第10話  ありのままの君が好き


 あれから楓は家を出て一人暮らしを始めた。


 実家や学校からほど近く、家賃もお手頃で、一人暮らしするには充分な六畳一間のアパートだ。

 当面の生活費は亜澄が少し出してくれるみたいだが、足りないので楓はアルバイトすることにした。


 家の近所に小さな本屋があり、たまに寄っては本を買っていた。

 店主一人で切り盛りしているが随分年を取っており、大変そうだった。楓がアルバイトを申し出たら時給は安いけど、と申し訳なさそうにしながらも若い力が欲しかったようで、嬉しそうに受け入れてくれた。

 店主はとても朗らかな優しい人柄で楓は居心地がよかった。


 数日前に亜澄から手紙をもらった。


 亜澄は父と離婚して、今は美奈と二人で暮らしているらしい。

 文面を読んでいて笑ってしまった、とてもたどたどしいのだ。たぶん美奈に言われて書いたことが想像できた。


 あれから亜澄も変わった。

 昔とは違う穏やかさが最近少しずつ垣間見れるようになった。


 まだまだ大変なことはあると思うが、どうか美奈と二人で幸せに暮らしていって欲しいと切に願う。

 いつかきっと楓も亜澄と本当の意味で和解できる日がくると信じて……。



 楓自身も一人暮らしや初めてのアルバイトはとても大変だが、毎日とても充実した日々を送っている。

 こんなにも幸せでいいのだろうかと思うほど幸せだ。たまにこの幸せをいつか失ってしまうのではと思い不安になるときもある……でも、そんなときは彼に会うとそんな思いも消えていく。

 

 私の運命を変えてくれた人……私の命の恩人……そして……。




 通学路を楓は一人歩いていた。

 たぶんもうすぐあの姿を見つけられる、そう思うと自然と足が速くなった。

 毎日会っているのにまた会いたい、いつも彼を探している。


 楓の瞳はその背中を捉えた。逸る胸を抑え、そっと近づき、彼の背中をおもいっきり叩いた。

「いてっ!……何すんだよ!」

 楓の姿を確認した要はにんまりと微笑む。

「ごめん、要」

 楓がこれでもかと可愛くごめんのポーズをする。

「可愛くねえよ、こいつっ」

 要が仕返しとばかりに楓の首に手をまわして自分に引き寄せる。

「いたたっ、ごめんって」

 二人はしばし攻防を繰り返した。

 その様子はどう見ても恋人同士のじゃれ合いにしか見えないが本人たちはまったく気づいていない。


「もう三ヶ月かあ」

 要が懐かしむように空を見上げてつぶやいた。


 あの海岸で楓が亜澄に想いを伝えてから三ヶ月が経った。


 楓の人生でとても大事な日であり、革命を起こした日。

 でも、きっと一人では革命は起こせなかった。

 楓は要に視線を送る。その視線に気づいた要は応えるように目を細めた。

 心臓の音が大きくなり、楓は要から目を逸らした。


「で、どうなの? 母親は」

「うん……美奈と二人でうまくやってるよ」

「そっか、おまえは?」

「私も大丈夫。毎日充実してて、楽しいの」


 こんな風に思えたのもきっと要がいてくれたから。

 言わなければいけないことがある。これからも大切な人と一緒にいたいから、失いたくないから。


「……私、要がいると強くなれるの。要が傍にいると安心する」

 楓は高鳴る鼓動を無視して、勇気を振り絞った。


「私っ、要の傍にいたい! ずっと、ずっと! これからも……一緒にいてくれる?」


 楓は怖くて要の顔が見れなかった。

 真っ赤な顔をして下を向いている楓を見て、要が口を開く。

「楓」

 呼ばれても要の方を向かない楓。


「楓……好きだよ」


 楓がゆっくりと要の方を向く。

「い、今……なんと?」

 楓は間抜けな顔で要を見つめた。


「ぶっ……おっまえ、なんつー顔してんだ」

 ケラケラと笑う要。

「す、す、好きって、聞こえたような」

「うん、言った」

「嘘!」

「なんでだよ! 前にも言ったろ? 俺はおまえが好、き、な、の!」

 要が楓のおでこを人差し指で小突いた。


「なんで? どこが?」

「うーん、まあ結構前からおまえのこと気になってて、知れば知るほどおまえのこと気になって目で追うようになってた。これって恋だろ?」

 楓はしばらく考えていたがよくわからないようだった。頭の上に?マークが飛び交っているのが見える。


「でないとあんなに必死にならない、だろ? で、おまえは俺のこと好きか?」

 楓はもじもじしながら、小さく答える。

「うん……好き」


 要は嬉しそうに楓を抱きしめた。楓が戸惑ってオロオロしていると今度はお姫様抱っこされる。

「ちょっ……おろして」

 要の腕の中で必死に抜け出そうと蓑虫のように動く楓を面白そうに見つめる要。


 楓と要の鼻がくっつきそうなぐらいに近づいて、楓の心臓は爆発しそうだった。真っ赤になって身動き一つしない楓に、さらに追い打ちするかのように耳元で要が囁く。


「楓、笑って」


 恥ずかしそうに、楓は笑った。


 その笑顔はとても不器用で儚く、綺麗な宝石のようで。


 この笑顔を見たかった、これが本当の君の笑顔だったんだね。

 とうとう手に入れた、僕の宝物。


 要の目には涙が光っていた、大切な宝物を慈しむように楓を抱いて、静かに宣誓した。



「これからどんなときも君の笑顔を守る、そしてそれを見守る権利が欲しい。


 病める時も健やかなる時も……楓を愛することを誓います」



 ありのままの君が好きだよ






 最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 他の作品も読んでいただければ嬉しいです(^▽^)/


 応援、フォロー、レビューいただけたらすごく励みになります(^^)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ありのまま 自分らしく生きる勇気 桜 こころ @sakurakokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