3話 相棒



人類が魔族より勝るのはその旺盛な繁殖力のみ。魔族領内ではその繁殖力のおかげで今でも大勢の人間が魔族に飼われ、食料及び様々な用途で使われている。その一方で支配から逃れた人間は未開の地で魔族に蹂躙されながらもその数を増やし続けた。そうしたら人類は魔族の影響の及ばない場所でようやく文明を築き上げる事ができる。魔石を発見し、暮らしも豊かになってやがて集団は国となっていく。そして長い年月も経てばで魔族など見た事もなく、人類こそが至上であると信じて止まない輩も出てくる。



だが、それらはたまたま魔族の影響外にあっただけ。

たまたま何千年も見過ごされた平和を満喫したまで。




偶然という奇跡で続いた国は魔族に発見され次第、悉く破壊されていった。俺の第二の人生はそんな偶然続いた平和でぬくぬくと生きていた。平和という麻薬は今までの経験や危機感を麻痺させる。そして魔族に攻め込まれ、いざ自らの命も終わろうと言う時に初めて俺は後悔した。



普通に生きて、普通に愛する女と結ばれその子供たちが魔族によって

惨殺されていく様を。ああ、もうこんな事は二度と無いと・・・。




『警戒』レベル4

『溶解』レベル1


『絶望』『恐怖』『怒り』



他いくつかの欠片が統合され、新たなるスキルである『万色感知』レベル1を手に入れました。





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精神力を消耗するような悪夢は目覚めがすこぶる悪い。まるで体力まで吸い取られているようなだるさを感じる。転生を繰り返すたびに記憶は曖昧にぼやけてどんどんと不鮮明になっていく。のにも関わらずその夢が実際に起きた事だと証明するのが皮肉にもあの時手に入れた『万色感知』というスキルだ。




使い勝手の難しい『継承記憶』とは違い『万色感知』はかなり役に立つスキルだ。簡単に言えば自分から見た対象の敵対心が色で判別できると言うものだ。無害な人間には反応は示さず、やや危険であればその対象が黄色に見え、ガチでヤバイと赤に見える。だが一番危険なのは白黒の縞々に見える対象だろう。見た目からしても不気味だが、これは『万色感知』でも判別不能であることを示しているらしい。らしいと断言出来てない所からも分かるように『万色感知』は割と色分けされただけでその精密度は高く無い。事前に「君子、危うきに近寄らず」を教えてくれる程度のものだ。



宿で起きてすぐに魔法ギルドへ呼ばれた。


伝書方法は専ら魔石によって思考をコントロールされた鳥で行われる。魔法によって支配されている鳥は目が赤く輝くから分かりやすい。残酷だと思うかもしれないが中世の倫理で考えれば人間以下は皆畜生である。




「あ、ロバルトさん!」




呼ばれた理由はやはり、昨日話していた魔力妨害による件だった。結局討伐隊は見送られたが、さらに規模を拡大させて軍隊規模にする為、調査を開始するとの事で・・・やはりと言うか、俺に声がかかる。



普通調査も魔石回収も集団で行うものだが、俺は実績もあり個人で動く事を許されている。『継承記憶』と『万色感知』のおかげで地理的にも魔石を発見しやすいおかげだ。そうそう、俺が前にこの魔族による妨害を大した問題じゃ無いと言ったのは魔石の種類にある。今問題になっている魔力妨害は主に魔物の死骸や魔族が魔力を使用した痕跡から発見される魔石である。これらも充分に利用価値はあるが、人類を潤させる程の膨大な主流の魔石はその昔、伝説級の魔物や魔族、神、竜などが暴れた後に大量に埋蔵された魔石鉱脈の方である。当然人の寿命じゃその位置すらも特定できないものだけど、万物たる様々な生命に転生した俺の記憶であれば大方の目安は付けれる。



魔力も戦闘能力も皆無な俺がこうしてソロで調査出来るのだからこの二つのスキルは割とチートと言えるのかもしれない。弱者の生存戦略の一つに『負けない戦略』というのがある。これはどれだけ追い込まれても負けを認めなければ負けた事にはならないと言う非常に厄介なもので、負けを認めない事で自我を保つらしい。それでも実際に死んでしまえばまるっきり意味のない戦略ではあるが、本当の死が訪れない俺はある意味最強なのかもしれない。いや、やっぱり最弱か、最弱にして最強・・・なるほど、深いな。



