6話 神話
―助け船?
少年のような人物は植物が急再生されたような動きで瞬くまに大人の程の背丈になる。そして美しい銀髪を後ろで括ると裸(おそらく中性)であるその身は瞬時にして布を纏った。
「こっちへ来い」
!!!
謎の人物がそう言うと、ペリエがそこに向って歩き始める。いや・・・俺自身も自分の意思とは無関係に体が動き始めていた。
(これは・・・強制操作?)
「そうだ、言霊でお前達が余計な事をしないようにな。時間が惜しい、早くしろ」
すると、今度は一気に指を刺された方向へ向かって走り出す。全身の筋肉が硬直したように軋み、激しい痛みを感じる。当たり前だが、恐怖で体が必死に逃げようとしている。だが、青年のいた場所まで走った瞬間にそれは解除された。いや、ある種を境に空間そのものがまるで別の場所になっていた。薄暗く、それでいて天井が見えない程の巨大な空間、洞窟にしてもこれ程の規模は初めてである。
「洞窟じゃない、ここは地下世界。ドワーフやエルフ、それに幻獣と神々が住まう場所だ」
「ここではさすがの魔族共も手はだせん・・・ん?・・・見ろ」
「・・・?」
「手が震えている、さすがに緊張したようだ」
見ると先ほど魔族の女を貫いて血のりだらけになった右手が震えていた。
「・・・魔族を殺したからか?」
「?・・・クック、そんな訳は無い。大体あの手練れがあの程度で死ぬものか、今頃ぬっと起き上がって
自分の置かれた状況でも確認しているだろうよ」
「私の手が震えているのは、あのタイミングで目的を達成したに他ならない。魔族共がお前と接触しない限りお前と言う存在を認識出来なかっただろうし、少しでも行動がズレていれば回避されるか、お前が殺されていただろうな」
「そうならない最善の手を尽くせた代償がこの身震いと言う訳だ、緊張で体が震えるなんて一体何万年ぶりだろうか、隠居の身には少し堪える」
「さて、『継承記憶』の持ち主よ、単刀直入に言おう」
「貴様は創生神、もといそれに関係する存在か?」
「・・・・何の事だ?」
「忘れたか、思い出せ。自分が最初に生まれた頃を」
「最初?・・・・最初なら俺は苔に転生・・・」
「苔?蘚苔植物に意志が宿ったと言うのか」
「あ、いや・・・実は」
俺は銀髪の青年に自分が今に至る経緯をかいつまんで説明した。
ーーーーーーーーーーー
―魔族と人間
魔生暦 7583年
魔族 それは魔力を持ち、その力を永遠の象徴として個の性質を極めんとす者達。最初こそは力を求め、互いに競い合い、争い、自らの欲望の赴くままの中で次第に美や芸術、知識を探求する者が現れた時、彼らの世界は一気に開花していく。
魔族の世界はある種の理想にも達している。
魔族の頂点に君臨する魔王、彼の王こそ力の象徴であり、それに抗う者は無し。その魔王に従える魔貴族達は互いに協力、牽制、そして争いあって己の地位を高めている。力無き者は皆淘汰され気味だったが、文明が進むにすれて次第にその者達も平民となりて国を支えるようになった。その模様はまるで何処かの国のルネッサンスを彷彿させる程の優雅さを誇っていた。街道は石畳で整備され、建物は近代化され、魔貴族たちはその華やかさを競うようになる。街には至る所に店が開かれ、特に食品売り場は活気に溢れる。肉は精肉され、均一に温度を管理され陳列されている。それで作られた料理は一品一品に意味を持たせ、それこそ魔族を象徴するかのように量よりも質と美に拘った気品に溢れるものばかり・・・。
だが、今彼がナイフとフォークを扱い、口に運ばせているその肉は紛れも無く人間の肉なのである。今では魔族領に人間の養殖村と呼ばれるものはその数を減らしていると言われている。一部の
魔族領に置いて人間は、魔族の干渉にさえ気づかずに肥沃な大地で平穏で平和に暮らしている。ただ、その複数の村の中で度々神隠しが起きるが、その村々が滅び去る程のものでもないので、人々は出来るだけ一人で遠くへ行かないようにと言いつけている。
そして、彼等は今も平和に、平穏に暮らしている。
ーーーーーーーーーーーーーーー
―若き魔族達、その後
―モンベル郊外 南の森―
胸を貫かれた女は起き上がり、首を落とされた男はその首を手で元へ戻していく。
