15話 モラル
ドォオオオオン!!!
ドォォオオオオオオン!!!!
距離はかなりあるが、俺達はあるヤバイ敵に追われている。
それもこれも・・・。
―数十分前
所謂、フィールドに出る事においてもっとも重要なのは危険と思われる場所やそのルートを踏まない事にある。もっとも、エルフや俺の聴覚、嗅覚、さらに『万色感知』さえあれば余程の事が無い限りパーティーが危険になる事はない。そのはずだった。
山とは違い、平野は風の方角は割とよく変わるので鼻が効かない事は多い。そうなれば俺の『万色感知』の出番なのだが・・・。
「うん、この方角は問題ない」
『万色感知』に反応は無い。
「・・・なんだこの鹿、もしかしてスキル持ち?」
「こくこく」
うーん・・・本当は秘密にしておきたいが一緒に冒険する中での秘密事は軋轢を生みかねない。ここは正直に言うか。
「『万色感知』という探知系スキルを持っている。これは、色で物や位置、人なんかを色で識別して危険かどうか色で判断できるスキルだ」
「「「へぇーーー!!」」「すごーい」
ふふん、もっと褒めろ。
「まぁ、色と言うシンプルな方法だから必ずしも万能じゃないし、格が違う相手には高確率で
「そこまで言うなら大丈夫じゃない?私の耳でも特に問題なさそうだし」
「じゃあ決まりだな」
―そして時は今に至る。
ドォォオオオオオオン!!!!
「うおおおおおい!!!何が「まぁ、通常は問題ない」だぁこのボケ鹿ぁ!!」
「ああああんなでっかい猪がなんでこんな所にいるのよぅ??」
「ラミ!!臭いを消して、たぶん臭いで追跡されているから!!」
「分かりました!!!」
ラミはすぐさま魔法が込められた神託杖を握り、詠唱を唱え始める。
「・・・・森の神シリウよ、大地の神ニイサよ、汝らのご加護より私共を纏う精霊に嗅ぐわう力を消す戯れをお与えください・・・」
「
詠唱によって魔石が輝き、魔法が発動する。地味な魔法なので体感しないが確かに臭いが消えた気がする。
が・・・。
ドォオオオオン!!!
森の木々を無差別になぎ倒す音とその衝撃は確実に此方へ向っている。勿論、後ろを振り向いて確認などしたくないし、するべきでは無い。だが、俺はこの中では一番速いので抜け駆けしてひと際大きく前進した後、一体何が起きて居るのかをこの目で見て恥ずかしながら失禁する。無論、垂れ流しながらも全力疾走だが。
それは・・・山のように巨大な・・・野猪の化け物だった。
あんな魔物が、こんな場所に出現するなんて・・・と言うか、あんなもんがいたなら確実に『万色感知』が警戒色を出していたはずである・・・では一体何故・・・だ・・・・
あ・・・・。
俺はようやく、己のやらかしに気づく。
そうだ、俺は今、鹿だったのだ。
動物の目は人間とは違い、光の三原色、つまり赤、緑、そして青の色別が鮮明に出来ない。今俺の視界に移す色彩は・・・大体淡く全体に赤みがかかった感じで・・・まぁ言っちゃあれだが仮に警戒色が赤く発動していたとしても、判断がつかなかっただろう。
って、うおおおおおお!!!んな事言ってる場合じゃねぇー!!!
「ダメだよ!!全然効いてない!!このままだと追いつかれちゃう!」
「ありゃ
「アレって、ちょっとロドリー!失敗したらどうすんのさ!!」
「その時は・・・ええい、考えたって答えなんかでるかよ!!」
あれだけ距離があったのにその巨塊はもうすぐ目の前まで来ていた。全身に瘴気を漂わせ、目は真っ赤に光、牙から絶えずに唾液を垂れ流している・・・あれはもう完全にブチギレのそれだ・・・。
「幸い、相手は猪です!!動きは単調だから読みやすいはず!!!」
「単調たって!あんな山が迫ってきたら避けようがねぇわ!!」
「・・・・大地の神ニイサよ、汝その大地の肌を我らに身に纏わせ、堅固なる守護をお与えください・・・」
「
ラミがロドリーとドニヤに物理衝撃緩和の魔法をかける。だが、あんな化け物に吹き飛ばされれば何の意味もなさない。運良く致命傷を逃れれば程度。
「・・・どうする!動きを封じる方法があるのか?」
「いんや・・・うまくいけば一撃で葬れる」
「・・・うまくいけばだけどね」
・・・嫌な予感しかしない。「うまくいかないかも」って言ってるようなものだろそれは。
(ペリエ!もしもの時に備えて爆風系の魔法を・・・)
通常なら内臓ががある腹回りか、脳がある頭かになるが、ここは・・・。
(目を狙って攻撃しろ!)
