10話 唐突
―鹿と魔法人形
・・・森の中にぽつんと取り残された一匹と一体。超長期目標は決まったがこれと言って今すぐ行動を起こそうという気にはなれない。と、言うのも・・・。
「兄ちゃん、誰こいつ」
「お前、こんな所にいたのかい、まぁ珍しい
「・・・・・・・」
「あっ!お兄ちゃんいたー。居なくなったから心配したんだよ」
御覧のとおり俺は今、鹿ファミリーの一員として行動している。口うるさいが面倒見は良い母、草しか食わない父、何も考えて無い弟に甘えん坊の妹の5頭家族だ。
「なんだい?随分と無口な子だねぇ、親とはぐれたのかい?」
母鹿がペリエの頬をペロペロ舐める。
「ふーん、ねぇお母さんこの子も一緒に連れて行こうよ」
「そうだそうだ、一緒に草食べようよ」
・・・ペリエが完全に鹿と認識されている辺りに少し驚きを隠せない。とりあえずこの辺一帯の草を食べ尽くす事に。
「ねぇ、何で草食べないの?別にうまくないけど」
「・・・・・・・・」
(ペリエ、無理して食わなくていいから)
口の前まで草を持ってきて停止しているペリエに対し俺はそう念話する。
「すまん、コイツはちょっと腹の調子が悪いみたいだ」
「・・・兄ちゃん、喋れるんか・・・」
「ん?うん、そうらしい?」
そう言えば、俺は一体いつから彼らの言葉が分かるように、本当はこうして会話している事に気づいたのだろう。
あ・・・
(ん?何をそんなに怒っている?さっぱり分からんから思念伝達に切り替えるぞ)
白銀の・・・あの時。
そうか、思念伝達か。
白銀が俺に念話を送った事で、俺の中の思念伝達が開通したのか。はたまた、動物が会話するはずないという固定概念がそうさせていたのか。
「兄ちゃん、父ちゃんと同じで絶対喋らないと思っていた」
「父ちゃんだって喋る時は喋るわよ」
「えっ?ホント?何て言ったの?」
「なんだったかねぇ・・・まぁ、そのうち何か言うわよ」
「ちぇ、覚えてないじゃん」
「ねぇねぇ、お腹壊しているの?大丈夫?」
「そういえば、この子も全然喋らないわねぇ」
「うん、それになんで二本足で歩いているの?前足使わないの?」
「随分変わった子ねぇ・・・まぁ、お前のガールフレンドなら母ちゃん何も言わないけど」
内容はともかく、こんなに会話していた事に少し驚きを隠せない。その後はほぼ無言で草を食いつくしたので移動する事になるのだが・・・。
「ぐぅ」
「なんだコイツ腹減ってやんの」
「もう草無くなったよ?大丈夫歩ける?」
まずいな、ペリエがどうもガス欠らしい。とはいえ・・・いや、待てよ。
「すまん、ちょっと移動は待ってくれ!すぐに戻る」
皆にそう言うと俺は鼻の効く限り、今の俺にとっては食味する事の無い木の実や果物のある場所を探しだす。人間と違い、嗅覚だけで探索できるのは良い。
(ペリエ、これは食えるぞ、ほら)
俺はペリエに口いっぱいに加えたキイチゴやサルナシの実を与える。腹は膨れないだろうが無いよりはマシだ。
「ぐぅ」
腹を鳴らしながらモシャモシャと食べるペリエを見て何故か安心する。
「変わった鹿だねぇ・・・じゃ移動するわよ」
母鹿の合図と共に一家は移動を開始する。鹿の移動範囲は人間の想像を遥かに上回る。山の一つや二つなど余裕で越え、土地勘だけを頼りに安全で豊かな食場を求め歩き続けるのだ。
「・・・お前、大丈夫かい?」
「兄ちゃん、無理すんなよ」
「この鹿さん、遅いもんね・・・」
そんな過酷な移動の中、俺はペリエを上に乗せて歩き続けている。移動で魔法は使いたくないし、何より・・・
「ぐぅ」
・・・ペリエは現在絶不調中だ。
それにしても、今の状況は割と深刻である。この先向かう場所は草原であり、先ほどの森の中のように木の実の類は無い。そうなると、ペリエの腹を満たすものが無く、死ぬ事は無いが飢餓状態になると精神的に不安定になり魔法どころではなくなる。・・・半ば本気でペリエに草を与えてみようかと考える自分がいて少し怖くなった。方法が無い訳でも無いが・・・うーん・・・。
その時だった。
突然先頭を歩いていた母鹿が頭を上げ、耳を澄まして辺りを警戒する。すぐさま全員に緊張が走る。
(付けられている・・・!?)