「アリストア、貴方もやられたのね」
「ああ、だが意外にも苛立ちは無い、恐怖もない」
「ただ、これは間違いなくスキル攻撃によるものだろう、技量でどうにか出来る代物じゃない」
「ええ、まるで気配が無かった。それに気が付いたら胸に刺さっていたわ、まるでそうなる事が
「察しが良いねシャーデ姉さん。たぶんこれは『必中』のスキルだろう。どんな敵にも必ず当たる攻撃、そこに格上の力量が加わった。そんなスキル保持者に心当たりはあるかい?」
「そう言うのは貴方の方が詳しいでしょう?それで、そのレアリティはどうなの?」
「・・・・
「まぁ、素敵・・・・・・・・ところで」
「ああ」
「私たち、こんな所で一体何をしていたのかしら?」
ーーーーーーーーーーーー
―謎の青年
「・・・なるほど、お前の事は分かった」
「だが、肝心の『継承記憶』をどう手にしたかは覚えてないようだな」
青年は少し苛立つように言う。
そもそも気が付いたら苔だったしな。それ以上もそれ以下もないはずだが・・・確かに言われてみれば誰が俺にこのスキルを与えたのか。普通に考えればまぁ神という存在になるのだろうが・・・。
「俺の事は全て話したつもりだ、これ以上覚えている事はない」
「意図的に記憶を消されたなんて事もあるぞ?記憶の改ざんは可能だからな」
「精神系スキル、か」
「まぁ、そんな所だ」
「それよりも・・・アンタ、いや貴方は一体何者、だ?」
今までいつも通りタメで話していたが、こいつがやった事を思い出すとだんだんと恐ろしさがぶり返ってきた。魔族、では無いようだが・・・。
「私か・・・言わんとダメか?」
「いや、言いたくなければ別に。とにかく危ない所を助けてくれて感謝する」
「うむ、まぁざっくり言うと私は元々この世界の『調停者』として動いていたものだ、今は別の者どもに託している」
「調停者?」
「お前らには『神』と言った方が良いだろう、世界が滅びぬようある者は呪いによって腐敗した大地を浄化し、ある者は暴虐の限りを尽くす魔物の集団を滅ぼす。そんな所だ」
「私の名は・・・そうだな、
「まぁそれより、お前に『継承記憶』を与えた者を突き止めたい。少し移動しよう、こっちへ来てくれ」
先ほどの命令、言霊という強制操作とは違い今度は普通に催促される。俺とペリエはゆっくりと白銀の後をついて行く。するとまたある所を境に空間が水面が弾かれたように歪み、瞬時に別の場所になった。そこは巨大な樹木が密集し、植物の花が淡く光って灯を灯っている。静かだが賑やかな街だった。
「ここはエルフの村、ドレトジェミニ。エルフは精神系の術に特化した者が多いからな、お前の記憶を引き出してもらう」
白銀が街へ入ると、行き交う人達が跪いて敬意を示して行く。だが、同時にヒソヒソと陰口を言われているような目線も気になる。エルフは元来、他の種族とはあまり関わらない事で有名だ。人間である俺が居る事を良く思ってないのだろう。
街の作りはどれもこれも樹木をそのまま繰り抜いて居住区にしたようなものが目立つ。人の街のような活気は無く、全体的に薄暗いせいかそこにいるエルフ達も蒼白で生気が無いように見える。ドワーフの真逆に位置するエルフは感情の起伏もあまりない。そして人よりも魔力の扱いに長け、より一層研究熱心である。ただ、ここが地下世界だとすれば、地上にいるエルフ達との関係性が気になるところだ。少なくとも地下にこんな広大な世界が広がっているなんて話は聞いたことが無い。
「ここのエルフ達は魔族と同様に自らに魔力を宿している。本来魔法はエルフの特権だった。」
「だった?」
「ああ、遥昔の事だ、エルフはその力で世界を支配した。そして最終決戦に挑み敗北した。その時にその魔力の大半をはく奪されたのだ」
「最終決戦?一体エルフ達は何を戦ったのだ?」
「・・・それもお前の記憶を呼び起こせば答えが分かるかもしれん」
それからしばらく歩くと枯れ木を繰り抜いた小さな家に到着した。
白銀がそのドアをノックする。
「マグノリア、私だ」
返事に応じて現れたのは、長身のエルフからは想像もできない程背を丸くした老練のエルフ。長命で美しいあの容姿が此処まで老いるとは、一体何千年の歳を超えてきたのだというのか。