ペリエの魔法を持っていても何一つ致命傷に成り得ない。ならば、せめてあいつの視界を奪う事に成功すれば・・・。だが、臭気を封じている中で視界も奪って、それでも追跡してきたらアイツは一体何を検知してこっちの動きを把握しているんだ???
そして、ついにその巨大な猪の全容が露わになる・・・。ロドリーが
ロドリーとドニヤが互いの武器である両手斧と、片手斧を構える。
「成功する確率は低いけど、二人がかりなら!!!」
「たぶん、50%の確率x2だから、100%!!!!」
それは違う。
ロドリーの持っている斧に強力な磁場が帯び始める。それに対しドニヤからはまるで呪いのような禍々しい霊気さえ感じる。
「さぁさぁさぁさぁ!当たれば一発、スカれば地獄!両手斧の真骨頂ここに極まれり!!!食らえ!!!」
「
「死霊の躯達よ、我が舞に呪いの死を振り掲げたまえ!」
「死神の舞い!!!」
二人が放ったのはそれぞれ、即死系の秘技だという事は分かる。ロドリーが空を斬った先に異空間が広がり、それはたちまち大きな吸収口となって全てを飲み込まんとする。そしてドニヤが斧に込めた舞は、死神に猪の魂を一瞬で刈り取らせる秘技・・・どちらも従来の通常技では無い特殊系技。精神耐性が低いなら効果は期待できるが・・・。
「・・・・・・?」
「「だ、ダメだああああ!!!全然効いてなぁあい!!」」
「チッ、ペリエ今だ!!!」
俺の合図と共にペリエの前方に魔法陣が展開、すぐさま勢いのあるファイアーボールが猪の顔面で爆裂する。
「ぐおおおおおお!!!」
よし、目を焼いた!あとは・・・
「うおおおお!!!!」
俺はその隙に猪に突進し、あの狼さえも一撃で葬った強力無比の後ろ蹴りをお見舞いする。片足を粉砕して移動不能にしてやる!
「これでも食らえ!」
ピョーン・・・・。
・・・・あれ?
渾身の俺の一撃、その結果は壁のような分厚い前足を蹴り上げて高らかに空を舞う鹿の姿だった。
「こんな時に何遊んでいるんだてめぇは!」
「いや、こんなはずでは・・・」
・・・もしかして格上すぎて攻撃が通らないのか?
