8話 継承記憶



―白銀の推測



魔族側は身近な魔石が使えぬよう妨害魔法を施し、表立った魔石回収に携わる者の調査を開始したのは完全な別件ではあったが、私は何故だが直感染みた感覚があった。最早誰も覚えて無いような古い過去の古戦場などを明確に掘り当てるなんて芸当は魔族であろうが至難の業である。そもそも竜や魔族が争った痕跡に残るような古い魔石鉱脈は文字通り鉱物化されていて魔力探知でも発見が難しい。つまり、そのような手練れならば、最低でも長命種か、魔石に関する知識、土地勘、探索能力もかなり優れて居るような者である可能性が高い。



該当すると思わしきイメージは・・・



エルフの魔法使いかドワーフの鉱夫、もとい採掘能力を持つ戦闘職辺りで、もしかするとその辺りに『継承記憶』スキルが隠れこんでいると推測したが・・・。




実際にその存在を見て妙に納得した。その者は人間種であり、魔力とは完全に無縁、それ疎かその他の能力も及第点をギリギリ超えているような凡人であったからだ。『鑑定』で見て解析不能なスキルを発見した時は目からうろこが落ちた。なるほど・・・確かにこれは見つかりようがない。その者に『継承記憶』を与えた神々の意図はともかく、魔族や我々のような力ある似非之神えせのかみを欺くには格好の存在だったと言える。見た所その人間の目立った特徴、つまりステータスを鑑定した所、記憶を保持する『記憶容量ビット』と呼ばれる数値が通常よりもはるかに高い数値を示していた。転生系スキルはただでさえ膨大な記憶量を維持する必要があり、逆に言えば記憶容量に特性がなければパッシブ可出来ないスキルとも言える。結果、脆弱な人間が止むなくして管理者権限スキルを与えられたという所か。




だが、そのおかげで今彼と対峙している若い二人の魔族は『継承記憶』の存在に気づいていない。それどころか、彼が使役する魔法人形の方にばかり注目していた。確かに通常ならそうならざる終えないだろう。なにせこの魔法人形も異質な存在であったからだ。しかし、もう一人の鑑定スキル持ちが彼を調べてしまうと不味い。あの魔族のレベルでは『継承記憶』がある事を知る事は出来ないだろうが、それに何かとてつもないスキルを保持している事ぐらいは容易に想像でき、そして、それがあの厄災に繋がった『継承記憶』であると連想されれば・・・。



事を急を要すると確信したその時、私は転移術で速やかに現場へ駆けつけ、魔族を行動不能にした後、彼らを速やかに確保、拘束したのちに説明を求めた。



見た所、その人間は『継承記憶』の重要性に全く気付かないまま受け入れるように何百という転生を繰り返していたようだった。私はその男と魔法人形の中にある『親縁の絆』を確認し、その男を速やかに葬った。魔族に顔が割れたままの状態で存在するのは危険だと察知したからだ。



そして、あれから半年が経過した。



あの男が転生し、記憶と意識を整合して次のステップにでも行動している頃、私の方は魔法人形に飛行魔法を伝授し、魔力制御も出来るように施す。主以外の命令を全く聞かない為中々に骨が折れたが主の元へ戻すという条件を付けると素直に応じるようになった。そして、親縁の絆を伝ってようやく転生した男を見つけ出す。相変わらず魔力も無い、それでいて彼の凡才をそのままイメージしたような動物へと成り代わっており、見た所、何も考えずにひたすら草ばかり食べている。



(この男は一体何をしているのだ・・・??)




私は久々に会うなり思わずその思考停止気味の頭を叩いた。




「おい、お前はさっきから何をしているのだ」




ーーーーーーーーーーー



―鹿、怒られる



「おい、お前はさっきから何をしているのだ」




白銀・・・とか言ったあの青年は俺を見るなり呆れるようにそう言った。見りゃ分かるだろ、草食ってんだよこっちはと反論したいが・・・・



「アァー!アアー!!」



まぁ、そうなるよな。今、鹿である俺には弁論の余地もない。



「・・・全く、お前は自分の置かれている状況を全く理解してないらしいな、それも、何百年も・・・」



俺の置かれている状況?


少なくとも転生を繰り返し、様々な経験を繰り返している事だけは理解しているが・・・それ以外に何かあるのだろうか?



「アー!アアー!!」



「・・・はぁ、まぁいい。それよりお前に返すものがある、おい」



白銀はそう言うと、後ろにいる人影に声をかけた。


あ・・・ペ、ペリエッタ!