「はあぁ、これはこれは・・・今のあなた様はなんとおよべばよろしいので?」
「白銀とでも呼んでくれ。名などなんでもいい」
「そうですか、でも私の名前は覚えていらっしゃるのですねぇ」
「マグノリアよ、言うな。おぬしの名を忘れるほど老いぼれるものか」
「ほっほっほ、それはありがたきお言葉ですじゃ、立ち話も何ですし、どうぞ」
そう言うとマグノリア老婆は小屋の中に俺達を案内した。
「ところで、エルフは最近どういう様子だ?」
「ぼちぼち・・・実りにならない研究などを細々として切磋琢磨と言えば聞こえはよろしいのでしょうが、もはや最盛期の面影は残っておりませぬなぁ」
「そうか、まぁそのうち事が大きく動くかもしれぬ。その実り無き研究とやらも実を結ぶかもしれんぞ」
「事が大きく・・・と、言いますのは何か変化があったと?」
「それをお前に調べて貰う為にここへ来た。こいつを見て見ろ、どう思う?」
「えっ?・・・なんと言いますか、まぁ、すごく・・・人間ですじゃ」
「見た目に騙されるな、もっとよく見て見ろ」
白銀にそう言われると老婆はぼったりと閉じたままの目を片手でぐいっと見開く。魔眼に近い怪しい輝きを放す紫の目がこちらを見透かすように覗き込んできた。
「ふーむ、ふむふむ・・・魂はやはり人間ですじゃ。しかし、その外殻は幾多の性質を纏っている」
「ほぅ、やはり分かるか。この者はこの世に生を受けた時に『継承記憶』を持ってた。故に記憶を保持したまま幾度と無い転生を繰り返している。言うなれば
「『継承記憶』ですか。存じませぬなぁ・・・ただ上の最も栄える人の国に『伝承』と言うものが伝わるとは聞いた事がありますが」
「『継承記憶』は管理者権限スキルだ。けして人が持っていいようなスキルではない」
「管理者権限スキルですとなぁ・・・聞いたこともない名前ですじゃ」
管理者権限スキル?
それは一体なんだ?
「それはそうだ。その者のスキルは少なくともこの世界に存在する者に習得できるスキルじゃないからな。だが、これでますますコイツにこんなものを与えた連中に目星が付いた」
「ワシの『記憶検索』と『投影』の出番という訳ですか」
「そういう事だ、さっそく頼まれてくれるか?」
「お安い御用・・・と言いたいところですが、なにせこんなしわくちゃですじゃ。果たして上手くいくかどうか」
「私の神通力を使え。あと、『記憶検索』の範囲はこいつがこの世界に生まれる直前で絞れば良い」
「それならば・・・では、白銀様、失礼します」
白銀はマグノリアに手を翳すと淡い光を放ち始めた。それと同時にマグノリアもその手てに合わせるように片手を翳す。すると皺だらけのマグノリアの体が一気に水を帯びたように若さを取り戻し、ついには世にも美しい美女に生まれ変わった。
「ふっ、なんだまだまだ若いじゃないか」
「あらあら、また男にモテてしまいますわ、乙女の悩みを増やしてくれない事です」
「まぁ、それはそうと・・・彼でしたわね」
「では、この者の記憶を検索し、それを投影致しましょう」
生命力を得たマグノリアが今度は俺に向って何かの詠唱をし始める。すると、今度は小屋の壁に物凄いスピードで俺の生前の記憶が投影され始めた。元の世界で死んで、意識を失い、再び目を開けようとした所で速さが普通に戻り、俺の記憶が再生されていく。
「・・・まぁ、酷い雑映ですわ。余程の
「できそうか?」
「まぁ出来る限りは、でもこれ以上画質を上げるのは厳しいですわ」
消された俺の記憶が投影によってビデオのように再生されていく。
・・・・・・・・・・・
『おい、見ろ。この検体は・・・・例が』
『見た所、何の変哲も無いが・・・記憶を司る・・・まるで宇宙』
『だが、それ以外に適正は無い・・・そのまま自然の赴くまま・・・』
『いやまて、コレにとっておきの能力が・・・』
『まさか、アレか!・・・・誰にも・・・埋もれてしまった・・・』
『これだけの・・・媒体を持っているなら・・・けして・・する事も無い』
『最近は・・の者共 連携・・・うまく・・・調査』
