24話 詩人




ロドリー達にしばしの別れを告げ、俺達はついに帝国の中心、帝都へと足を踏み入れた。だが、そこは・・・。



「うぃ~ひっく・・・ああーうるわしのーていこく~・・・」



世界一の都市だと言うのに門番はおろか検問さえ無く、門を入ってすぐに昼間から酒浸りが道端に座り込んでいる。人通りは少なく、大通りに面していると言うのにどの店も長い事、戸を閉ざしているように見えた。



「これが帝都よ、どう?酷いもんでしょ?」


「ああ、確かに酷い衰退っぷりだな」



聞いてはいたがまさかここまで寂れてしまっているとは、かつて人類最高の栄華を誇った国の面影だけが残り、そこはまるで巨大な廃墟を見ているかのようだった。


「でも、さすがに広いだけあって探せばまだいい店はあったりするのよ。宿も近くにあるし、まずはそこに行ってみようよ」


ミリューがこちらの返答も聞かずどんどんと先へ歩いて行く。食べる物さえ困り果てているのだろうか、ボロ布を纏って座り込む老婆の姿は痩せこけ、子供達も同じようにボロボロになった服で覗き込むようにこちらを見ている・・・ちょっと危機を感じる程に。



ミリューが案内した店は酒場兼、宿屋のようだった。大きな看板は色あせ、その文字さえも消えかかっていたが、辛うじて名前だけは読める、そこには『満月亭』と書かれていた。



中に入ると、埃が積もる匂いに交じり、かすかに酒の臭いがした。薄暗くて客の姿は見えない。


「・・・・いらっしゃい」


「相変わらずしけてんねぇ~・・・とりあえず、そうねー、一杯頂こうかしら」


「おいおい、ミリューまだ昼間だぞ」


「堅苦しい事いいっこ無しってー。どうせここにいる連中は皆朝から飲んだくれてるのばかりなんだから、誰が飲んでたって何も言わないわよ」


そう言うとミリューは出された酒を飲み、顔見知りと思われるマスターと世間話を始めてしまった。


「・・・さすがに、聖職者としましては見過ごせない、と言いたいところですがミリューの言う通り、ここでは誰も咎めはしないのでしょう」


「ですが、私は酒は飲めませんので、少し用事を済ませていきます」


ラミは少しお辞儀をしてその場を離れようとした。


「用事?」


「ええ、帝国大聖堂に行き、大司教様よりご加護を頂きに・・・」


「なるほど・・・」


加護か。魔法にとってそれがどれほどの効果を得られるかなど知りようも無いが、聖職者にとって神の力がある場所へ赴き、祝福を授かる事は大事な事なのだろう。


ラミもその場を後に、ミリューは早々に酔いが回ったようでいい感じに出来上がりつつある。さすがに何も頼まずではあれなので俺たちも何か頼もうと席に着こうとした時だった。



「旅の方ですか?このような寂れた都で貴方達のような活気溢れる人々が訪れるのは何年ぶりでしょう。もし、よろしければ私の詩を聞いていってくれませんか?」



まるで置物のように座り込んでいた男が急にこちらに語りかけてきた。全身を布で覆い隠し、奇妙な形の帽子を深くかぶり、顔はよく見えない。容姿だけ見ればまるで異国の使者のようにも見えるその男がこの酒場に留まる吟遊詩人であると分かったのは、その手にしている美しい竪琴のおかげであった。



「なるほど、それで貴方は一体何を謳われる?」


「ほほー、話す動物とはこれまた珍しい。では、その珍しさ称えこれから謳うは帝都の叙情詩、もし、この詩を最後まで伝える事が出来たのならば、是非とも一杯奢ってください」


俺は大きく頷く。何故かその詩人が放す異様な雰囲気に呑まれたのかもしれない。俺はこれから始まる詩を聞くべきであると感じたのだ。





それでは・・・・




これより謳うは偉大なる帝国を支えた皇帝達の戦いの詩・・・偉大なる先の皇帝、彼はこの世界を平定し、人々に平和と安定を齎そうと日々世界を駆け巡っていた。


そして、いよいよその全土を統一せんとしたその時、人類に大いなる厄災が舞い降りる・・・魔族。それは人の形をした悪魔、人を食らい、人を滅ぼし、そしてその火が回るよりも早く人々を蹂躙し尽くした。


そして、その火がこの帝都にまで届こうとした時、ある一人の女が皇帝の元を訪れた。女は魔族に立ち向かう術を皇帝に授けた。それは、皇帝の持つ力を次の世代へ引き継ぎ、糧とする秘術であった。



