26話 伝承の行方(2)




魔法研究所を通る際、炊き出しをやっているらしく人々が列をなしていた。並んでいる殆どが平民である。人の往来が途絶えて商いする事さえ難しく、さらに他所へ行くあてもない人達が溢れているのだろう。




「はーい、ちゃんと並んでね。大丈夫まだまだあるから」


「炊き出しは子供優先だ、大人は支給品をこちらで受け取ってくれ」



指示を出して配分している人達はお世辞にも品があるとは言えなかった。女の方はピンクのハイヒールにニーハイでハーフパンツ、そしてその衣装や顔に様々な模様を施している。さらに口紅が真っ赤なのが返ってそのケバさを引き出していた。昨日居た傭兵がハードロックバンドのギタリストならこっちはその追っかけというイメージがぴったりくる。炊き出しをしているくらいなのだから、見た目に反して良い人達なのだろうが、あれで部下がモヒカンとかだったらちょっと嫌になる。胸に七つの傷がある男が来襲しそうで。


「なんだぁ、鹿なんか連れて、お、もしかして差し出しかぁ?いや~悪いねぇーでもこれで皆に栄養満点の鹿鍋食べさせてあげらぁ」


ガラの悪い男が問答無用で俺の首縄を引っ張っていく。

やめて。助けて。ケーン。


「ちょっと!これはダメよ!食べ物じゃないから」


「はぁー?食べ物じゃない鹿がどこにいるってんだ?」


「施しなら少しできますから、こちらは返してください」


「へぇへぇ、そりゃまいど・・・ありがたやありがたや」


「ところで、あんた達なんで炊き出しなんかしてるの?そんな風には見えないけど」


「へっへっへ・・・そりゃそうだ。・・・実はな、ここだけの話俺達はこの帝国の裏で暗躍する組織、盗賊ギルドなのさ」


「あっさりバラすんだ・・・」


「かまわねぇよ。どうせ取り締まる兵さえいやしねぇってんだ、ここは正直言ってもう終わりだぜ」


「もう、本当に・・・王が居なくてもその代わりになる立場の者達は一体何をしているのでしょう」


「馬鹿な連中だよ、いつまでも過去の栄光に縛られて現実が見えてねぇ」


「・・・国の奴らはな、今でも探してるのさ・・・消えた皇帝の行方をな」



「じゃあ、王宮の中って・・・」


「召使いに執事だけさ。兵士は皆出払っている。もぬけの殻ってやつだ」


「それじゃ、あんた達なら何でも盗り放題って訳ね」


「フッ、国庫の中身なんか、もう何百年も前から空っぽさ、売れるもんなんざ何も残ってねぇよ」


「・・・悲しいわね、権威が抜けた国なんて」


「なぁにこんだけ人は居るんだ。ここはそのうち貴族だの皇帝だのに拘らない、自由な国に生まれ変わる、いや、生まれ変えて見せる!皆そう願って頑張ってる所って訳だ」



「そんな国が出来ればいいわね・・・」



ラミのその一言を最後に俺達はその場を離れ、魔法研究所を目指す。そして市街地より西の少し外れに、それと思しき古びた建物があった。



「あれが、魔法研究所か」


それはまるで廃墟のように朽ち果てている・・・ように見えたがかすかに人の気配がする。庭には小さな畑が、そして各種様々なハーブのプランターが置かれている。これは魔法研究所と言うよりは・・・。


「あーら、いらっしゃい・・・お客様かしら」


腰の折れたしわくちゃな老婆がゆっくりと現れる。


「おじいちゃーん、お客様ですよ」


「ほぅ、客とは珍しい・・・」


これまた、杖をプルプルさせた高齢のおじいちゃんがゆっくりとこちらに向かってくる。終の棲家かここは。


「こちらが魔法研究所とお聞きしたのですが」


「そうそう、ここが魔法研究所ですじゃ」


「さぁさぁ、どうぞ中へ・・・選りすぐりのハーブティーでも飲んでいきなされ」


うーん、俺に動じないその貫禄。全てを達観したようなあの物腰。


間違いない・・・ここは、完全に・・・無駄足な気がする。



しかし、せっかく寛いでくれと言われたので皆でお暇する事に。しかし、室内も何と言うか、洗濯物が干され、先代の写真が並び、テーブルにはお菓子にお煎餅・・・魔法の魔の字も感じさせないこの安心感。もうこれは普通に地元にあるおばあちゃんの家だ。


「ふー・・・安心するわぁ」


「お前が寛ぐな!」


「おやまぁ・・・鹿が喋るなんて、もうそろそろお迎えがやってきたのかねぇ」


「ふむー・・・ところでばあさんや、ご飯はまだかのぅ?」


「いやだわ~おじいちゃんったら、夕食ならさっきたべたでしょう?」



今は昼だよおばあちゃん!ってかまたこのパターンか!年寄り率多いな!どんだけシニア好きなんだよ。・・・まぁ聞くだけ聞いてみるか、無駄ならさっさと図書館行こう。



「もう一度聞くが、ここは魔法研究所で間違いないのですか?」



「ええ、ここは魔法研究所ですじゃ、ですが、わしらが生まれる前のちょっと前で帝国から独立して、そこからはわしらが何とかきりもみしてやってきたんじゃ」


「そうでしたか・・・それで、今でも魔法の研究を?」


「ええ、たま~に、術の開発なんかしとりますし、杖を作ったり・・・後は藁を編んで色々作ったりもしとります」



確かに言われてみれば、いかにもらしき壺が中央にあり、何かをぐつぐつと煮ている。中々に年季のこもったそれでいて、高い魔力を秘めてる感じのする杖が飾られ、そしてその横で笠やミノ、草鞋などが並べられている。


