16話 可能性



―投てき


モンベルを出発して早一カ月程経った。



あれからあの化け物との戦い以外に脅威と言えた出来事は無い。当たり前と言えば当たり前の話だ。冒険中自らトラブルに巻き込まれたい馬鹿はいない。俺の生前の記憶や、ロドリー達の知識をフル活用して最も安全で確実なルートを選んでいく。それこそ神獣ネームドに出くわすなんて事は、天文学的な確率だったと言えるし、遭遇して全員生きているのなら、ある意味運の良いパーティーなのかもしれない。


勿論、魔物との交戦は避けられないので幾度かの戦いはあったが、それは俺にとっては大きな前進でもあった。



「珍しい戦い方するよなーお前って」



短剣を口に加えて戦うスタイルを見てロドリーが物珍しく関心を示していた。



「セオリーに無い戦いをするヤツってのは敵にとってもさぞ厄介だろ?」


「まぁ、そりゃそうだけどさ・・・なんつーか」



「お前さ、無理してね?」



そりゃしてるよバカヤロー。



だが、慣れというものは恐ろしく、今では咥えた歯がまるで右手のようにしっくり・・・くるなんて事は無いが、確実に馴染んではきているのも事実。昔見た漫画で両手と口に刀加えて三刀流で戦うキャラが居てあの時は盛大に「いや、口に咥えては無理があるんでない?」なんて思ったりもしたが、今ならわかる。口は第三の手であるという事を・・・でも、もし手が使えたらきっと口で加えて武器を振り回したりしないという事も。



「まぁ、これで斬撃が出来るのだから無理も仕方ない・・・が」


「・・・・?」


「何か、まだしっくりこない気がするのは確かだな」



そう、短剣を振り回して斬り込みできるのは良いがデメリットがあるとするならそのリーチの短さだ。格下なら問題無いが同格や、それより上ともなると危険な距離なのには変わりない。回避が得意という事でもないし、もっとこう安全かつ確実にダメージを与える方法が欲しいと言えば欲しい。



「ねぇ、わたし思ったんだけどさ」


「あんた、なんでナイフ一本だけしか持ってないの?」


このクソエルフに口でしか自由に動かせないこの不自由な体を分からせたい。



「蹄に刃でも仕込ませろと?」


「そんな事したら危なっかしいし、最悪自分が傷付くじゃん」


「違う違う、私が言いたいのはー」



そう言うとミリューは俺に近づき、首の根本、つまり、俺が普段短剣の抜き差しを行う鞘の部分を指さす。


「ここにさーもっとナイフ差しとけばいいじゃん」



あ、あーなるほど。



「なるほど、つまり、投げる用のナイフを用意しとおけという事か」



「そう!投てきよ。と・う・て・き!牽制で投げるのも良し、前衛が前で戦っている時のサポートに投げるのも良し、それに技量さえ当たれば一撃で急所だって狙えるし!それに、アンタのその首の動きよね」


ミリューはナイフの投げる仕草をする。


「ほら、投げる手の動きって何だかその首の動きと似てると思わない?ハマれば結構ものになるかもよ?」



ミリューに言われて、モヤモヤしていた部分が晴れたような気分になる。確かに俺の首の動きは斬撃よりも投てきの方が相性が良い気がする。


「ほれ!そうと決まれば練習あるのみ!!ナイフは私の持ってるやつ貸してあげるから」



それから俺は旅の合間に投てきの連中を積み重ねる事にした。



『中距離攻撃『投てき』を獲得しました。尚『投てき』は技術をあげる事により、遠距離攻撃を獲得する機会を得られます』



最初こそ全く見当違いの方向へ飛んで行ったり、標的に当たらず投げたナイフを泣く泣く探しに行くなんて言うヘマを繰り返したりもしたが、次第にミリューの指摘の通り、型にハマるように精度が上がっていった。



・・・雑魚に当てる程度には。



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―名も無き村



次の村であるリンガまで名前さえない小さな集落はいつくも存在するが、見識のある冒険者がそこを訪れる事は無く、寧ろ余計なトラブルにならないよう近づく事は無い。人は集う事で生存戦略を計るが、必ずしもそれに従わない人間は少なからずいる。他人の決めたルールに縛られたくないと思う者達である。そして、そういう人間は大方排他主義者である事が多い。だが、そう言う道を選んだ者ちの末路はけして良くは無い。自然界の弱肉強食の摂理と同じように、力無き者から徐々にその生活は崩壊していき、最後には乳がしおれ、腹が膨れた女と、同じく腹が膨れた飢餓のような子供だけが残る無残さだけが残る。




そして、俺達冒険者にはそれを救う手立てなどない。その場の救済は彼等の過ちを気づかせない。そうした村々が自然に淘汰される事に目を瞑るのもまた冒険者が生きる術なのだ。





