君に似合わない花

壊時/Kaito

Ep.1 ハーデンベルギア

陰キャを極めたような男である有馬蓮は、その日も登校する。

部活には所属せず、バイトもシフトは少なめ。

暇な友人がいるわけでもないから、何かに使える時間がたくさんあった。

普段はネ友とゲームをしたり、趣味でやっている裁縫なんかをやったりと、まあまあのんびり。


そんな俺の隣の席は、いつも空いていた。

かといって、そこに生徒が割り当てられてないわけではない。

その生徒は入学から何日経っても来なかった。

この学校にはリモート学習の制度があるとはいえど、登校日数は一定以上必要だったはず。

こんなことで、この人は大丈夫なのだろうか。

いつものお人好しが発動したのか、そんな考えが脳裏を過る。


「──別に、会ったこともないだろ。」


「ん~?女子の事でも考えてたか?」


なんて後ろから覗き込み、茶々を入れる腐れ縁…


「黙れ俊。」


浜崎俊に、容赦なく無慈悲な言葉を投擲する。


「毎度毎度ひでえなあ。

 こういうこと言ったら浜崎くんが可哀想だな~とか思わんのか?」


「言ったところで大して気にしてないだろお前。」


「あ、ばれちゃった?」


「しばく。」


「シンプルひど!?」


いつもの事だが、まるで漫才をしているようだ。

まあ、俺に話しかけてくれる人間なんてこいつくらいだから許している。


「ほら、そろそろ授業始まるぞ。」


「へいへ~い、仰せのままに。」


少し残念そうな顔で自分の席に戻っていく俊を横目に、いつも通りに授業の用意をする。

教室がざわめく中、一人中庭に咲く小町藤を眺める。

ガラガラと音を立てて開かれる戸。

そろそろ授業、入ってきたのは教師……ではない。


白い髪、赤い瞳。

特に染髪も脱色もしたようには見えない。

外国人……いや、アルビノか。


「──?」


隣の少女を目が合う。

だが、一瞬で逸らされた。

人に見られるのが好きではないのか。

奇遇だ。俺も見られることは苦手である。


チャイムが鳴ってから時間のあまり経たぬうちに、担任がやってくる。

欠伸と共にガラガラと引き戸を開けるだらしない女が、教壇に立って頬を叩く。

つくづく教師とは大変な仕事なのだと思う。

まともに睡眠もとれないとは。


「はいはーい……ふああ、眠い。」

「出席とるよ~。いつも通り返事してね~。」


いつも通りの点呼の時間。

毎回思うのだが、これ簡略化できないのだろうか。

例えば生徒にあらかじめカードを持たせ、出席したら籠の中に入れる……とか。

簡単なことだと思うのだが、そう言うことに手を出したくないのか、出す気が無いのか。

まあ、この担任の様子を見るに、後者である可能性が高いか。


「桜木真唯ー。」


「はい。」


隣の少女が名前を呼ばれ、返答をする。

そういえば、担任は生徒個々に対してはあまり気を配っていないようだ。

名前は間違えるわ、届ける場所間違われるわ。

それが原因でクラスの連中からは「1週間教師」なんて呼ばれてたりする。


まあだが、隣の少女に関しては間違えることはないかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーー


昼休みになる。

午前中の疲れをある程度癒せる、学生にとって貴重な時間。

その中でも俺の楽しみは「食事」。

近くのコンビニで買ったパンではあるが、何せ種類が豊富だ。

むしろそれまでコンビニの食べ物などカップ麺くらいしか食べる機会がなかった俺にとって、結構な楽しみだったりする。

……だが、流石に4個は買いすぎたな。

食べる量自体多くないのに、これは無茶だったか。


「────え?」


隣から焦りの混じった声が聞こえた。

桜木真唯、だったか。

授業中もぼーっとしてたし、そういうことが多いのだろう。

多分、弁当を忘れてる。


「……これ、食べきれないから手伝ってくれ。」


またお節介が発動する。

気味悪がられないか、なんていう心配が後からこみ上げてくる。

そう言えば、前にこういうことをして「急に何?怖。」なんて言われたことがあったな。

……まあ、それも仕方ないのだろうが。


「え…あ……いいの……?」


見るからに困惑している。

まあ、初対面でこんなことされたらそうなるか。


「むしろその方が金が無駄にならずに済む。」


「……いや、でも大丈──」


ぐう。と腹の虫が鳴る音が聞こえる。

出所は……と目の前の女子を見れば、目をそらして顔を赤くしている。


「やっぱり必要だろ?

 帰っても夕飯は用意されてるし、別に間食もしないから貰ってくれ。」


「……はい。」


真っ赤に染めた顔を見せまいと俯きながら、差し出したパンを受け取る。

……なんというか、ちょっと申し訳ない気もする。

まあだとしても絶対この方がよかっただろう。

飢えの中やる座学ほどつらいものはない。


にしても美味しい。

ソーセージに乗ったからしマヨが小麦本来の甘さを際立てている。

こういう物が俺は一番好きかもしれない。

ただ、辛さが苦手な人にはあまりお勧めできないが──

……どうやら隣の子はそれに該当してしまうらしい。


ーーーーーーーーーーーーー


そうして下校したわけだが、俺が目の前に立っている玄関はいつもくぐっているものではない。

あのサボり魔教師め。俺にいろいろ渡して届けさせやがった。

今日は実況者が配信する日だから早めに帰って準備したかったんだが、この様子じゃ無理そうか。

少し溜まっていた不満を振り払い、インターホンに指をかける。

ベルの音と共に、家の中で誰かが歩く音がする。

出てきたのは、俺がパンをあげた少女だ。


「……今日は先生じゃないんだね。」


「らしいな。」


少し驚きを見せた彼女は俺から配布物を受け取り、そのまま家の中に戻ろうとする。

扉がそれに伴い閉じようとしたが、途中で止まり、その隙間から声が聞こえる。


「あの……

 パン、ありがとう。助かった。」


予想外の言葉に、いつもより大きく目が開く。


「ただお節介が発動しただけだから気にするな。」


昔からこういう性格だった。

時にウザがられるし、あまりいいものとは言えない。

でも、それで喜んでくれるのは、少しうれしいかもしれない。


「そっか……。」


少し安堵したようだ。

引け目を感じていたのだろうか。

……その様子が、どこか懐かしく思える。


「……答えにくかったら別にいいんだけどさ。

 休んでたのって、なんでだ?」


ふとした疑問。そして少しの心配。

別に何度も会っているわけでもなければ、仲が良いわけでもない。

でも、どこか重ねてしまっている。


「……。

 少し、体が弱くて。

 だからよく風邪を引くし、はやっている風邪も治りにくいの。」


寂しそうな目。

長いこと目にしてない物を見たような、既視感。

同時に湧いてくる「放っておけない」という感情。


「一人なのか?」


「明日両親が帰ってくるよ。

 まあ、だけど、普段は一人かな。」


哀しい目。

やっぱり、放っておけない。

また、俺の悪い癖が出る。


「……じゃあさ、連絡先でも交換してくれないか?

 俺も普段一人だから暇なんだ。」


「ふえ?あ、まあ、いいけど……」


驚きの中に、うれしさが垣間見える。

何故かはわからない。

けど、そのことに安堵する。


家に帰る。

部屋着に着替え、明日の学校の準備をする。

家事を終わらせ、自室に入る。

そして、既視感は錯覚ではなかった。


「ほんと、お前そっくりだよ。桜。」


家族写真に写る妹に、そう話しかける。

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君に似合わない花 壊時/Kaito @YK_Paru

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