5話 魔族



―新たなる息吹



気が付くと俺は体液まみれの布袋に包まれそのまま地面へボトっと落ちる衝撃で目が冷めた。記憶は相変わらず曖昧だが、何度も味わった初めて生を受ける喜びを痛感している。見渡す限りの平原から香る若草の青臭い匂い。前の記憶より少し色彩が違って見えるのは何時もの事だが、これもまた新鮮だ。


だが今はそんな悠長な事を考えている場合じゃない。


本能が「早く立て」と言っている。


俺の横で最も安心できる影がムシャムシャと俺を包んでいた布っぽい何かを喰っている。だが、その目はけして笑ってなく、焦りと少しの怒りに満ちている。


「ほら!おまえ!!早く立ちなさい!!!食われるでしょ!」



そんな風に急かしているようにも見える。言われなくてもそれが先ほどまで俺を必死に生み落とそうとした母親である事は疑いない。草食動物の母なんてものは皆大体こんな感じだ。余裕が無く皆せっかちだが、けして愛が無い訳じゃ無い。その証拠に必死になって立ち上がろうとする俺を逃げずにじっと見守っている。そして、体に何十倍の重力が圧し掛かったような重さを押しのけて、俺は小鹿のような足をプルプルさせて何とか立ち上がった。そして思いっきり息を飲み込み・・・



「アァー!!」


またこの世界に生まれた事を証明するように鳴き叫んだ。


そう、俺はまた死んだのだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



―鹿になる



動物と言うのは何も考えなくても存在するだけで自然界に回帰するから楽でいい。鹿のやる事と言えば、とにかく草を喰いまくり、草を追い求めて移動しまくり、移動した先で糞をするだけ。当然自然の流れの中には交尾する事もあるだろうが、そこは人間と同じで必須という訳でもない。恐らく全生命に共通する事なんだろうけど、雌にアピール出来ない、もしくはしない雄は子孫を未来永劫残せない。ヘタレ属性は淘汰される運命なのだ。



そういえば、誰しも草食動物は草しか食べないが、あんなもんが本当に美味いのだろうか?と考えた事はあるかもしれない。その答えはNOだ。草は本当にタダの草だ。こんなものが美味いはずがない。しかし俺は無心にそれを胃の中に押し込む。そうすると、胃酸で溶かされた、もとい発酵された草が口に戻ってくる。反芻はんすうという行為なんだが、これでようやく草に味わいが出てくる。まぁ簡単に説明すると無味乾燥な草を自分の胃の中で味付けしてもう一回食べていると言えばいいか。まぁそこに中毒性もあって一生草を食っていけるという訳だ。


もっとも食事に集中しすぎて自分が狙われているのに気づかない

なんて事もあるようだが・・・。



さて、鹿に転生して半年。



ようやく、まともに思考出来るぐらいにはなった。だが、不思議にも俺は未だかつて雌になった事は無いのだよな。転生する法則性は完全にランダムだし、同じ生き物に転生する事も何度かあるが、どうも性別だけは固定らしい。勿論、性別の概念のあるものに限られる話だが。



まぁ、話す事はそこじゃない。そうだな、人間であった俺はいともあっさりと死んだ。その辺を詳しく話さないといけないのだが鹿になると当然ながら脳が委縮して人間っぽい事をするのはかなり面倒になる。草さえあれば何もいらないし。草だけ食えればいい。魔石?石なんかどうでもいい。




・・・いやいや、まずいな。もう一度しっかり思い出そう。


何故俺は死んだのか。


それに、あれからペリエがどうなったのかも気になる。



ーーーーーーーーーーーー



―生前最後の記憶



モンベルに戻ってなんやかんやで三日ほど過ぎる。


原因不明の調査でも最長で野営する期間は一週間が限度、そしてそれだけの準備にかかるだけの日数は三日程。のんびりしてるつもりは無いがこの世界じゃどれだけ急いだ所で急には動けない。念には念を入れて『継承記憶』で得た経験と『万色感知』を駆使すればより安全と結果を保証できると言うものだ。



そういえば、ゴブリン退治の方はうまくいったようで今は逃げたゴブリンの掃討段階らしい。まぁこの世界は確かに残酷だがけして救いが無い訳でもない。



何も起こらない事こそ平和であり、つまらないと感じる事こそ幸せなのだ。



しかし、直感から来る胸騒ぎは相変わらずもやもやしている。地図を見ていくつかのルートを選び、一番安心だと思えるルートで進む。とにかく現場へ行かなければならないので『万色感知』で赤色の警告が出ても決行、予測不能のストライプが出たら即撤退するつもりだ。



