第5話 要の言葉
翌日、要が楓を屋上に呼び出した。
楓は昨日のことがあったので行きたくなかったが、仕方なく応じることにした。
屋上へ向かう足取りは重くなかなか進まない。一度深呼吸すると、楓は扉を開けた。
太陽が眩しくて楓が目を細めると、風が通り過ぎていった。
「おーい」と声がする。
その方向へ視線を送ると笑顔で手を振る要の姿があった。
なんとも太陽の似合う男だな、と楓は思った。太陽を背に絵になっている。
楓は気まずくて視線を逸らしながら、ゆっくりと近づいていく。
「……何?」
「ん? ……うん、昨日はさ、悪かった。いきなり押しかけて、勝手なことして」
突然要が頭を下げた。
「な、なんで謝るの? 別に怒ってないし。まあ、ちょっと気まずいなとは思ったけど」
確かにいろいろ思うことはあったが、要の想いは嬉しかった。
「うん。そっか。よかった」
安心したように笑う要だったが、ふとどこか遠くを見つめて困ったような表情をする。
「あのさ、こんなこと言うと、またおまえを困らせちまうかもしれないけど……」
そう言うと、意志の強い眼差しを楓に向けてきた。
楓は要の視線に耐えられず瞳を逸らす。
「おまえがこんなんなっちまった理由、あの家族にあるんじゃねえか?」
その言葉を聞いた途端、楓の心臓が激しく脈打ち、瞳孔が開く。
「俺はおまえじゃあないから、何があってどんな思いをしてきたのかはわからない。そりゃ人生いろいろあるし、どうにもならないこともある。変えられることと変えられないことがある。そんなの俺でもわかる。でも、でもさ……」
要は一呼吸置いてから口を開いた。
「自分を変えていくことはできるんじゃないか?」
楓が要を見ると、彼は真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「何回間違っても、失敗してもいい。それでも諦めずに少しずつでも自分を変えていくことはできる。俺はそう思ってるし、おまえはそれができると思う」
要は楓をそっと抱き寄せる。あまりの出来事に楓の体は硬直してしまう。
要の体温はとても暖かく……楓はその温もりにずっと包まれていたいと思ってしまった。そっと耳を澄ますと要の心臓の音が大きく聞こえた。
「これからはさ、少しずつでいいから自分を出していけよ。言いたいことがあったら言えよ、やりたいことがあったらやっていいんだ、嫌なことがあったら嫌と意志を示せ、苦しかったら助けを求めろ、自分を守れ、自分を大切にしろ、自分を愛してやれよ」
要の言葉を聞いているうちに、楓の瞳からポロポロと涙が溢れ、要の胸を濡らしていった。
「……きっと何かが変わるさ、大丈夫。人生ってそんなに悪いもんじゃない」
あたたかい……こんなにあたたかいものをもらったのは生まれて初めてだ。
楓の心が要の暖かさに癒されていくのを感じていた。
楓は要を信じたいと思った。こんな私でも未来に希望を持つことができると信じていいんだよね。
楓は返事の代わりに、要を弱く抱きしめ返す。その手は震えていた。
要は微笑み、楓を愛おしく見つめると頭を優しく慈しむように撫でた。
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