「ロバルトさん!聞いてます?」


「ん?あーすまん聞いてる聞いてる」


「まぁ、さすがに一人じゃ厳しいか」


「あれー?そういえば最近お連れさん見かけませんねぇ?」


「ん?ああ、アレなら今メンテ中」


「め、メンテ中??・・・病気かなにかですか?」


「まぁそんな所だ」


魔法も戦闘技能も無い俺にとって、その手の危険を伴う調査は文字通り命がいくつあっても足りない。それにプラス何かと死にやすいご時世だからもう伴侶も家庭も作りたくない。しかし、夜のお供ぐらいは欲しい・・・。




それで俺が莫大な借金を借りて手に入れたのがアレである。


俺はモンベルを後にし、魔法都市であるトレンスへ向かう。飛行魔法なんてものは高位の魔族ぐらいしか扱えないので馬車でゆっくり三日ぐらいかけて向かう。馬車選びも重要だ、とにかく人の顔色を窺って無難な彩色を選ばないといけない。色で識別出来て分かった事だが、人間の表情や第一印象なんてものはまるで当てにならない。いや、万色感知を得て尚、確信を持てるのはイメージが悪い人間程信頼できるというものだった。人の目を気にしない人間や我が道を行く人間程、誰かを騙そうとはしない。反対に他人に良いように見られたいとする人間は無条件で信用できない。それぐらいで考えてなければすぐに身ぐるみ剝がされて半裸で野に放り出される。これがこの世界の常識である。



「おや?ロバルトさんも勇者の街道方面かい?ならちょっと遠慮させて貰おうかね」


そしてそれを分かっている連中は俺の乗る馬車にこぞって便上しようとしてくる。このばあさんとは何回か相乗りをしている。ばあさんのくせに今でも自分の足で薬の素材を買い込みに行く。勘違いしている事があるとすれば俺の事を高位の魔法使いだかなんかだと思い込んでいる所だ。


「そういえば、あの無口な可愛い女の子は一緒じゃないのかい?」


「ああ、今から迎えに行く所さ」


「そうかい、それなら安心だ」



何が安心なのかよくわからんが、まぁ年寄りの功というもんだろう。実際俺と一緒に乗り合わせてる事で旅路の安全も確保しているしな。





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魔法都市トレンス。リンシャン王国主要都市の一つでありこの近辺では最大の魔法都市でもある。その始祖は大魔法使いであり、魔族から遠く離れて魔法の研究を行い続けた結果、その福産物で文明が潤い、王族が生まれて国が栄えたという事もあって比較的安全な場所でもある。



俺の相棒は今その魔法都市の中枢に属する魔法研究所に保管されている。



「ロバルド様ですね、魔法人形であればいつでも準備は出来ております」



魔法人形、このバランスの悪い魔法文明の最先端であり現在でも数十体程度しか作られないという人類の英知による最高傑作。その一体を俺は魔法ギルドから生涯かけて支払うであろう莫大な借金を得て購入したのだ。元々は死霊術、ネクロマンサーの領域である分野に魔石をふんだんに投資した結果生まれた産物で、媒体は死んだ人間の骨に魔力で作り上げた魔造細胞を取り込み、人間とほぼ変わらない造体を作りあげる事が可能になった。



元々は死んだ人間の骨格が基礎になっているが、その骨格を形成する事で容姿はいくらでも変える事が可能。それでいて元々が魔石の塊のようなものなので生まれながらにして魔法のプロフェッショナルという優れ物でもある。俺は大体実戦向きで使用するが、その信じられない貴重価値から政治的目的に利用される事も多い。とはいえ魔法人形には心や思考能力は無い。事前に埋め込まれた命令を自動で行う事は出来るが会話は出来ないし感情も無い。ここまで書けば政治的に利用されている理由も分かると言うものだろう。



その一体一体は厳密に管理され、数年に一回、または数カ月程度は魔力注入の為にメンテナンスが必要となるが、それさえ怠わなければ永久に稼働する事が可能である。



案内された部屋の巨大な水槽の中にうら若き乙女の全裸が様々なチューブに繋げられて浮いている。ちなみに容姿については面倒なので全てデフォルメでお願いした。単純に女性とだけ注文すれば今浮いている容姿が選択される。