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―盗賊




道中でもっともお世話になる敵は、魔物よりも盗賊の方が多かった。ロドリー達はA級パーティーなので余程頭が悪くない限り、他の商隊を待っていた方が良いのにも限らずよく襲われる。理由は彼女達が女性であるから。雄としての単純な性欲か、女としての価値を品定めしたのかは知らないが盗賊は俺達の前によく現れる。だが、幾多の戦いを経験したパーティーの敵ではなく。寧ろ盗賊は資金調達の格好のカモとさえなっていた。まず、盗賊が見つけるよりも先にこちらが向こうの存在に気付く。後は身を潜めて配置に着き、俺の投てきやミリューの弓でけん制、もしくは数人殺し、ラミが魔法で視界を奪い、残りはロドリーとドニヤでぶった斬って終了。ペリエの魔法さえいらなかった。



「うわぁ・・・くっせぇ、なんで男ってこうも臭くなれるもんかねぇ」


「ホント、これなら一度も体洗ってない野猪の方がまだマシなんじゃない?」


「まぁよわっちぃから文句も言えないけどね、かと言って戦利品がこうも微妙だといい加減うざく感じるわね」



鼻の曲がるような体臭と血の臭いを我慢しながら得られる戦利品は僅かな金と干し肉のような携帯食、酒、防具はかさばるので基本は持ち帰らない。武器も大体刃こぼれが酷くて使い物にならないものばかりである。



だが、街道で盗賊に襲われた事はギルドへ報告すると僅かだが報酬を得られる。そしてその情報を元に冒険者ギルドは盗賊のアジト潰しを冒険者に依頼する。この依頼はアジトにある戦利品の10%を請け負った冒険者達が報酬とは別に貰える事になっているので人気は高いが、A級に楽に反撃される盗賊のアジトの戦利品なんてたがが知れていて、ハズレが殆どである。中には慎ましくも干し肉や干し魚を律儀にため込んでいただけなんて話もあったりする。それなら笑い話で終わるが、中には金に変えにくい戦利品を隠し持っている事もある。それは村を襲ってさらった女や子供である。冒険者もギルドによってある程度は管理された仕事の為、この手の人質を勝手に売買すればその国の法によって裁かれ、冒険者の資格をはく奪、そのまま奴隷となって他国で一生重労働のコースだ。それに人質は冒険者ギルドでは引き取れない。教会か、国へ引き渡されるが報酬なんてものは一切無いので場合によっては準備でかかった費用よりも赤字になるなんて事もあったりする。




人を外面で判断すると命も旨味も無いという事だ。




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―敵の性質



「チッ、数はどんくらいだ?」


「ざっと30、いや50は固いわね」


「全く弱いくせに数だけは多くてかなわないねぇ」



帝都が近づくにつれ、出くわす敵も手強くなってくる。待ち構えたゴブリンの徒党、一匹だけなら雑魚だが奴らは常に群れて襲い掛かる。「奴らは馬鹿だが間抜けじゃない」という格言がある程、ゴブリンはずる賢くて狡猾な生き物だ。



だが・・・




「全知全能なる光の神マルディアスよ、汝その奇跡なる壁により我一同を守護する結界でお守りください」


見えぬ壁の厚き守護ホーリーウォール!!!」



ラミが前方に巨大な防御壁を展開。これで奴らの投てき攻撃を無効化。



「こういう敵にゃあなぁ!!これが一番ってやつよ!!!」


「どりゃああああああ!!」



ロドリーが渾身の力を込めて両手斧を地面に叩きつける



土竜粉砕撃どりゅうふんさいげき!!!」



その衝撃で地面を破壊し、広範囲で敵をスタンに追い込む豪快な両手斧の奥義。地面に足を囚われ動けない敵を俺とミリューが素早く片づける。



「それそれ!!!でたらめでたらめっと!!」


矢を数本構えて何度も連射する弓技『でたらめ矢』名前に似使わず命中率は高い。おまけにシルフの加護があるエルフなら目を瞑ってでもゴブリンどもに命中していく。



「フンッ!!フンフンッ!」



俺はあれからナイフよりもさらに小型のダガーを購入し、20程仕込ませている。小さいのでそれだけ殺傷力は劣るが、目を狙えば致命傷を負わせる事は出来る。50匹いたゴブリンの数は一気にその半分近くを失い、早くも戦線離脱を計る者さえ出てくる。それでも襲ってくる敵は、前衛の3人でねじ伏せ、逃げた連中もミリューの弓、そしてペリエの遠距離魔法で出来るだけ殺して行く。逃げ延びたものは基本的に放置である。



