう言うと、一瞬全員が影を落とす。
「仲良くなるのも手の内って訳か」
「その可能性は充分にある、何事も疑ってかかるべきだ」
「でも、なんだって人の肉を食うんだろうな」
「それは、魔力を維持する為って聞いたことがあるけど」
「そう、何故か魔族は人の血肉を取り込まないと魔力が枯渇するという性質があるらしい」
「へぇ、やけに詳しいな。まさか魔族にもなってたとか言うんじゃねぇだろうな?」
「ああ、魔族にも転生した事はある」
「・・・・おっさん、何でもありだな」
この際、丁度良い頃合いだったので俺は自分が持つ魔族だった頃の記憶や、その時に得た知識を共有する事にした。
「まず魔族の出生方法だが、魔族間同志で性行為をする事は殆ど無いとされている」
「ふーん、やっぱり魔族も性欲は低いの?エルフみたいに」
「うむ、なにせ凝り固まった優生思想みたいな人種だからな、異性関係も各々が優秀であるか否かでしか考えて無い。」
「それで、魔族では優秀な遺伝子を持つ魔族の子種と卵子を人間の女の胎内で受精させ、出産させる方法を取っている。まぁ、俗に言う代理出産というヤツだ」
その代理母なる人間の母、通称孕み子と言うが、脳内は完全に破壊され、妊娠のみが機能するように改良されている事は伏せた。
「それで生まれた子供は、生まれてすぐに選別にかけられる」
「大人が子供を試すんだ、文字通り拳でな」
「それって・・・」
「ああ、耐えきれない者は死んでいく。そうやって強い力を持つ魔族を選別していくんだ」
最初こそ魔族だって人と同じ。だが、そんな過酷な環境を生き抜く上でどんどん人としての感情が消え失せ、残忍な性格になっていくのだ。
「まるで修羅だな・・・道理で連中はあまり数が増えない訳だ」
「ああ、上手く成長しても今度は生まれた者同士で弱肉強食が始まるんだ」
「そこで大きく二つに分かれる。強くして弱者をいたぶる者と、その強者からの暴力に耐える為に皆で・・・」
皆で・・・ここだ、前もここを思い出そうとすると急に頭が痛く・・・。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、何故か特定の記憶を掘り起こそうとすると頭痛が起こるみたいだ」
「続けよう、幼少時の時点で強者と弱者に分れ、狩る者と狩られる者へ分別される。俺はその時に死んだ、5歳ぐらいの時だったと思う」
「・・・・考えてみれば前世の記憶があるって事は死ぬ直前の記憶も当然ある訳だよな」
「間抜けな顔してるけど、結構壮絶な人生歩んでいるのね、鹿君って」
間抜けは余計だよ。
「そんな環境で生まれ育った連中にとても慈悲が芽生えるなど思えない」
「成程な、確かに。魔族ってのは余程力のある者じゃ無いと成人さえ越えられない。強いわけだ・・・」
「でも、最悪ね。常に周りは敵だらけって事でしょう?休まる暇もないくらいに」
「だからこそ魔族は常に力を誇示し続けなければならないのでしょう」
「もしくは、そんな世に嫌気がさしてこれから向かう魔女みたいに隠居決め込んで何処かに籠るかって事か」
・・・魔族の場合、力と余裕を手にする者はほんのごくわずか。
そこで何かを学び、何かを得る機会はあるのかもしれない。
まぁ、俺としては魔族は冷酷で残忍であった方がありがたい。
下手に理解や同情などしてしまえば、死んでいった者達にあわす顔がない。だが、頭痛の奥に、皆で笑い合った記憶がちらほらと見え隠れしているのが見える。特に仲が良かった、俺より少し年上の男の子の手、そのぬくもり。
そんな話をしている中、ついに俺達は目的の魔女の家までやってきた。
―魔女の正体
「くんくん・・・なんかあの家からすんごくおいしそうな匂いがするんですけど」
「ああ、まるで焼きたてのパンでも焼いてるような・・・」
「外に誰かいますね」
近くまで来ると、バーメイドドレスを着ている女性が家の横で薪を割っている。年齢は・・・30後半、40手前と言った所か、髪は頭巾で纏められている。化粧っけは殆ど無く、言っちゃなんだが何処にでもいる村のおばさんそのものだ。
・・・おいおい、まさかアレが噂の魔女って事は無いよな??
「あ、あのーすみません、私たち魔女がここに居るって聞いたんで会いに来たんですけどー」
コミュ力満載のミリューが先頭に立ち、恐る恐るその女性に声をかけてみる。
「ああ、私がそうだけど、何の用?」
あっさり認める女性。仕入れた情報とは一体何だったのか。
「いやぁー聞いてた話とは随分違うんだな。俺はてっきりなんか威張り散らして、露出多めのけばい姉ちゃんでも出てくるかと思ったぜ」
ロドリー、それはさすがにステレオ過ぎだろ。
「全く、何処から私の事を聞いたか知らないが、確かに私は魔女だし・・・魔族だ。だけど、魔族がこんな格好でこんな事しちゃダメだなんて決まりはないはずだよ」
「いや、別にそういうつもりで言ったんじゃ、気を悪くしたら謝る」
「ふぅー、いや別にいいよ。それより、あんた達パン食べてく?」
「「「食べる!!ます」」」
「こくこく」
こいつら食い意地に釣られやがって・・・。
だが、この人物を疑うレベルは大きく下げても問題ないかもしれない。それほどに、この魔族から悪意を感じない。鹿目になってまるっきり役に立たない『万色感知』の方でも変化はない。
そうして、俺達はいとも簡単に魔女の家に迎え入れられ・・・
「うまっ!」
「さすがだねぇ」
「美味しいっ!」
「んが、んぐぐ・・・」
無我夢中でパンにありつく者3名、喉に詰まらせる者1名、ペリエに至ってはおかわりまでする始末。
ヘイ危機感!カモン緊張感!