「今、培養液を抜く作業に入りますのでもうしばらくすればお渡しできるかと思います」


「うん、何か問題とかあったかい?」


「いえ、何も、大きく魔力は減っていましたが体の方は人と遜色ない程に奇麗でしたわ、ロバルト様に大変可愛がられていますのね」


「人形とは言え、元は人間だからね無下に扱えば呪われそうで怖い」


「まぁ・・・ご冗談を」




植物系にも転生している自分の経験上で知能が微弱な生命体に意思が通う事が無いのは確認済みだが、逆に言うと死んですぐに次の生命に転生する為、実の所、死霊の存在と言うのは全くの無知だったりする。まぁどの世界にもオカルトはあるし、骨格がそのまま人間の骨だったりするのであれば、罰当たりな事はあまりしたくないというのが心情だ。



しばらくすると、培養液から出てきた魔法人形が付き添われて俺の元へ帰ってきた。


「よう、調子はどうだ?」


「・・・・・・・(こくこく)」


会話は出来ないが首を縦横に振る事で肯定と否定を返事できる。人形は二回首を縦に振った。


ペリエッタ、それが人形の名前だ。


俺は死ねば今のこの名前も意味をなさなくなるが、ペリエに関しては壊れる事がない限り、その名前は永遠に有効である。



転生を繰り返す俺と不死とも言える魔法人形。


この組み合わせは非常に相性が良い。

ついでに言えば無力な自分に必須の力とも言える。



「ペリエ、俺を追従しろ」



面倒なのはこうしていちいち命令しないといけない事だ。別にこういった一般動作的なものはオプションで自動にする事も出来たのだが攻撃面に全振りした為、こういう風になってしまった。全世界で未だに数十体しか無い魔法人形、少なくとも俺のような単なる調査員風情が一生かけてたって買える金額では無い。ギルドの方も俺の実績を考えて元が取れると見て借金を肩代わりしたのだし、実際、いくつか発見した魔石鉱脈の収入でその金額の半分は返せているはずである。



ペリエの事をさらに説明する前に、人が使用する魔法についても説明しないといけない。



人間は基本的に魔力という概念がない。逆に言えば肉体的な変化は魔族と遜色無いが、そこに魔力を生み出せるのが魔族であり、そうでないのが人間だとも言える。じゃあどうやって人間が魔法を発動させるのか?それこそ魔石を使用、つまり魔石を媒体にして魔法をイメージして発動させているのだ。基本的には杖や魔道具などに高密度の魔石を埋め込んで、それを操っていく。この操る技量が魔法使いの技量になる。一部例外を除いてフリーの魔法使いなんてものもいるが、大体はギルドに所属している。どれだけ技量があったって高価な魔石がなければ何の意味も無いからだ。



反対に魔族にとって魔力は自然に、力、才能、そしてその技量と共に増大していく。それによってさらに肉体を強化させる事が出来る。さらに言えば魔力は一定で解放させないといけないから連中は度々破壊活動を繰り返す。大地を抉り、多くの命を消した痕にそれに比例した魔石が残る。


そして、魔族のように自力で魔力を保持できないものかと人類は様々な研究をしてきた。一番シンプルなのは適正のある者の体内に魔石を埋め込む魔造人間を作りだす事だったが、人格が破綻したり、凶暴性が増したりなどして失敗を繰り返した為、今の形に収まる事になった。



だが、元々人格も感情も無い人形であればその問題は解決され、命令こそ必要だが魔族並みの魔力を保持出来る事ができる。言うなれば魔法人形は魔族に対抗する新たな新兵器とも言える。しかしそのコストたるや言わずもがなという所か。



ペリエの容姿はデフォルメとは言え、その容姿が誰かを被る事は殆ど無い。あるとするならどこぞの貴族が戯れで購入したプロトタイプの魔法人形のみだろう。従ってこの長き黒髪の美しき美女を人形だと思う人はいなく、恐ろしく無口な魔法使いにしか見られていない。



俺はペリエと合流し、またモンベルへと戻る事にする。

それから一泊した後でようやく調査を始める予定だ。

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