危険な臭いがしなかったのは風下を狙われたからだろう。俺の『万色感知』にも母鹿が見ている場所が赤い危険信号に染まっている。
「散り散りに走るよ!!!」
その掛け声と主に皆で一斉に飛散して逃げる。同時に茂みの奥から何かが急激に迫ってくる気配。それも一匹じゃない・・・この感覚・・・ああ・・・。
俺も一度はなった事のあるあの生き物、狼である。
俺は必死に逃げながらも狼たちの狩を自分なりにシュミレートする。狼は主に中央をやや遅れ気味に、相手の油断を誘って左右から一気に獲物を仕留めるコンビネーションを得意とする。当然狙う獲物は、群れの中でも一番足が遅く、致命傷を食らわない子供辺りがベスト・・・つまり。
・・・俺か。
ペリエを背負ってただでさえ重い足に狼達はすぐに追いついた。すぐに喉元を噛みつかれなかったのは、俺が咄嗟に威嚇に転じたからである。だが、それもすぐに意味を持たなくなるだろう。
緊急時だ。
ここはペリエの魔法で・・・
あ
「ぐぅ」
そうだった、ペリエは今魔法どころじゃない。
クソ、このままでは・・・。
「アアアアアーーー!!!!」
その時だった、一頭の若い雌鹿が狼の横っ腹を目掛けて勢いよく突進してきたのだ。不意の一撃を食らった狼は激しく鳴き後退する。
「お兄ちゃん、だいじょ・・・!?」
妹がこっちを振り向いた瞬間だった。他の狼たちが一斉に妹の首元に噛みつく。今度は鹿の痛々しい鳴き声が森に木霊する。狼たちの威嚇にもにた唸り声と鳴き声も混じり、辺りは緊迫した空気に飲まれれていく。
畜生、だが、一体どうすれば・・・。
その時、遠くから鳴き声が聞こえてきた。
「お前!何をしているの?今のうちに早く逃げなさい!!」
母鹿が必死に叫んでいる。
鹿が何故群れて行動しているのか?
それは最悪の場合、最初の犠牲で済むようにする為。それが自然の摂理であり、生存戦略である。だが俺は当然納得しなかった。その構造はまさに魔族に蹂躙される人間の構図そのものだったからである。
狼の強靭な牙が妹の首を貫き今にも肉を削ごうとしている。狼だって分かっている。これで狩りが成功した事を、そして俺が確実に逃げるという事も。
だが・・・
「アアアアアアアアアアーーーー!!!」
俺は逃げない。
全身全力、渾身の頭突きで今まさに妹の首を掴んでいる狼に猛突進した。
「キャイン!!!」
またしても不意の一撃を食らい、その場で加えていた妹を離して後ろにぶっ飛ぶ狼。だが今度は先ほどとは違い、息を荒くしてこちらを睨みつけるだけで攻撃には転じない。片足を上げている所を見ると前足を折ったか?しかし、狼は他にもいる。残り4匹・・・さて、どうしたものか。
(お前に必要なのは出来ない事にチャンレジする精神とそれに連なる向上心、あと欲望だ)
白銀の言っていた言葉を思い出す。出来ない事にチャンレジする精神・・・。
(ペリエ!聞こえるか?)
(・・・・)
(お前の鞄の中に護身用の短剣が入っているはずだ、それをこっちに投げてくれ!!)
そう念話したすぐにペリエがナイフをこちらに転ばしてきた。俺はそれを口に咥え、狼の前に立ちはだかる。狼たちはそれを見て激しく狼狽したように思えた。だが正直、人間の頃から剣術の類も人並み以下だ。うまく斬りつけられようもないだろう。
『『剣装備lv1』を獲得しました、これにより人間種以外でのスキル獲得にボーナスが付与されます・・・・・・・・成功しました。剣装備を習得した事により、新たなパッシブスキル『剣闘マスタリーlv1』を獲得。剣を装備した際に攻撃力を1・5倍に上昇します』
なんだか頭の中でいつもの声が聞こえたきたが、今はそれどころじゃない。
とにかく・・・。
「ふぬぬぬぬぬ!!!」
俺はナイフを咥えたまま前に出る。首をうまく使って何とか振り回してみる。勿論、こんな攻撃が狼に当たる訳が無いが威嚇には充分である。そう、これはただの誘いだ。俺にとって一番の武器、それは強靭な後ろ脚から繰り出すキック。狼たちはすぐに俺のナイフ捌きがおぼつかない事に気づき、油断して間合いを詰めようとするだろう、その時が勝負だ。
そして・・・狼がついに射程圏内に入った。
よし!!!
俺は激しく体を捻り、前足に全体重をかけねじりを効かせながら狼の頭に強力な後ろ脚キックを放った。この瞬発力にはさすがの狼だって回避できまい!!頼む!食らってくれ!!!
ドン!!!!ドシャーーーー!!!