「ぐおおおおおおおおおおお!!!!」
その時、鼓膜が破れる程の雄たけびをあげ、猪が前足を地団駄し始める。同時に大地が大きく揺れ、地響きが起こり、木々が大きく傾く。
「だあああ、ダメだ!!化け物すぎる」
「あいつの怒りを収める方法は無いのか!!」
「そもそもなんで激おこなのよあのブタさん!」
「分かりませんが、怒りの矛先が我々人間に向いているのは確かみたいです!人の持つ気配を感知して・・・」
「・・・・!? 危ない!!!」
猪はラミを目掛けて急に突進する。間一髪のところでドニヤが身を挺してラミを庇う。強靭なドワーフの肉体が瞬く間に吹き飛び、宙を舞い地面に激突、そのまま何回か回転しようやく停止した。
「ドニヤ!!!!」
皆が呼びかけるも応答なし、最悪死んだか、良くても確実に戦闘不能である。
「そんな、無理だわ・・・私たち・・・」
「あきらめちゃダメ!!!」
凛とした声でミリューが叫ぶ。
「私がこれで引き付けるから、皆はその隙に逃げて!」
ミリューが一本の矢を握りしめて叫ぶ。
「それは?」
「『挑発の矢』よ、魔法で目を潰されて怒り狂っている今なら・・・」
「でも、それじゃミリューお前が・・・」
「死ぬかもね、でもこれが私の役目なんだからしゃーないわ」
「それともここで全員死ぬ?」
「ぐっ・・・」
「・・・・・・・・・」
「いや、何とかなるかもしれん」
「鹿!!何かあるのか!?」
「ああ、ペリエ、
俺の声の反応し、再びペリエの中央に大きな魔法陣が展開される。次の瞬間、大いなる力がミリューの足に集約されるように集まり、付与完了と同時に大きく輝く。
「・・・!?へっ何これ?なにこれなにこれ??」
ミリューは自分の足に起こった魔法効果に混乱している。
「ミリュー!それは
「うう、うん、じゃあ撃つわよー!!!」
ミリューは矢を構え、そして放つ。エルフには風の加護があり、どれだけ適当に撃っても必ず当たると言われているが、それはどうやら本当のようだった。風の精霊シルフが放たれた矢に纏わりつくと、その矢はまるで意思を持ったかの如く猪の脳天に突き刺さった。
「ごおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その直後、猪は口から溢れんばかりの蒸気を吐き出し、標的をミリューに定めて全力突進してきた。トリック技『挑発の矢』は成功だ。
「ほーれほれほれ!!!豚ちゃんここよ、ここ・・・ってええええ!!」
「た、助かったぁ・・・・」
ロドリーが間抜けな声をあげて腰を下ろす。
「あ、ドニヤは!!」
振り向くとドニヤは既にラミが治癒魔法をかけていた。魔法が効果を示しているという事はどうやら命に別状はないようだ。
「ふー・・・それにしても
「とにかく、
「まぁ、次の行く街はあいつも知っているだろうからそこで合流すればいいか」
「いいか、じゃありません!」
「ヒッ!」
普段無口なラミが割と本気で怒っている、ような気がする。
「ペリエッタさん・・・」
「貴方は一体何者なの?詠唱無しで強力な魔法ガンガン打てるし、そもそも
「ペリエッタさん、もしや貴方・・・魔族・・?」
「ああーー違う違う違う、そうじゃ、そうじゃなーい!」
「・・・鹿、さん?」
「まず、詠唱の事だが、ペリエは無口だがちゃんと詠唱はしている。言葉が発せないだけだ」
その詠唱速度は一瞬だが。
「あと、ペリエ・・ああ、いや、主は、その・・・魔造人間なんだ」
「えええ!!そんな・・・」
「ああ、魔造人間の成功率、そして失敗した時の後遺症が酷い事は知っての通り、主は卓越した魔法力を手にしたが、その代償に感情と声を失ったのだ」
「そう、だったのですね・・・疑ったりしてごめんなさい」
「ふるふる」
ふー・・・危なかった。そういえばずっと二人で旅してきたからペリエの魔法仕様の異常性をすっかり忘れていた。通常、人が魔法を発動する際は必ず魔石を通して発動、そしてそのトリガーに詠唱が必要となる。繰り返しになるが、人間は本来魔力を体に宿してない。だから魔法使いや僧侶は、魔石に込められた魔力をコントールする職業、と言ってもいい。その技量が高ければ高い程、高位の術者となる。だが、最近では良質の良い魔石にさらにその魔力が扱いやすい改良を加えられ、非常に高額にはなるが、魔力操作の技量を持たずとも簡単に魔法が扱えるようにもなっている。
そしてそれは、今回
ーーーーーーーーーーーーー