そこには紛れも無い、ペリエが俺を見ていた。あれから半年過ぎたが何処も損傷した様子は無い。どこか穏やかな笑みで俺を見つめていた。


だが・・・


「アー!!アアー!!」



「ん?何をそんなに怒っている?さっぱり分からんから思念伝達に切り替えるぞ」


そう言うと白銀は俺の脳内に直接声を送ってきた。



「預かって貰ったのには感謝するが、なんだその服は!ボロボロじゃないか」


「ああ、そりゃずっと調整実戦していたからな。この手の類は実戦で記憶させなきゃならんし、何より人の言う事を聞くタマじゃない」



「そりゃ、そうだけど・・・新しい服を買ってあげるとかだなぁ」



「お前、私を人間か何かだと勘違いしてないか?少なくとも神の名を語る者は人類と直接干渉する事はご法度だ」



ぐぬぬ、そう言われるとぐうの根も出ない。だが、俺の怒りとは裏腹にペリエは嬉しそうに無言で俺を撫でている。相変わらず無口だが、前よりも表情が豊かになっているような気がする。確か樹精になりかけているとか言っていたな。心が芽生えたのだろうか?



そんな事より・・・


「ペリエ、お前俺の事が分かるのか?」


「・・・(こくこく)」


「当然だろう、この人形の主はお前だ」


「こうして俺を撫でるという事は、やはり心を持ち始めているのか?」


「そこまでたいそうなものじゃない。だが、この人形はお前を守る事に命をかけている。私の言う事も応じない辺りは頑固なもんだ」


「そう、なのか・・・」


今までの人生?転生後は必ず全てはリセットされ、その度に関わってきた全てを失ってきただけに、ペリエだけが俺を知り、俺を慕ってくれる事が少し嬉しかった。


「だが、これから先もこんな調子じゃいつはぐれてもおかしくないぞ」


「そうは言ってもな・・・鹿の俺に一体何が」


「はぁ・・・そこだ、じゃあ言うがお前はただの鹿なのか?」


「・・・??? たぶん、ただの鹿のはずだが」


俺は自分の体を毛づくろいしながらそう答える。


「馬鹿言うな、お前のような鹿がこの世に存在するか」


「・・・!? ああ、確かに今、理解した」


白銀は俺と言う存在、つまり『継承記憶』を持った鹿なんてものは、生前の、いやそれより前の全ての記憶を持っている鹿なんているものか。と言っていたのだ。



「そもそも、お前の持つ『継承記憶』というスキルは管理者権限スキル、つまりこの世に非ざる完全な理不尽スキルだという事は前にも言ったはずだが、それが何故なのかは分かってない・・な」



ああ、それに関しては今でもよくわからない。


どれだけ転生を繰り返してもスキルレベルは上がらないし、生前のスキルはその残滓程度しか残らない。文字通り俺はその『記憶』だけしか継承してないのだ。これがどうして理不尽チートなどと言えようか。



「この『継承記憶』スキルはな、使いどころさえ分かってしまえばこの世界の支配者になりうるスキルだからだ」


「・・・?」


「まぁ、その辺りはどうもお前の無力さや、元の性質が影響しているように思える、じゃあまず・・・何でも良いから喋って見ろ、言語を」



・・・??


いや、無理だろう。鹿が喋れるはずは、無い。



「アァー!!アッラララー!!!」


「まぁそうなるわな、じゃあ今度は座ってみろ」


はぁ。俺は静かにその場に座る。


「今、この時点でお前は見世物小屋で客を驚かせる程度の存在価値がある、分かるか?」


「ああ、人の言っている事は理解できるからな」


「動物は本来、中咽頭ちゅういんとうが未発達な為、言語を話す事は叶わない。だが、お前は違う。その気になれば練習に練習を重ねて中咽頭を発達させて会話する事だって出来る」



えっ?


いや、無理だよ・・ね?


「それだけじゃない。今までの経験を生かせば今が何者で在ろうともその経験を大いに使う事だって可能だ。それが今まで出来なかったのはお前の中の意識の問題、つまり・・・」


「『そんな事は不可能』だと言う結論がそうさせているだけだ」


「いや、無理だろう」


「今はな。だが、大半の事は時間という慣れが解決してくれる」


「お前に必要なのは出来ない事にチャンレジする精神とそれに連なる向上心、あと欲望だ」


「・・・慣れだと言うが途方もない時間がかかるな」


「お前が『出来ない』と思った概念がそこにある。人間の寿命の感覚で例えば10年かけて言葉が話せて、文字が書けたとしたら長い年月に感じるだろう?だが、お前はその何千倍も生きられる事が出来る」


