2話 ギルド→宿


霊長暦 1602年 



偶然にも見つけた魔族の痕跡から少量の魔石を発見するも、それは取り出した瞬間、まるで化学反応でも起こすかのように廃石に変化し、ボロボロと崩れ出した。



「これもか・・・」



魔石回収の仕事、具体的には魔法ギルド正規メンバーの調査員として5年目となるが、ここ最近は魔石を見つけてもこんな感じな事が多くなった。勿論原因はとっくに分かっているが問題は深刻である。しかし、まぁこの程度の事ならば今の所はまだ大丈夫か。




「あ、ロバルトさん、おかえりなさい」



魔法ギルドは世界のあらゆる場所に存在している。ここメレルパ周辺ならモンベルに支部局が存在し、俺は調査報告の為に何度もここへ足を運ばせる事になる。受付の姉ちゃんは可愛いし愛嬌もあるが、名前は忘れてしまった。



「あー・・・その顔だと、また、ですか?」


「ああ、魔族連中の魔力妨害魔法がかけられていた」


「はぁ~・・・そうですかー、本部に報告するとまたどやされそうだなぁー」



いや、君が怒られる事は無いだろうが・・・。


「それにしても例年、顕著になってきましたねぇ、魔族側もいよいよ人類に対して本気になってきた、という事なのでしょうか?」



「さぁ、でもここ数年で最早人類が壊滅的に魔族に蹂躙されるなんて事は殆どなくなってきているのも事実だし、牽制しつつあるのかもしれんな」


「うーん、どうして我々人類と魔族ってこうもずっと争いばっかりなのでしょうねぇ・・・」



・・・はぁ、それすらも知らんとは。いや、そもそもそれを伝承出来る程に人類は延命も出来なかったというだけの話か。今ではこのお姉さんだけでなく、殆どの人間が何故魔族と人間が争いあっているのかさえ分かってない人も少なくはない。



「まぁ、とにかく、この魔力妨害のプロテクションを解除するのが最優先事項でしょうなぁ」



終わりの無い争い。


いや、この戦いは永遠の戦争なのだ。




俺はボロボロに崩れ落ちた魔石の残骸をお姉さんに渡す。



「あ、サンプルですね、いつもありがとうございます」


「いや、俺も一応ギルドの正規メンバーだし」


「あ、そう言えばそうでしたね!なんかこんな小さい町だと他所から来る人は皆冒険者に見えちゃって」


「ははは、命なんてすぐ失うもん、そうやすやすと張れないよ」


「・・・ちょっとロバルトさん、軽口は困ります!他の冒険者たちに聞こえたらどうするんですか」



「いやや、失敬失敬」



俺は適当に誤魔化しつつ魔法ギルドを後にした。



・・・今でこそ『霊長暦』などと暦を付けてはいるがこの世界の最古も暦は『魔生暦』である。この世界は魔族が起こし、人間はその昔、神が魔族へ与えた糧というのが真実ではあるが、当然ながら人類はそれを認めず、自ら作り上げた伝承や物語などを組み合わせて歴史を作り上げてきた。魔族側にとって人間は自分達の領域から逃げ出した家畜であり、彼等の主張は人間こそが駆除される忌みむべき存在であるとしている。それに対し人間は命からがら魔族領を抜け出し、遠方の地で数を増やし、魔石を見つけ、それを加工して文明を発展。気が付けばその勢力を二分するまでに至るというのが現在である。



全く皮肉な関係性だ。魔族は基本的に人の肉を食らわなければ生存不可と言われている。それが何故なのかは分かっていないがとにかく彼らは人を好んで良く食べている。それに対し我々人間は魔石無くして魔法は扱えず、今や火を起す事さえ魔石に依存している始末。そして、その魔石を落とすのが魔族や魔物というのだからまぁ良く出来た負のスパイラルだ。




この関係性から共生共存なんてまずあり得ず、さらに言えば何方かが滅んでも自ずと窮地に立たされる。まずありえない事だが、仮に魔族側が譲歩して共生共存を呼びかければもしかすれば世界は改善に向かうかもしれないが、人間側もその辺は一枚岩じゃない。どの世界のどの時代も人は単純かつ、難しい理屈で争い続けている。魔族も高位の者になれば余裕が見られ、知や理の探求にも精力的と言うし、機会があれば是非その辺の意見も聞いてみたい所である。




魔法ギルドを後にして、俺は一応冒険者ギルドへにも向かった。こっちはこっちで独自に魔石回収の依頼などを冒険者に募っている。魔法ギルドが冒険者ギルドへ依頼する事もあるし、冒険者の伝達から確認の為の依頼なんかもあったりする。冒険者ギルドの主な依頼は魔物討伐が主だが魔石関連の依頼も馬鹿にならない。純度の高い魔石を掘り起こせたのなら一攫千金だって夢ではないのだ。



