第4話  母


 あの日から、要は前にも増して楓を気にするようになっていた。

 毎日のように話かけてくる要を楓は避け続けた。


 楓はあの日以来、要と向き合うのが怖かった。要といると、ずっと心の中に封印していたものが疼く。それを認めたくなかった。

 

 ある日、楓の家に要がやってきた。


 チャイムが鳴り楓が出る。そこには満面の笑みで要が立っていた。

「よっ」

 軽やかに手を振る要に、げんなりする楓。


 なんで彼はこんなにも自分に構うのだろうかと不思議で仕方ない。放っておいて欲しい。


「何してるの?」

「何って……おまえに会いに?」

 要は悪気もなく答える。


「おまえ最近、俺のこと避けるだろ? 寂しくてさ」

 なんだろう、すごく恥ずかしくて楓は下を向き固まってしまう。

 きっと顔は赤くなっているに違いない、こんな風に誰かに言われるのは初めてだった。


「なあ、家族いねえの? 挨拶させてよ」

 要は家の中を覗き込もうと顔をキョロキョロと動かす。

「何言ってんのよ、帰って」

 楓が扉を閉めようとするとそれを阻止してくる要。

「なんで? せっかく来たのに。いいじゃん、ちょっとくらい」

「ダメ、絶対。とにかく帰って、お願い」

 玄関の前で二人が騒いでいると、


「何やってるの?」

 楓の妹の美奈が要の数歩後ろから二人を訝しげに見ていた。


 要が美奈を指差し「誰?」と尋ねた。

「あなたこそ誰?」

 美奈が言い返す。


「え? あ、あの、その」

 二人に挟まれて楓があたふたする。


「あ、妹か」

 要が勘を働かせて言い当てた。

 美奈も即座に場の雰囲気を察知して可愛く微笑みながら挨拶した。


「楓の妹の美奈と申します、よろしく。そちらは?」

 絶世の可愛さと天使の様な微笑みを見ても、顔色一つ変えず要が挨拶する。

「あー、どうも。俺は楓さんの友達です!」

「ぶっ」

 あまりの不意打ちに楓は噴き出してしまった。友達……と言ったの?

 美奈も驚いた様子でぽかんとしていた。


「……へえ、友達ですか。姉の友達に会うの初めてです。これからも姉と仲良くしてあげて下さいね」

「こちらこそ。仲良くしたいと思っているんで、大丈夫ですよ。なっ」

 要が楓に微笑む。楓はブンブンと思い切り頭を横に振った。

 それを見ていた美奈がクスクスと笑った。


「美奈ちゃん……」

「お姉ちゃん、よかったじゃん。楽しいお友達ができて」

「ち、ちが」

 楓が否定しようとした瞬間、恐ろしい声音が聞こえた。


「ずいぶん、楽しそうなこと」

 楓の血の気が一気に引いていく。この声の主は……、


「なんだか騒がしい声が聞こえると思ったら、やっぱりあなただったの」

 要と楓のことを虫けらを見るような目で見降ろす女性。その口から発せられる声は氷のようだ。


「このおばさん誰?」

 要は空気を無視して楓に問いかけた。

 俯き喋らない楓を見て、代わりに美奈が答える。


「母です」

「へえ、……怖えー、母ちゃんだな」

 ケラケラ笑いながら楓に話しかける要に、楓はさらに血の気が引いていくのを感じた。


 亜澄の眉がピクリと片方上がり、不気味な笑みを浮かべた。

「さすが、楓の友達ね。マナーがないようで」

 語尾が強くなり、凄みを増している。それに対して要はあっけらかんとしていた。

「そうっすか。あなたもね」

 要は亜澄に対して挑戦的な態度で攻める。


「なっ、なんですって!」

 亜澄は要の態度に酷く腹を立て、気分が高揚しているようだった。

 楓は慌てて止めに入る。


「ご、ごめんなさい。この人すぐに帰りますから、許してください」

 楓が二人の間に入って要を強く押す、早くしてとばかりに手に力を込めた。


「帰って」

「お、おい」

 要は戸惑い楓を窺った。

「お願い、帰って」

 その鬼気迫る様子に要は仕方なく引き下がることにした。


「わかった、帰るよ……ごめん」

 要がしょぼくれた顔をして踵を返す。


「ふんっ、もう来ないでね」

 亜澄の捨て台詞を聞き、要は言い返してやろうと思ったがやめた。

 楓をまた傷つけることになるかもしれないから。


「さあ、美奈ちゃん、お家に入りましょう。楓! 早くしなさいっ」

「は、はい」


 亜澄が優しく美奈を抱き家へ入っていくその後ろ姿を寂しそうな顔で見つめ、後ろからとぼとぼと入っていく楓。


 その様子を見ていた要は楓が家に入ったのを見届けてから、大きくため息をつくと「くそっ」と吐き捨てる。


 それから要は重い足取りで帰っていった。






 読んでいただき、ありがとうございます!


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