攻撃は見事に命中した。俺の後ろ脚が狼にクリーンヒットした瞬間、その体はまるで弾かれように後ろへぶっ飛び、木にぶつかって引きずるように地面に崩れ落ちた。首から上は粉骨されたように散り散りに発破した。
な、なななんじゃこりゃー!!!!
良くて顔面陥没、上手くいけば目を潰して戦闘不能ぐらいに予想していた俺の攻撃は、一瞬であの巨体の狼を粉砕してしまったらしい・・・。しばらく驚きで立ち尽くしている間に他の狼は一目散に逃げてしまっていた。
(よし、これでお前の両足はより強固なものになった。余程の事が無い限り折れる事は無い)
そういえば、足が折れないように何とかしたとか言っていたな。・・・あの男は一体この足に何を仕込ませたんだ・・・・???
そして戦闘終了。
辺りは再び静けさを取り戻し、そして・・・
「ヒュー・・・ヒュー・・・」
喉元を食いちぎられ、もう虫の息になってしまった妹が悲しい目をして横たわっている。
「お兄ちゃーん、いたいよーしにたくないよー」
全く、馬鹿な妹だ。俺なんかほっておいてさっさと逃げてしまえば良かったんだ・・・いっその事、俺の手で止めを・・・。
(ん?おい、ペリエ?)
ナイフを咥え、妹を楽にしてやろうとしたその時だった。
ペリエが妹の首に優しく、血を塞ぐように手を当てる。すると、ペリエの手が淡く緑色に光り輝き始める。こ、これは・・・回復魔法??いや、ペリエは回復魔法は使えないはず?じゃあ、これは一体・・・?
しばらく見て見ると、妹の傷口から生命の息吹のような新芽が生えてきてまるで傷口を縫合するように奇麗に縫い合わさっていく。
これは・・・『
妖精や
(おい!ペリエ!!)
・・・・どうやら疲れて寝てしまっただけのようだ。
「おい、妹よ、立てそうか?」
「うん、お兄ちゃん。もういたくないよ、この子が直してくれたんだね」
「ああ、今のうちに母ちゃんの所へ戻ろう」
ーーーーーーーーーーーー
―親父がやる
そして、俺達は無事に全員合流出来た。
ペリエも辛うじて起きて居る。
「ぐぅ」
「うすうす気づいていたけど、お前、この子、このお方・・・鹿じゃないね」
「えー!」
「このお方は、
「えええー!!って母ちゃんなにそれ」
「森の・・・神様?」
「そうだよ、お前はこの方に命を救って頂いたんだよ」
そう言うと母鹿はペリエの頬を優しく舐める。
「ああ、本当になんと感謝すればいいのか・・・」
「それなら、頼みがあるんだけど」
「何だい?」
「ペリ・・・いや、樹精霊様は果物が好物なんだ。だから皆で手分けしてお供えしてあげるというのは・・・」
「まぁ!じゃあさっそく皆で手分けしてさがすよ!」
こうして、鹿家族全員で集めた木の実や果実の量はなかなかの量になった。ペリエは無言でそれをムシャムシャ食べている。当面、ペリエの腹の虫は収まりそうだ。
「それと・・・皆に言わなきゃいけない事があるんだ」
「なんだい?」
「どうしたのー兄ちゃん」
「・・・俺は・・・このペ、いや樹精霊様と一緒に旅に出る」
「・・・・そうかい、何となく、こんな時が来るんじゃないかって思っていたよ」
「兄ちゃん、どこいくのー?」
「もう一緒にいられないのー?」
「ああ、この方、樹精霊様にお仕えすると決めたんだ」
「そうかい、それがお前の決めた道だってんなら、母ちゃん止めやしないよ」
「そうかー兄ちゃん、お別れかー」
「お兄ちゃん、樹精霊様ー元気でねー」
いつだって家族との別れは辛い。だが、これ以上皆に迷惑はかけられない。
「もう!父ちゃん!!息子の門出なんだから最後ぐらい何か言ったら・・・アッ!・・・・ちょ・・・・こんな時に・・・何を・・・あっ・・ん」
・・・・・父鹿が徐に母鹿の背に前足をかけ、激しく
「えっ・・・?一匹減るからもう一匹だって?そりゃそうだけど何もこんな時に・・・ああ、もうほら!皆行くよ!!アンタ達!!!」
「うーん、なんか俺すごく下半身がイライラしてきた」
「もう、やだー最低」
・・・・アレか。父鹿は全てを台無しにするアイツ的な存在だったのかもしれない。母と父は合体しながら森の奥へ消え、兄弟たちもそれに続いていく。感動もクソも無いお別れだった。
まぁ、生きてりゃまた会えるかもしれない。
(ペリエ、俺たちも行くか)
「・・・こくこく」
こうして、
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