「それに時間はかかればかかる程、有効であるとも限らん。私や竜族、それに魔王なんてものはそれなりに長命だが、お前のように無限の可能性を秘めている訳じゃない」


ここまで聞いてようやく、白銀の言わんとしている事が分かってくる。つまり、俺の心意気次第でいくらでも成長していける。それが・・・


「『継承記憶』という訳か」


「左様、ようやく理解したようだな」


「だが、このタイミングがある意味ベストだったやもしれぬ」


「・・・どういう事だ?」


「お前がもし、自力で『継承記憶』の有効性に気づき、自由に多種多様な能力を開花させていたとすれば、少なくともお前の周りの環境は大きく変化していただろう」


「そういう事は多かれ少なかれ話題になるものだ。大体そんな奴がいたら真っ先に魔族の標的にされ、ヒルデガルドに見つかっていたかもしれん」


「ヒルデガルド?」


「魔族を統べる王、魔王の名前だ。彼奴自体は世界の事などどうとも思って無いが、それが『継承記憶』絡みだとなれば話は別。おそらく捕縛して解析鑑定されたのち、永久に転生できぬよう封印でも施していただろうよ」


こわっ!そうか・・・『継承記憶』はある意味絶対の不死。封印する以外に対策のしようが無いという訳か。


「だけど、だけどもし、俺が今後色んな力を身につけたとしたら結果的に魔王に目を付けられるハメになるんじゃ?」


「もうお前にはいくらでも対策しようがあるだろう、だから今知った事がベストタイミングだと言ったんだ」


「なるほど・・・」


だが、だからと言って俺はこの先一体・・・どうすれば。


「何を迷っている必要がある・・・と言うより、お前、生前に何かがあったんじゃ無かったのか?何故魔石を回収しておったのだ?」


「それは・・・魔石を回収して人類に貢献し・・・」




そうだ、俺は・・・



「魔族共と対等に渡り合えるようになれれば、と」



「そうか・・・ふふふ、なるほどな」



その時、今まで冷静だった白銀が急に笑った。



「ならば、まずは魔族と対等に渡り合える術を身に着けて見ろ」


「・・・そうだな。だが、白銀。そもそもお前は魔族とは一体どういう関係なんだ?俺なんかに肩入れしていいのか?」



「問題なかろう。そもそもお前は最早人間の型の範疇を超えた存在だし、既に干渉してしまっている。そして何より俺もも人魔の争い事などに興味など無い」



「・・・・へ?」



「少し口が出すぎたな。魔王自体は間違いなく魔族最強だが魔族達を真に動かしているのはその配下の第六魔貴族達だ。彼奴も私と同じ『調停者』故、下々の争い事に野暮な口出しはせんだろう」


「じゃあ、その第六魔貴族・・・をどうにか出来れば、人類の未来は開けるのか?」


「さぁな、未来の事など誰も知らん。お前が成すべき事は未来に向かって道を作る事だ」


そう言うと白銀は俺に近づき、そして俺の足を何故か掴む。



「なるほど、鹿もこの辺が急所らしいな。この類の動物は足の骨折=死に直結する割には何ともその強度が脆い、いや、横の衝撃に弱い」


「お前が決意をした暁とは何だ、今回はちょっとしたハンデをくれてやろう」


そう言うと白銀は俺の足を掴みながら何かの呪文を詠唱する。

すると足周りが淡く光り輝く。



「よし、これでお前の両足はより強固なものになった。余程の事が無い限り折れる事は無い」


「おう・・・あ、ありがとう?」


「礼には及ばん。あと、その魔法人形には飛行の呪文と魔力制御を施しておいた。だが、持続性はあまりない故、緊急時のものだと考えておけ」


「ああ、助かる」


「あと、忠告しておくが今後は出来るだけ自分の力だけで戦う術を身に付けろ。どうしようも無い場合以外はこの魔法人形に頼るな」


「・・・分かった、努力しよう」



そう言えば出会った時も助けられた。殺された事だって、魔族との追跡を経つ為だし、この青年、白銀はどうしてこうも俺に協力的なのだろう?


「なぁ、白銀」


「なんだ?」


「どうしてアンタはそこまでしてくれるんだ?」


「フッ。なぁに、実を言えば私も魔王と同じ考えなのだ」


「え?」


「私も『継承記憶』とやらを見て見たくなったまで。もっとも私の場合はその性質よりも実用性の方だがな」


「なるほど、つまり、俺の成長を見たいという事か」


「左様、そして育ち切ったお前と言う存在が我々にとってどういう意味を持つかも楽しみではある。私のした事がこの先、鬼が出るか蛇が出るかは誰にも分からん、だが、それはこの世界を見据える者にとっては楽しみだとも言えよう」


「さて、話はここまでだ。お前が真の高みに近づき時、また会う事もあるかもしれん。その時まで達者でいろ、ではさらばだ!」




そう言うと白銀はあの時のように気配を消してこの場から消え去った。




そして、何も無い森の中に俺と、ボロボロ服を来た魔法人形だけが取り残されたのだ。

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