そして、皇帝は再び魔族に戦いを挑んだ。


最初の皇帝はその力を前にあっけなく散った。


次の皇帝もその力かなわず、地に伏せた。



そして、幾多に渡る皇帝達が魔族の力を前に無残にもその命を落として行った。


だが、帝国はけして滅びはしなかった。



何故なら、皇帝は心半ばにして散っていたその全ての無念、経験、力をも『伝承』し、己の力に変えて戦っていたからだ。


心は心を、そして、力は力を繋ぎ、皇帝はついに魔族を退けるまでにその力を身に着けた。そして、その力はそれに連なる臣下達にまで継承され、そして彼の29代皇帝アルテミシアの時、ついに魔族から人の地を奪い返すまでに至った。



だが、全てがうまくいったと誰もが信じた時、皇帝アルテミシアは人々の前からその姿を消した。



それから先の帝国はその時間を止めたまま、全てが風化していった。人々の心は疲弊し、そして仮初の皇帝はその心を深く閉ざした。



そして、今や帝国は斜陽の限りを尽くし、最早もう歩みゆく事の無いかつての栄華を夢見て・・・



ドンッ!!!



「もう止めろ!!ただでさえ不味い酒が余計にまずくなる」


詩人の語りは大きくグラスを台に置く音で、中断された。


「おい、ヘクター。飲み過ぎだ」



「別に酔っちゃいねぇよ、親父。俺はこれ以上そんなしみったれた詩なんか聞きたくないだけさ」


「すまねぇな、旅の方々。だが、悪い事言わねぇ、こんな所さっさと出て行った方がいいぜ。ここにはもう何もねぇ」


そう言うと、男は飲み代を台に叩きつけてその場を後にした。・・・こちらも詩人に負けず異様な出で立ちをしている。美形だが、全身からヒャッハー!と声がでそうな無骨な風体、髪は一昔のハードロックバンドを思い起こせる如く、全身が真っすぐ天に伸びている・・・そして背中には大きな大剣。



あれはおそらく、傭兵だろうか。



「すみません、お客さん。悪い奴じゃないのですが・・・」


「今の方は?」


「あんな成りでもこの国の傭兵部隊のリーダー、ヘクターって男です、頼りになる男なんですが・・・」


「最近、傭兵団自体が解散命令を受けましてね。それからもう荒れに荒れちまって今ではこうして毎日ここに飲みに来ては酔い潰れて帰る毎日です」


「なんとかしてやりたいですが・・・本当に、この国は一体どうなっちまうのか」



何とも先の無い、世知辛い国だ。


武装商船団、聖騎士、そして傭兵団まで、誰もがこの帝国に見限りを付けようとしている。



「はははっ、どうも私の詩が下手くそで、彼を怒らせてしまったようですねー」


詩人は臆する事も無く、そう言って笑いのける。



「いえ、思わず聞き入ってしまいました。ですが、やはりこうも衰退が目立つと悲しいものですな・・・」


「ええ、先の皇帝アルテミシアが居なくなり、皇帝に与えられし力も失ったとされています。ですが、疑問でもあります」


「どうして、アルテミシアは突然とこの世界から消えたのでしょうか?」


「ホントよねー、なんか勇者様が消えて以来、魔族の侵攻も止まったみたいだけど何か関係があるのかなー?」


突然、不意に答えるミリュー。


だが、その答えに詩人はその顔をさらに深く下に引き、しばらく考えるような素振りを見せた。


「・・・・なるほど、それでしたらばまるで悪魔の取引ですね。皇帝の命と引き換えに、魔族は人類への侵略を止めた・・・」


「おい、詩人さん!あまりそんな事言うもんじゃねぇ」


「これは失礼、ですが、これは先ほどの詩の続きに良いヒントを与えそうです。果たして、私の語る詩に新たな続きが出来るか否か、それは・・・」



「なんだか、貴方方にかかっているような気がしますよ。あはは、それでは」



去り行く詩人の最後の言葉に思わずギクッっとなる。なんだ、あの詩人もしかしてルーラ・ルーラと同じく人の心でも読むのか?だが、別にこっちの目的まで探られるような事は考えてなかったし・・・考えすぎか。



ひと騒動あった後で、親父に宿を手配して貰い。俺たちはその足でいよいよ魔法ギルドの本部へと向かう事にしたのだ。


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