ロドリー達が見たと言う現場はモンベルより南、古い遺跡がある森の中の丁度開けた場所、俗に言う中原と呼ばれる場所だ。中原は冒険者が魔物を誘いだすスポットとして主に使われる。特に森の中だと圧倒的に魔物側に分がある為、それを無くす為に開けた場所まで敵を釣って戦いを仕掛ける。



なのでそこではどうしても激戦になり、気が付けば森の至る場所で中原が生まれる。そしてそうした場所では魔法で魔力を消耗する為、魔石も落ちている事が多く、それを探索していたロドリー達が偶然魔力妨害を施す現場を見たと言う事になる。



本当にレッドワイバーンがやったのなら、その痕跡が現場には必ずあるはずだし、何より魔力妨害されて廃石になった魔石もまだ落ちているはずだ。それが従来と同じような特徴があれば、状況的に他の廃石もレッドワイバーンの仕業と仮定できる。そこに魔族の関与さえ掴めれば上に報告する分には充分だろう。


そして肝心の現場には何のトラブルも無く到着する事が出来た。懸念した魔物との遭遇も無く、『万色感知』の反応も問題無い。落ちていた廃石からここ最近の魔力妨害と同一の特徴が見られた事もあり、拍子抜けするほどあっさりと調査は終わった。




そして、俺は思い知る事になる。





最悪な事態とは、予測不可能である事に・・・。




ーーーーーーーーーーーーーー



―危機



ボロボロに崩れ落ちる廃石のサンプルを回収しようと専用の瓶を取り出したその時だった。



不意にペリエが立ち上がり、何も無い森の奥へ向かって杖を構えたのだ。色々と不可解な行動をする事はあったがここまではっきりと行動したのは初めての事だ。



「・・・ペリエ、何かいるのか?」


「・・・・・・」



ペリエは何も答えない、だが、その構えは間違いなくいつでも魔法を放てるようにしている。状況によって攻撃にも防御にもなるように。だが、俺にはペリエの行動の意味が理解できないでいた。何故なら俺の『万色感知』には全く危険を知らせる色が出てないからだ。


「安心しろ、きっと気まぐれな精霊でも通り過ぎたのだろう」


「・・・・・・」


「ペリエ、戦闘モードを解除しろ」


「・・・・・・」


ペリエは・・・その状態のまま動かない。心なしか動揺さえ見せているようにも見える。その様子で俺も初めて自分が大きな過ちをしているのでは無いか?と言う感覚になり始めていく。今までペリエが俺の命令を無視した事など無いのだ。



だが、何だ?


ペリエは一体何に怯えている?



森の中はどこまでも静かだ。虫の鳴き声も小鳥の囀りも、川の流れも、風の騒めきも感じない。凛として透き通る程の沈黙を保っている。俺は不意に自分の耳や感覚がおかしくなったのかさえ思えた。思えば、改めて今思えば、この状況・・・何から何まで不自然である。



『万色感知』にがあった訳じゃ無い。


認めたくないが、何者かによって俺の万色感知が広範囲で抵抗レジストされた可能性が高い。



その時だった。



ペリエの向いている方向から何処かの村人と思わしき若い男女の二人組が歩いてきた。俺は全身からぶわっと汗が流れ、その場で腰を抜かしそうになる。こんな魔物がうろつく森の中に、存在する事自体が不自然な二人組、これが何を意味するか直感が全力で警鐘を鳴らし続ける。




・・・・・・・・魔族だ。



絶対に出会ってはならない存在が此方へ向かって歩いている。


だが、こういう最悪の事態を想定して無かった訳では無い。



(ペリエ、聞こえるか?)