「なんだよこれは・・・ひでぇな」
「安易な乱獲・・・これが原因で間違い無いでしょうね」
「人の事はあんまり言いたくないが、加減も分からんもんかね」
負傷したドニヤを背負いながらロドリーは悪態を吐いた。おそらく、この辺近辺の魔物の数が減少した事により、食い扶持を争うように冒険者や密猟者の類がこぞって猪を乱獲したのだろう。それによる恨みと呪いで
「だが、それにしても・・・まるで試し斬りですわね。猪が人間を呪っても不思議じゃありませんわ」
そして身ぐるみを剥がされた猪の肉塊には所々、魔法で攻撃を受けたような箇所がいくつも見つかる。魔法はここぞという時の切り札で、連発するものではない。おそらく、形ばかりに憧れた貴族育ちのボンボンパーティーが、高価な魔石武具を使って試し打ちしたのだろう。金を詰めば簡単に力が入る、そんなバランス崩壊がこの世界でも起こっているとすると何だか皮肉さえ感じてしまう。
結局、その後また
そして、全員がクタクタになった直後に夜は更け、少し離れて野営をする事に・・・。
「はぁはぁはぁ・・・・・た、ただいまぁ」
火をくべて夕食の支度になった頃、引き付けを受けたミリューが帰ってきた。
「「ミリュー!大丈夫だったのか!!」」
「ええ、
それはさすがに大げさだろうと思ったが他のメンバーは信じ込んでいる。
「まさか、帰って来れるとはなぁ・・・」
「私もびっくりだよーにしてももうダメー全身筋肉痛ー一歩も動けないー」
ミリューは力尽き果てたかのようにその場で仰向けになる。
「ラミー、治療魔法かけてー」
「すみません、ドニヤが負傷したのでそこで今日の分の魔力は使い果たしました」
「ええええー!!じゃああたし今日ずっとこのままぁ~?」
「日が昇ったらすぐ治療しますから」
「やだやだやーだー!いますぐかけてー!かーけーてー」
クッ、実際にミリューが居てくれたから助かったので感謝すべきだが、なんだろう、かけてと言うならこの生意気なエルフに小便でもかけて・・・いや、ここは大人の気持ちでグッっと堪え、俺はペリエに鞄からポーションを取り出してミリューにあげるように思念を飛ばした。
「へっ・・・!これ結構高価なポーションじゃん!くれるの?」
「こくこく」
「疲労回復促進のポーションだ、これ飲んで寝たら明日には動けるようになる」
それを聞くとミリューは起き上がり、ゴクゴクと貰ったポーションを飲み干した。やれやれ、現金なエルフである。それから俺達は皆で出来上がった夕食を皆でつまみ、見張りは俺が受け付けて全員が床に着く。
ちなみに、鹿である俺の平均睡眠時間は一日2時間程。でも、それはあくまでも総合的なもので体を動かさないうちはほぼ仮眠状態にあると言っても良い。意識が本当に途切れるのは数分ぐらいで、何かあれば即座に反応する。人の視点で見ればなんとも落ち着かないように見えるが、これはこれで割と悪くない眠りなのだ。
言うなれば、超ショートスリーパーである。
・・・・・・・・・・・・・・
そして、夜も冷え込み女たちの寝息と炭が弾ける音だけがこの世界を支配する時、俺は火の番をしながらそこに広がる光景に思わずため息をついた。発育の行き届いた乙女たちの露わな姿がそこにある。男なら誰しもこんな光景を目にして「役得う!!こりゃ役得だわぃ!!ひっひっひ!」となる事間違いなし。特に今日一番の貢献者だったミリューは寝ぐせが相当酷く、乙女の大事な所がこれでもかという程オープンしていて目のやり場に困る。次いでロドリーだが・・・こいつはいいや。そんな感じで深夜の保養を密かに楽しめ・・・たのなら良かったが、俺が今興奮するのは人では無く若くて腰のあたりのしなりがバツグンなナイスボディの若い女鹿なので、正直全く何の興奮もしないのが悲しい。
(はぁ・・・こいつらが全員鹿だったらよかったのに)
そう思いながら、俺は何かをイライラさせながら草を頬張り続ける。常に胃に何か入れてないと、鹿の体はただでさえ燃費が悪い。草から得られる栄養分なんてたがか知れたものだ。だから我々鹿はイライラしながらこうして草を食べている。けして、性欲がニアミスしてイライラしている訳ではない。
そして、夜が明け日が辺りを照らすあたり野営周辺にあった草は全て何者かによって食い尽くされていたとかいないとか・・・。
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