「ほっ・・んとうにロクなもん持ってない辺り、盗賊よりもタチが悪いな・・・ゴブ共って」


「依頼でもなきゃ絶対相手したくないわ・・・なんても言ってられないわよねぇ、こいつら無限に沸くし」


「ねぇねぇ知ってる?ゴブリンだけ倒す英雄の詩!帝都の吟遊詩人が一回だけ歌ってた時があって~・・・」



ゴブリンが増えないように数減らしを行う事も冒険者の義務である。



だが狡猾で質の悪いと言う意味では、連中の方が遥に厄介かもしれない・・・。



「ふぅー・・・なんでリザードマンが街道で陣取ってる訳?」


「わからん、あいつら普段湿地帯から出てこないはずなんだがなぁ」


「どうする?放っておけばいずれは居なくなるだろうけど」



リザードマン。爬虫類系亜人の戦闘民族である。とにかく狡猾かつ粘着質なので見つけ次第全滅を推奨されている厄介者であり、特に討伐依頼を受けてないのであれば戦いたくない相手である。


「うーん、だが運悪く商人や一般の旅人が通ったら不味い事になるわな」


「そうねぇ・・・迂回した結果多くの被害が出たとなっちゃ後味悪いわぁ」


「仕方ねぇな、やるしかないか!幸いこっちは火魔法の使い手もいる訳だし」




なんやかんやでロドリー一行は善行を重んじるパーティーだ。冒険稼業はけして楽な仕事では無い。依頼をこなして稼ぐだけでも良いかもしれないがこうして人知れず強敵に挑んで、誰かの安全を無償で守る事も多い。その活躍は後世の英雄譚には飾られないかもしれないが、こういう人間が居ると言う事実だけでも俺は人間の為に戦うと誓った選択肢に間違いは無かったと確信する。



「リザードマンの習性なんだが、連中は必ずと言っていい程まず後衛から狙ってくる・・・だからあえてその習性を狙って、後衛を囮に・・・」


「でも、さすがにラミやペリエッタを前方に配置するのはかえって怪しまれるんじゃね?」


「さすがに、そこまでしなくても、気を付けなければいけないのは後方から防御無視で攻撃してくる『無自覚斬』という投げ技で・・・」


「では、開始直後で私とペリエッタさんを囲む強固な防御魔法を張りますわ」


「うん、それでもちょっと不安だからドニヤは二人をしっかりフォローしてね」


「はいよ」


動かぬ強敵を相手にする場合、こうした戦術を皆で練るのも冒険の醍醐味とも言えよう。それぞれの役割を確認し、各々が最高のスペシャリストになって戦いに挑む。




「ギ・・?ギェエエエエエエエ!!!!」



先制攻撃はペリエのファイアーボール。


射程ギリギリで出来るだけ距離を開け、向かってくる敵をミリューの弓でダメージを蓄積させる。敵はリザードマン、そしてリザードウーマンの10匹。


「チッ、多いわね」


「大地の神ニイサよ、汝その美しき黄玉にて全面に堅固なる甲羅で我をお守りください・・・」



多角形立体防壕タートルシェルター!!」



「ギッ!」



案の定、リザードマンたちは真っ先にラミやペリエを狙っての遠距離攻撃『無自覚斬』を投げてきた。後方の味方を狙う一撃必中の危険な技である。だが、間一髪でラミの防御魔法が間に合い、視覚外から迫ってきた刀剣は強固な壁の前に跳ね返された。



それでも必要にリザードマンたちはそのリーチの長い槍で後衛を執拗に狙ってくる。単純に倒しやすいからという訳では無い。連中は攻守の要が僧侶や魔法使いである事を熟知しているのだ。



「させるかぁ!!!」



ドニヤがシールドバッシュでそれを全てなぎ倒す。すかさずドニヤを何とかししようと一匹が足払いを仕掛けるがそれを読んでいたドニヤは後方に飛んでそれを躱す。



「あたらないねぇ!!」



作戦通り敵の攻撃をおおよそ防ぐことができたら後はもう肉弾戦あるのみである。ミリューとペリエの援護を受け、俺とロドリーが先陣を切ってリザードマンたちに特攻を仕掛ける。ロドリーはリザードマンの固い鱗を物ともしない豪快な斬撃で確実に仕留めにいく。俺は体当たりを食らわせながら喉元にナイフをぶっ刺す方法でこちらも一匹ずつ確実に倒して行く。リミューは弓でけん制しつつ、瀕死になったリザードマンに止めを刺して行く。




・・・こうして俺達は何とか強敵のリザードマンを倒した。完全な作戦勝ちという事になるが、一つでも失敗すれば結果は大きく違っていただろう。




「ふー・・・さすがはリザードマンだね、ゴブ公と違って武器の手入れがしっかりしてやがる」



切れ味の良さそうな短剣を手にしてにんまりするロドリー。強敵なだけあってリザードマンの戦利品は旨味が多い。固い鱗に武器は街で売ればどれも高値で取引される。俺たちは出来るだけリザードマンの皮を剥ぎ、武器も重荷にならない程度で回収した。




そうした中、路銀も稼ぎつつ、俺達はついに最初の到達地であるリンガの村に到着した。


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