14話 魔王



魔族の頂点に立つ王、魔王ヒルデガルド12世。



魔王は世襲制だが、その記憶も意思も、太古より変わる事は無い。では何故世襲なのか?答えは魔王の持つ究極スキル『融合』や『吸収』などで絶えずに有能な魔族との同化を計ってきた事による。その際、融合した中で主格になった者が先代とは別の人格であった場合や、主格の特徴が強く表れた場合、魔王は世襲を宣言する。これにより、魔王は世代を超えて存在するのである。



魔王は魔族の頂点であるが、魔族の支配者ではない。何故なら魔王は管理者権限スキルである『調停者』によって世界の理を大きく揺るがしてはならないという制限があるからである。故にその支配は第六魔貴族に委ね、自身は来るべきに備えて日々とある研究、及び対策を講じ続ている。魔王は魔族のシンボルとも言えるべき存在だが、その力を欲さんとする者もけして少なくはない。魔王の力を取り込み、我こそがより強き魔王とならん、このような考えに及ぶ者は勢力争いの絶えない魔貴族、それも下剋上ならんとする者に多く存在する。勿論、その事は当然魔王も周知しているが、さりとて脅威とさえ感じておらず、寧ろ己を取り込んで今の使命を引き継いでくれるのであれば喜んで自らの命を差し出そうとさえ思っていた。



だが、同時にそれだけの有能な魔族が今だ存在しないのもまた事実。



例外は二人。



明晰の賢人、アストリア。

究明の心眼、シャーデ。



魔王直属の配下に選ばれしこの者達は将来の魔王最有力候補である。いずれの魔貴族の支配に属さない独自の権限を許され、魔王が住まう居城、ヴェスター城での出入りを許されている。


「魔王直属近衛が一人、アストリア。只今帰還致しました」


「同じく、魔王直属近衛が一人、シャーデ、帰還致しました」


「ふむ、意外に遅かったな。何か問題があったか?」


「はい、原因不明の者から強襲を受け、記憶を改ざんされました」


「そうか」


そう言うと魔王は跪く配下の頭に軽く触れる。


「くっくっく・・・クロロ・プラチナル、そうか・・・お前がついに動くか」


「陛下、その者をご存でしたか」


「フッ、私と同じ『調停者』の一人よ」


「なるほど、どおりで・・・」


「強いはずだ・・・か?言っておくがアイツは私よりも強いぞ」


「陛下、その者は一体何者なのでしょう?私の魔眼でも情報を偽られましたわ」



「お前の持つ特殊ユニークスキルでは格が違う。故に看破不可能だ」



「竜の神、竜神ルーラ・ルーラと並ぶこの世界に3柱しかない『調停者』が一人、クロロ・プラチナム、奴の正体は・・・」



「・・・・神気型軟硬体生物しんきがたなんこうたいせいぶつ、おそらくこの世界において一番強い・・・」





粘液スライムだ」




魔王がその言葉を発した瞬間、魔族領全域に禍々しい覇気が爆風の如く広がり、少し間をおいて切り裂くような風速が全てを震撼させる。



「・・・それほどの者が一体、何故僕らを襲うような真似をしたのでしょう?」



「お前の記憶を読んだ辺り、さしずめついに『アレ』を見つけたのだろう」


「陛下、失礼ながら『アレ』とは如何なるものにございましょうか」


「およそ300年前、この世界を危機に陥らせた、外的要因イレギュラー



「『継承記憶』スキルだ」



「くっくっく、どうりで見つからない訳だ。まさか管理者権限スキルがあんなゴミのような存在に託されていたなんぞ、一体誰が考えようか」



「ゴミ・・・まさか、あの魔法人形の隣にいたあの人間が・・・」



「そうだ、クロロはお前がその存在に気付く前にお前の心臓を止めた。そして連れ去った、おそらく殺したに違いない」



「・・・・・」



「『継承記憶』は転生スキルの一種、つまり過去に我々を面白がらせた『伝承』と同じ類の属性を持つスキル、と言えば合点はいくか?」



「なるほど、では、もうその者は既に別の生命に転生済み、と」


「そういう事だ、私の手にかかれば一生の研究材料にでもされると思ったのだろう、無論、そうするつもりでいた」


「では、探し出してその者を連れてきますか?」



「いや、もういい。クロロがそこまで気にかけたとなれば余程面白い事を期待しているのだろう。それが吉と出ればまた良し、凶となればあやつを責め立てるつもりだ」



「・・・陛下、お話の途中ですが耳に入れたい情報がございます」


「なんだ、シャーデ」


「第六魔貴族が一人、強欲のマーチル・ホーン様、謀反の気配濃厚との報が」


「ふん、最近成り上がった新興か」



「ええ、勿論、陛下のお力を煩わせる事無く処理するつもりですが、あの方の持つ術は少し特殊ですので、報告いたしました」



受けると必ず死ぬ魔法デソウルスピル・・・か、くだらん魔法だが確かに初見だと脅威かもな」


「で、報告は以上か?」



「はっ」「はっ」



「では、各々が役目を果たせ」


その言葉に二人の若き魔族は頭を床に付ける。

こうして玉座に君臨する魔王とその配下による定例報告会は終了した。



ーーーーーーーーーーーーーーーー





「全く、あのタイミングであんな小物の名前を出すなんて、消されるかと思ったよ」


安堵するアストリアに対し、茶目っ気に笑うシャーデ。



「確かに小物も小物ね。魔王様の力を取り込もうだなんて考えが特に」


「当然、他の貴族達は周知した上での報告なんだよね?」


「ええ、知っていて尚、勝手にしろって感じ」


「ねぇ、アストリア。私が言うのも何だけど、私たち魔族ってこれからどうなっていくのかしら」



「さぁ、魔王様が興味ない事は僕も興味が無い」


「ふふふ、力で均衡を保っているように見えて皆割と好き放題して、それでよく纏まっていられるのが不思議」


「その力も望むだけ望んで、一体何に使うのやら、まさか本当に権威や己の私利私欲が目的ならさすがに未来は無いだろうね」



「じゃあ、魔王様は一体何の研究をされているのかしら?」



「さぁ、知らないね。知らぬが仏・・・魔王様の逆鱗触れて消されるなんて、正直ダサすぎて笑えない」


「あらー?貴方は大丈夫でしょう?魔王様はこの世に一つ。唯一無二ですもの」


「そう言う姉さんもね」



空間を抉るような歪に、高らかに笑う二人の声が響く。




魔王はひとり・・・。

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