第7話




 雑多としたのが先程の部屋ならば、奥の部屋……構造的に書斎と思われる部屋は、すっきり整えられていた。恐らくサヤが使うのはこの部屋がメインなのだろう。あれだけ部屋を汚くしていたミリエスタが、ここだけ整えるだなんて信じられなかったから。


 魔導書が棚に置かれているのを見ると驚嘆してしまう。床に物が転がってないのには感嘆の溜息が漏れてしまう。


 そんな部屋の中で一際大きな机。会議に使われそうな形をした机の上に、一つの魔法陣が描かれていた。


 既に片付けてしまったのであろう道具を用いて白線で描かれた、細緻な魔法陣。文字も文様も、そのどちらの意味もアザミは理解できなかったけれど、何故か美しいと思う。


 ミリエスタは魔法陣をじっと見つめ、少し経ってから首肯した。


「うんうん、流石のサヤだ。これなら問題なく魔法を発動できる」


「当たり前や。理論に関しては最強のサヤちゃんが考えとんやからな」


 そう述べるサヤの顔は誇らしげだ。


「あとは仕上げに、これをこうして……出来た。早速使ってみようか。そこに立って、動かないでね」


 ミリエスタは何処からか取り出した粉を魔法陣に振りかけ、握り拳大の白い石で描かれた魔法陣をなぞっていく。そうして出来上がったという魔法陣に左手を当て、右掌をアザミに向ける。


 言われた通り、動かないでいるけれど。


「……一応訊いとくが、体に害は無いんだよな?」


「“体に”害はあらへんよ」


「おいなんだよその含みは、」

「発動」


 アザミのツッコミは聞き入れられず、魔法陣とミリエスタの右手に光が灯り発動された『人格を観測する魔法』。


「うッ!?」


 途端、アザミの体に怖気が走る。ぶるりと震えた。


 しかし身体をどうこうされたというわけではなく、寧ろこれは……。


「ふむふむ。人格は一つ、それも安定してるみたいだね」


「まだ対象が一人やし、後で二重人格の被験者を募って試さなアカンけど、概ね成功したんとちゃうか?」


「バッチリだよ、サヤ」


 研究者の二人は色々と話し合い、そして少し顔を青ざめているアザミに感想を問うた。


「どうだった?」


「……夜寝てる時に、実際に見られてるわけじゃないんだけど、窓の隙間から無数の視線が刺さってる……みたいな感じだった」


 サヤとミリエスタは顔を見合わせる。


 なるほどそれは、体が震えるのも当然だと。


「観測する以上、対象者が見られている感覚に陥るのは予想できてたけど」


「そこまで不快やとなぁ……まぁそこは今後でどうにかなるやろ」


「それじゃいつも通り、魔学会には匿名で発表しておくよ」


「助かるわぁ」


 二人は話し終えると、サヤが紙の束をミリエスタに渡してから部屋を出て行った。ミリエスタが別れの挨拶を交わしていたので、アザミも『助かりました』と後ろ背に声を掛けた。


 扉が完全に閉められたことを見て確認し、ぽつりと呟いた。


「……なんか、あっさりしてるんだな」


「別にしんみりするような事じゃないでしょ。また時間を作って二人で研究する機会なんて沢山あるし、それに元々ボク達はこんな感じさ。大した目的もなく魔法を研究して、サヤはそれに付き合ってくれて……さっきも、ボクが急に人格を観測する魔法を作りたいからって呼び出したけど、特に理由を聞かずにいてくれた」


 確かに、サヤの口から一度も、“何故作るのか”という疑問は出されなかった。


 でも敢えて訊ねなかった、というよりは、素で訊かなかったように思える。


 アザミの胸中を察してか、ミリエスタが小さく微笑む。


「うん。きっとサヤに、ボク達を気遣っているつもりは無い。……でもその方が楽じゃないかな。こちらも気を遣わず、一人の人間として向き合える……少なくともボクは、この関係がとても心地いい」


 こんなことサヤには聞かせられないけれどね、と口を隠して苦笑するミリエスタを見て。


 あぁ、と深いため息をつくように。


 アザミは、本当にミリエスタのことを“知らなかった”のだと唐突に気付いた。


 自分の知らないミリエスタを、眼前で何度も見せつけられて。そうだ、自分は所詮傍観者に過ぎないといっても、彼女達の全てを見ていた訳ではない。描写されてないところだって当然……描写、描写……。