世界観がゲシュタルト崩壊していく。



「皇帝が秘めていたとされる『伝承』について何か知っていますか?」


「でんしょ~?ああ、ハトならうちじゃ使ってませんよ」


「いや、伝書バトじゃないです。『伝承』という、皇帝に代々伝わる秘伝のスキルのはずなんですが・・・」


「でんとう~?ああ、そうですな、この藁を編む作業はわしのわしのじいさまが代々伝えてきてですの~・・・」



ダメだこりゃ、次に同じ事訪ねても・・・


はぁ~?べんとう~?ばあさん、めしはまだかのー


・・とか返すに違いない。次はなんだ、弁償か!きっとそうだ!



「そうですか・・・皇帝様はそんな大層なスキルをお持ちになっていたのですねぇ」


「わしは会っておりませぬだ、しかし、わしのじいさまなら皇帝様とお会いになった事もあったらしいですじゃ、その頃はここも若いものでごった返しておったらしいですからのぅ」


「それは、アルテミシア様の事でしょうか?」


「そうそう、胸はまったいらだったそうじゃが切れ込みからチラつかせるふとももはさぞご立派だと言っておりましたわい」


「どういう人だったか、何か言ってませんでしたか?」


「うーん、そうじゃのぅ・・・アマゾネスという種族の出らしくての~妙に男を毛嫌いしておったようですのぅ、でもじいさま曰く、あれはツンデレだったと言ってましたけどのぅほっほっほ」


「ツンデレですか、何となくイメージできました」



きっとアレだ「男よ!殺しなさい!」とか言う感じなんだろうな。たぶん。


「それで、アルテミシア様はどうして急に居なくなったりしたのでしょう?」


「ん~・・・さあ、しかし、じいさまが言ってましたが民を見捨てて何処かへ行くような方では無いと、でも、もしかするとツンデレだし、コロっとイイ男とデレデレして帝国をホイホイ見捨てかもしれませんのぅ」



国をホイホイ見捨てないで。



・・・あー・・・さすがに、これ以上聞いても何か得られるものがあるとは思えん。まぁ、全てが順調に行けば苦労は無い。次で仕切り直しだ。



そう思って席を立とうとした時だった。




「おや、もう行かれますかのぅ・・・ですが、せっかくこんな所まで来たのですし、ばあさんやーアレをもってきておくれ」



おはぎかな。きっとおはぎかな?


だが予想に反してばあさんは少し大きめの魔導書を持ってきた。



「ほいほい、おじいさん。これですかのぅ?」


「そうそう、それじゃそれ、これは魔法『ファイアーボール』が使える秘伝書じゃ」


「えっ?」


「これをあげましょう。なに、ファイアーボールは初歩も初歩、誰にでも扱える魔法ですじゃ、持っていて損はありませんよ」


「えええー良いんですか!?魔導書なんて、お高いのでは?」


「いえいえ、この魔導書はわしやばあさんが自筆で書いたものですから、それにお客は本当に久しぶりでしたので、貴方に渡さないともう誰も手に取ってくれないかもしれませんしのう・・・」


「ですが、俺は魔法の適正なんか・・・」


「魔法の適正ですか、そんなもんいりませんよ。確かに効果や威力は向き不向きがありますや。ですが、回復魔法や強化魔法なんてものはその有無に限らず、誰もが最初は習得していく魔法ですじゃ」



「大昔の帝国の兵士達、それも皇帝に従う者達は例え前衛であっても、魔法の修練は怠らなかったと聞いておりますじゃ。その火の力がほんのわずかだとしても、きっと何処かで役に立ちますじゃ」



「・・・人が進む道に無駄な事などありませぬじゃ」



なんだ、さっきまでボケた老人相手に歯がゆい思いをしていた自分を悔いたい。そうだ、たとえマッチの火並みの威力でもファイアーボールはファイアーボール。きっと使い道はあり、そしてそれを覚えられたこのキッカケはきっと無駄じゃないはずだ。



「ありがとうございます、貴方方の助言、きっと役に立つと信じています」



俺は踵を返し、そしてすぐにペリエに魔導書を開かせる。




そして・・・



『『魔法lv1』を獲得しました。これによりこれにより人間・魔族種以外でのスキル獲得にボーナスが付与されます・・・・・・・・失敗しました、尚、ファイアーボールを使う為に必要な精神力が最低値を満たしていない為、獲得した魔法、ファイアーボールを使う事は不可能です』




クソがよー!



俺は泣きながら魔導書を食べた。





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