映像は中央の光の輪を囲みながら、何人かが会話している様子が映っていた。内容はノイズが走って明確には聞き取れないが、どうやら俺に適正があって継承記憶をこの映像に移っている人影達が授けたらしい。それにしても自分の記憶だと言うのに全く記憶に無いのはもどかしい気持ちだ。
「やっぱり、連中の仕業だったか。相変わらず胡散臭い連中だ」
「知っているのか?」
「・・・太古の昔の話だ。気まぐれな神がこの世界を作り、その管理をその下に付く力ある者に丸投げして何処かへ消えた。そして星の外部から監視、調整を施す者達と、実際に星に君臨して問題を解決する者達と分れ、それぞれに分担してこの世界の行く末を見守っている」
「地上から調停を行う者達を
「お前にそんな常識外れなスキルを与えたのは天之神達の仕業だろう・・・伝説が今でもその機能を果たしているのならばな」
「・・・それは一体どういう事だ?」
「さっき、胡散臭い連中と言った通りだ。上の神々とはもう長い事関係を持ってない。故に連中の意図がさっぱり分からない。だからお前に色々と聞こうと思ったのだが、当てが外れたようだな」
「だが、お前が地上に居るという事はそれだけこちらの勢力が強まったという事だ・・・」
この青年、白銀の話す内容は端折りすぎて一体何の話をしているのかさっぱり分からない・・・。
「ああ、すまん。色々と先走ったようだ・・・さて、私の方で答えられる事は応じよう」
そうは言ってもな。「分からないが分からない」という言葉がしっくりくる状況ではある。とりあえず・・・。
「俺とペリエは今度どうすべきだと思う?」
「ふむ、まずそこにいる魔法人形は私の元に置いておく。何、すぐにお前の元へ戻ってくるさ」
「・・・?」
「この人形、いや最早人形でも無いな。意思が生まれている。だが、けして人でもない・・・感覚的には樹精に近いな。」
「樹精?」
「そうだ、その辺に生えている木々達にも実は意思は存在する。ただそれがあまりにも微弱なので感じ取れないだけだ。だがこの人形はそこから精霊に昇華してその意思を大きくしようとしている。木々達が天に昇って良くようにこやつはお前にその若木を伸ばそうとしているようだ。これは・・・主従関係に近いかもしれん」
「なるほど、やはりペリエに意志はあったのか・・・」
「だが、このままでは色々と問題がある。まず魔力制御が出来てない。これでは魔族に発見してくれと言っているようなものだな」
「まぁ、その辺は私の方で何とかしてやろう、それでお前の方だが・・・・」
「従来通り、転生を繰り返して貰う。だが、最早その体では魔族に察知されてしまうだろうから一度死ぬ方が良いだろう」
「・・・・は?」
「何、お前も死は中々に酷だろう。だが、安心しろ。私の場合は一瞬それも意識を消滅させるだけだ。次に目覚めた時、お前は新たな生を得ているだろう」
「ちょ、ちょっと待て・・・まだ話は終わって!!!」
「安心せぇ。時期を見てまた会いに行く。お前とこの人形の幹を伝ってな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
―鹿、再び
以上が一連の流れだ。思い出すと少しイラっとする。要約すると魔族と遭遇し、変な化け物が助けてくれて、俺のスキルについて調べ、その正体が胡散臭いかつての神々で、何をすべきかと聞いたら殺された。まぁ、理解しろというのが無理な話だ。俺が思考を放棄したくなる気持ちが客観的にも分かるというものだ。なので草を食っている時が一番心が休まる。
まぁ・・・考えても仕方ない。
今は夏の終わり、秋になればもう若木もがっつり減り、冬になれば空腹という苦しみが待っている。それまでに生存戦略を練らなければならないのだ。寧ろそっちを優先に考えなければならない。そう思いふと
目線を遠くに戻そうとしたその時だった。
俺は脳髄に衝撃が走るような痛みに襲われ、危うく気を失いそうになる。転げ回って何が起こったか確認しようとしたその目に入ったのは、公約通り俺に会いに来ると言ったあの白銀だった。
何故か非常にご立腹のようだが・・・・。
「おい、お前はさっきから何をしているのだ」
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