「あら、いらっしゃいロドリゲスさん」


「ロバルドだ」


「あらーごめんなさいねーロルバトさん」



こちらの姉ちゃんはグラマラスではあるが致命的に人の名前を覚えない。


「こっちも魔石関連依頼は厳しい感じかい?」


「まぁそうね、でも最近魔力妨害に関して新たな事が分かったみたいなの」


「・・・ほぅ」


聞く所によれば、魔石に残された魔力を消滅させる魔力妨害を発生させている魔物が確認されたとの事だった。


「なるほど、モンスターがねぇ」



まぁ、聞いてみれば納得の行く話だ。面倒事を嫌う魔族がわざわざ人類の嫌がらせの為に自ら出向くはずもない。大方、魔物にそういう技術を付与したのだろう。


「それで今度はその魔物を討伐する話題で今は持ち切りよ」


「ふーん、大規模になる感じ?」


「そうねぇ、たぶん一部隊でも30名ぐらいにはなるんじゃないかしら」


魔物や魔族において人間は圧倒的に質では劣る。それを補うのが数であり、人間の強みでもある。誰しもが圧倒的に質で勝る英雄を望むが実際はそれが現実だ。とは言え、実際に英雄と呼ばれる人間は存在するのだけれど。


「強いのか?」


「調べた所B級以上ー未知数って感じだわね…えっと、確か名前はスカーレッドワイバーン」


なるほど、スカーレッドワイバーン。魔族御用達の愛玩ペットだ。ちなみに、成人した魔族一人で村一つなら余裕で滅ぼせるとまで言われ、これがA級の基準になっている。B級ならばそれよりは劣るが、そんなものが群れているとなればとてもじゃないが30人程度では歯が立たないだろう。



「そりゃ全然足りないだろ」


「ええ、だから討伐自体は見送って集中調査に変更するかもってのが私の予想」


人差し指を口に当てて軽くウィンクしてくる。はいはい可愛い可愛い。


「と、なればまたこっちにお鉢が回ってきそうだなぁ」


正直、危険度が増すような調査依頼は勘弁願いたいものだ。さらに正直、どこの誰が魔石に妨害をかけているだのどうでもいいとさえ思える。魔族である事には違いないし、はっきり言えばそれに対抗する手だてなど人類には皆無なのだ。だったら手軽な魔石回収は一旦諦めて、魔鉱のような過去の遺産を集中的に掘り当てていく方が望ましい。


・・・もっとも、それはそれで魔族は黙って居ないと思うが、要は今押さえている人間側の領域内でそれらしきものを発見さえ出来てしまえば囲い込むことはそこまで難しく無いと思う。なにせ剣と魔法の世界だ、魔法の源である魔石が消滅するなんて事は無いだろう。



「はぁ~それにしてもこの時期になると肌も髪も乾燥してボサっちゃうのよねぇ、ねぇ、何か手軽に肌や髪に潤いを与える魔法なんて開発できないものなの?」


「馬油でも塗ったら?」


「ちょっと臭いがねぇ・・・」


全くどこの世界も女の悩みは共通しとるのが不思議だ。正直死ぬほどどうでも良いし、さらに正直に言えば、剣と魔法の世界に共通する不文律というものがこの世界にもあったりする。



それは、魔法という超常現象を許して尚、その文明は中世レベルの発展度に留まっているというものである。これに関してはまず魔法の原理やその仕組み、応用などの研究がまだまだ未開であるし、魔法はかなーり便利だけど、使える人やその用途がかなり限定されていて一般に普及しない事があげられる。だからこのお姉さんのように魔法で何も無い所から金銀財宝が作れそうな幻想を抱かれる訳であるが・・・。勿論、機械や化学文明が発達したあの世界でも再現出来ないような高度な技術もあれば、反面、農作業は相変わらずクワや鎌などを使った手作業のままなんて言うアンバランスさがどうしても目立つ。



だけど、魔法が万能では無いという感じが妙にこの世界をリアルにしている所が好きでもある。俺も多くの死を経験したし、周りの人間も呆気なく死ぬ。そもそもそれが普通であるという認識になれば死生観も変わってくるというものだ。



まぁ次死んだ先が魔石回収に携われるかどうかは不明なので、今の命はできるだけ大事にしたいもんだが。


ーーーーーーーーーー


冒険者ギルドを後にし、モンベルではいつも利用している下宿屋に戻る。いつもなら二人分の宿代も今は一人分で済ませられる。風呂なんてものは当然存在しない。夕食を済ませたら部屋に戻り、そこにある水桶で一通り体を拭けば後は寝るだけだ。これと同じ事がトイレにも適用する。こんな生活も不衛生と思わなくなるのだから慣れとはやはり凄いものだ。だから皆、香水などを付けなければ自然と男女共にドブのような体臭になる。もっともギルドで受付嬢なんてやっているお姉さん方は魔法で生成した甘ったるい香水を付けてはいるが。全く、長く存在していると可愛く進化しようとしている女よりもドブの匂いを纏ったままの自然な女の方の方が抱きたくなる。おっと、あんまり妄想ばっかしてると睡眠の妨げになるな。



まぁ、今の俺には必要ないか・・・Zzzz



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