 もう一つ、気付いた。


 心の何処かで、ミリエスタ達を『TOS』のキャラクターとして捉えている自分がいた。一人の人間ではなく、“ミリエスタ”として彼女を見ていたことを。


 サヤという仲間がいたことを知って、喜んでいた自分がいた。ミリエスタの新しい一面を知れて、嬉しく思った自分がいた。……ミリエスタの理解を進められたと、感じていた。


 でも違った。行き着いた先はどうしようもない隔絶と、己の無知さ加減への怒りに似た羞恥心。




 この世界は、本当に自分に優しくない。

 それもそうか。


 だって自分は此処の住人じゃなくて、邪魔者、だから。




「はぁ……」


 アザミの出した溜め息に心付くことなく、何かに気付いたミリエスタは棚から一冊の本を抜き出している。それを開いてパラパラと捲り、とある見開きのページで止まって破顔した。


 その嬉しそうな顔のまま話しかけてくるものだから、慌てて顔の曇りを取り除く。


「見て。これ、探してた物だよ」


「探してた物っていうと……あぁ、魂の魔導書?」


「その、在処を示す本ってとこかな。で、軽く読んでみたら、近くの迷宮の深奥に置かれてあるらしい」


「……超重要そうなんだけど。なんで今の今まで忘れてたんだ」


「当時はそこまで必要としてなかったんじゃないかな。それに要してたとしても、魔法の秘匿目的で造られた迷宮は攻略が特に難しいからね。今ならまだしも過去のボクは……無理だったと思う」


 古代の魔法士が自分達の研究結果を秘匿する為に作り上げた迷宮、『迷虹宮(めいこうきゅう)』。保有する魔法学の粋を集結されたそれは、通常の迷宮より複雑な構造で、攻略が数倍難しい。


 そういえば、ネロとメアリスとの三人で攻略した迷宮は、全部が魔法士の関わっていない、かつての遺跡に魔物が巣食うスタンダードな迷宮であった。『迷虹宮』の話は知っていたけれど、作中で描写された事はない。


 ところで。話の流れ的に。


「迷虹宮の魔導書がネロを取り戻す手掛かりになる可能性は大きい……此処の攻略を目指そう」


「だよなー……でも俺は戦い方とか知らないぞ。大きく見積もってもネロの足元にも及ばない」


 ネロが得意だって聖術も、剣技も失われてしまっては。


「戦闘経験は?」


「ゼロ」


「……随分と平和なんだね、キミの世界は。キミの話を信じるなら、外の世界が」


 ミリエスタは少し羨むような目で見る。




 争いが無い理想郷なんて全く信じてはいないけれど、もし彼の言う通りの世界なら……ほんのちょっぴり、興味が湧いた。


 そう、興味。


 自分のそれを、自分で疑問に思う。先ほどまでは、彼のことを好ましいとなんて思ってもいなかった。むしろ、ネロを奪った輩だと……謂れのない憎悪に近い感情を向けていたはずだ。




「で、迷虹宮の攻略についてなんだけど、」


 疑問を胸の余所へ遣り、無視して話を続けた。今はその程度のことで思考を無駄に費やしている場合ではないと。


「正直、ボクだけじゃ厳しい。過去のボクより成長したって信じてるけど……前衛が一人欲しいんだ。魔法を放つまでの隙を埋めてくれる強力な前衛が」


 今まではメアリスがその役目を担っていた。前衛として身体を張って戦っていた。この場面でも、普通ならメアリスの剣の腕を信じて頼んでいたはずだ。


「でも今、メアリスとミリエスタは、」


「まぁ少なくとも、この頼み事を聞いてくれるような関係じゃないよね」


 不機嫌になったミリエスタは、ふんっと鼻を鳴らす。


 アザミがこの世界に来た初日に言い合ったきり、二人は何も話せずにいた。会ってすらいない。


 というかこの態度を見るに、ミリエスタから謝罪を申し出るつもりは無いようだ。割とプライドの高い二人が喧嘩してしまっては、これは相当に長引きそうだと、喧嘩した原因であるアザミは思う。


「他の剣士を雇うってのは?」


「メアリス級の剣士をポンっと雇えるわけないよ」


「そこは変わらず信用してんのな」


 彼女の剣の腕は。


「ん〜……どうすれば……」


 二人して頭を悩ませる。


 暫く唸った後、ふとミリエスタが顔を上げた。視線をアザミに向ける。


 その顔を凝視して……尋ねた。


「そういえばキミは、ネロを取り戻す為なら何だってやる、みたいなことを言ってたよね」


「ん? 確かに言ったけど」


 アザミの返答に、ミリエスタは笑みを浮かべた。


「その言葉、忘れないでね」



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テイルズ・オブ・サン〈セット〉 GameMan @GameMan01

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