(・・・・・・・)



ペリエは俺の心の声、つまり念話でも命令する事が出来る。近距離限定ではあるが。


を使え、そして瞬時にここから離脱する)


(・・・・・・・・)


ペリエが杖を両手で握り、声にならない詠唱を開始する。魔法は名前を言う事で威力が高まる性質がある。そして、それは別に術者本人で無くても構わない。


俺は大きく息を吸い込む。



「脚力強化魔法!!飛蝗飛翔グラス・ホッパー!!!」



発動と同時に足の筋力がミリミリと引き締まって行く。そして次の瞬間、俺とペリエは強化された強靭な筋力によって瞬時にはるか後方へと跳躍を開始する。飛べない人間が生み出した最速の移動魔法である。



「へぇ、随分と面白い魔法だね」


「まぁ!素敵、あれは人が作り上げた魔法よ」



何故だ?聞こえないはずの声がはっきりと聞こえてきた。だが、おかげで確信を得る事は出来た。あれは魔族で間違いない。魔族と人間は見た目での区別がつかない。俺のように魔力が全くない人間ではほぼ判別不可能である。何故なら魔族は生まれながらにして人間に擬態して存在する。理由は色々あるだろうが、最もなのは連中が物質的に曖昧な精神構造だからだと言われている。



もっとも・・・


「人間ってのは泣けるよね、本来僕たちの所有する力の断片を見つけてそれをまるで自分たちのものかのように振舞う、だが、紛い物でもそのたゆまぬ努力の研鑽は素晴らしい」


「魔法のみならずその姿形さえも、私たちの真似をしているもの、あなたたちは本当に私たちが大好きなのね」


・・・と、ごらんの通り人間そのものが魔族を真似た進化を遂げたというのが連中の主張だ。今この場合において唯一共通している認識は真実なんてものはどうでも良いと思っている事ぐらいだろう。


だが、さすがにこの速さで逃げ続ければ連中も即座に対応は出来まい。とにかく生存するには何も考えずに全力で逃げる。これに限る。



だが・・・・


(・・・ペリエ?どうした?魔法を継続しろ)



逃げる途中でペリエが立ち止まる。

一体何が起きたのか?



「・・・・こ、これは」


「へぇ・・・ますます驚いた。この結界の魔力に気がつくなんて」



気が付くと先ほどの魔族達がすぐ真後ろまで来ていた。



(・・・化け物め)


「この結界は透明度の高い水で表面結束力を強めて、さらに魔力感知されないように反魔力構造を組みこんでいる。並みの魔法使いじゃ気が付く事さえできないはずなんだけどね、術式にも凝ったんだどなぁ」


「最初は何でこんな意味の無い事をしているんだろうと思ったけど、なるほど、あのお方の意向は恐れ入りますわ。人間もまだまだ捨てたものじゃないじゃないね」


「姉さんは飽き性だからね、それにしても何か言ったらどうなんだ?口が無い訳じゃ無いのだろう?」


「・・・・・」



・・・・こいつら、ペリエが魔法人形である事に気づいてないらしい。さっきから淡々とペリエに向って話しかけている。それと、同時に俺には目さえ合わせない。『万色感知』は相変わらず反応しない。格上相手には全くの無力なのか。



それにしてもこいつらの目的は一体なんだ?

なんでこんな化け物がここにいる?

レッドワイバーンは囮?

女の方の話から考えるとペリエが狙われていた?



何かを言おうとすると、本当に指先一つ。そこから放たれる魔法によって一瞬で死ぬイメージが脳裏に焼き付く。考えろ、言葉は慎重に選べ。



「この辺りは、比較的安全な人間領域のはずだが・・・」


「ええ、本当につまらないわ、これなら潜伏して魔法都市の探索してた方がよかったぐらい」


「目的を伺っても?」


「知らなーい、私たちはただこの辺周辺を探索しろと言われただけ。「面白いものが見つかるかも」ですって、ね?アリストア」


「ええ、正直言って何も期待してなかったけど。でも・・・」


「・・・・今、解析鑑定が終了したよ姉さん、この子・・・いや、これはどうも人が偶然作り上げた魔法人形らしい」


「へぇ・・・私たちも人体実験をしているけど、中々思うように結果が振るわなかったのよねぇ、人間やるじゃなーい」


「どういう構造なのかも知りたいし、これは是非持って帰るべきだね。隣の方は別に殺してもいいや」


「・・・・ねぇ、ちょっと」


女の方が魔眼?らしきもので俺を見ている。



「この人間・・・まさっ・・・・!??」


突然女の胸の辺りから槍のようなものが突き上がる。

鮮血がこちらにも振りまかれ、魔族の女は絶命した。即死だった。

そして、隣にいたアリストアと呼ばれた魔族も首が奇麗に分離され、

地面にボトっと落ちる。


そして・・・二人の亡骸が崩れ落ちたその後ろに佇む子供のような存在。




俺はこの存在に殺されたのだ。







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