「どうだい?中々イケるだろう?なにせ小麦から拘って作ったんだから」
「ああ、こんな柔らかくてケーキみたいなパン初めて食ったぜ」
「うんうん、それにめちゃくちゃ甘くて口の中が幸せ~」
「はぁはぁ・・・でもあんまり口の中に入れるもんじゃないわね・・・口の中の水分全部持ってかれそうになったわ」
「お前はがっつきすぎだ!」
「はぁ?それを言うならペリエッタちゃんの方に言ってよ」
「ペリエ・・・自重しなさい」
「チッ」
「へぇ、喋る鹿なんて珍しいもん久々に見たわ」
「んで・・・お前達は一体何用でこんな所まで来たんだい?」
女の眼光が急に鋭くなるのを感じる。
隠居してもそこはやはり魔族か、物凄い魔力を感じる・・・気がする。
「まぁ、隠したって仕方ねぇ。正直に言うとな、俺達は帝国の偉いおっさんにあんたに会いに行けと頼まれたんだ」
「へぇ、あのボンクラ国家にねぇ」
「なんか、初手で大きくやらかしたみてぇだな」
「ああ、私がまだここに来て間もない頃だったね。その時はまだ魔族のなりしていたし、まぁ怖がられても無理は無かったんだけどさ、問答無用ってのが気に入らなかったね」
「まぁ、軽く懲らしめてやったわよ、フフフ」
「そう言えばまだ自己紹介してなかったね、私の名前はソアレ。見ての通り今はただのおばさんだ」
ソアレの自己紹介を皮切りに皆も順を追って自己紹介をしていく。
「俺はこんな姿をしているが、元人間でロバルトと言う、そして、元魔族でもある」
「・・・・つまり、転生者って訳かい?」
「ああ、『継承記憶』というスキルを持っている、これで前世の記憶を維持したまま転生できている」
「・・・聞いたことないスキルだね、まぁ転生系スキルなんてそうそうにあっていいものじゃないのだけどね」
「まぁ、それはそれとして、お前たちは私に何を聞きたいのさ?魔族についてかい?それとも、消えた皇帝の行方とか・・・?」
「!?・・・・知っているのか?」
「まぁね、一応これでも人の上に立つ立場にいたもんでね。だが、勘違いしないで欲しいのは、私はこれでも『魔族』だという事だ」
「そうか、ではソアレ殿。貴方は今でも人を食らうのか?」
「・・・・・・・・・」
「食らうと、言ったら?」
ゾクッ・・・
ソアレがそう言った瞬間、急に背筋が凍り、全身から冷や汗が爛れてくる。
この目は完全に捕食者のそれだ。ソアレ、やはりこの魔族は・・・・。
「べーっ!食べないよ、食べない食べない」
突然、赤子をあやすようにベロを出して笑うソアレ。
「お前達、私が今何食べてるか、さっき家の前で散々匂い嗅いでいたろう?私には森の恵み、野畑の野菜、狩猟で取れる肉に、美味しいパンがあれば何もいらない」
「良いだろう?完全な自給自足さ、人が大地に立って一人で生きていけるなんて、なんて浪漫あふれる事だと思わないかい?私は昔からこういう生活に憧れていたのさ」
目をうるうるさせて夢を語るソアレ。
その姿はまるで理想の老後を語る中年女性そのものである・・・。
「それでは魔力の維持が出来ないのでは?」
「まぁ、その辺に関しては常に対策済みさ」
「じゃあ、今の魔族は人を食わないのか?」
「まぁ、そうだね。この方法が確立されて以来、殆どの魔族は人間を食らう事は無くなったというのは事実だ。なにせ、元々人の血肉というのは汚らわしいとして忌避してきたからね。気品を重んじる魔族社会じゃ不浄なんだよ」
「それで、その方法とは?」
「・・・おい、鹿。さっきから聞いてばかりじゃないか。聞くからには当然、それに見合った対価を支払えるんだろうね?」
「い、いや、それは・・・」
「その体で払うって言うならやぶさかじゃないんだけどねぇ」
(鹿肉は赤身が多くて、美容にも良くてねぇ~・・・それに新鮮じゃ無いとすぐに痛むから、捌いてすぐ食べるのがまた至高なのさ。まぁ、その点脂身はすぐに固まるから食えたもんじゃないのだけど・・・)
ソアレは艶っぽい声で舌なめずりをする。あれは男を見る目じゃない。
食材を見る目、そのものだ。食べないでください。あと語らないでください。
「・・・まぁ魔族が両手放しで人に協力するだなんて思わない事だね。私から色々聞きたいのなら、まずはそちらもそれ相応の対価を支払うべき、そうだろう?」
「対価っても、俺達はそんなに金なんて持ってないぞ」
「フッ、金なんかいらないわ。そうだね、じゃあとりあえず・・・」
「まずは私の手伝いをしてもらおうかね!!」
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