第7章 氷で作られたツリー
11月25日の放課後、そろそろ真冬へと向かっている。
「あー、異次元研究室は暖房が無いんかあ……」
憧君は学ランの上にジャンバーを羽織る。
「でも、入り口付近にストーブはあるで」
私は灯油が満タンに入っているストーブを点ける。
「最初は灯油臭いけどな」
栞菜はストーブに近づく。
「ところで、今回は8次元に行くのですか?」
私はコンピューターをいじっている眞鍋博士に尋ねる。
「そうやね。8次元は氷の世界で、何もかも氷で出来ている」
ストーブのそばで冷えた手を温めていた政たちは巨大コンピューターに寄る。
建物、地面、風呂場まで頑丈な氷で仕上がっている。
「風呂だったら温かいお湯を入れるのに、かけらも溶けないんだね」
政は驚く。
「見てもらったらわかるように、氷と共に生活している。今はクリスマスが近づいているから、町中で氷を削ってクリスマスツリーを作っている」
眞鍋博士はツリーを作っている過程の写真を見せる。
「ところが、出来上がったツリーだけが、一晩で姿を消してしまっている。原因を突き止めて来てほしい」
「了解!」
私たちは敬礼した。
私たちは8次元カプセルの前に立つ。無色の還元型メチレンブルーの液体はかなり減っている。
眞鍋博士は白色のボタンを強く押し、私たちは白色の空間に吸い込まれた。
17時、私たちは8次元に着いた。
「ううっ……ジャンバー1枚じゃ足りない!」
私はビーズ・ネオンにふかふかのロングダウンジャケットとスケートシューズを持ってくるように頼む。
「ちなみに、ここの気温は-15℃」
栞菜は温度計で気温を測る。
「それはさすがに寒いわ」
政は体を擦って温めようとしている。
ここで水莱のレーダーは気が利くことに、ロングジャケットとスケートシューズを4人分用意してくれた。
「気が利くなあ」
私はビーズ・ネオンも成長するんだなと思った。
「イツモノパターンデスカラ」
レーダーは嬉しそうに言う。
私たちはジャンバーの上にロングダウンジャケットを羽織り、さらに運動靴からスケートシューズに履き替えた。
私は久々にスケートシューズを履いたので、滑るのが下手になってしまった。政たちは初心者なので、上手いこと滑ることが出来ない。
「君たち、ここの次元の人にしては滑り方が下手だね」
とある1人の男子高生が私たちに話しかける。
「何様やと思ってるねん!?俺らはなあ、ここの次元の人間じゃないわ!」
憧君はキレる。
「しかも、スピードスケートやフィギュアスケート選手でも何でもない、素人なんだぜ」
政はバランスを取るのに苦労している。
「ここの次元の人じゃないの?」
金髪で青色の目をしている女子高生が言う。
「そう。私たちは8次元を助けるために3次元から来た」
私は上手いことバランスを取る。
「それは悪かった」
最初に喋った男子高生が言う。
「ちなみに、あたしの名前はアリス」
金髪の女の子が言う。見る限りゲルマン民族っぽい。
「僕はハリー」
まだ喋っていない、おとなしそうな男子高生が言う。
「ウチはカレン」
黒髪でパーマを当てているスラブ系のような女子高生。
「最後に、このオレがローナ」
私たちを馬鹿にした男子高生が言った。
私たちの自己紹介が終わると、アリスたちに滑り方を教えてもらった。
18時、私は普通に滑ることが出来るようになり、栞菜たちは少しずつ滑られるようになった。
「ありがとう。滑り方を思い出したよ」
私はお礼を言う。
「1時間もあったら初心者でも滑れるようになるよ」
カレンはふかふかのダウンジャケットのポケットの中に手を突っ込む。
「まあ、大体は……」
栞菜は苦笑いした。
「ところで、君たちは何故8次元に来たんだ?」
ハリーはネックウォーマーを脱ぐ。
「氷でクリスマスツリーを削って出来上がったヤツに限り、一晩で姿を消すと聞いたからな」
憧君は耳を手で温める。
「そうなの。あたしたちは毎年クリスマスを楽しみにしているのに、今年のクリスマスは台無しになってしまいそうなの」
アリスは残念そうな顔をする。
「このままでは直方体の氷を削って出来た、花柄や動物などの飾り物を楽しむだけになってしまいそうでな」
ローナは困った表情を浮かべる。
「幸い、ここの町のクリスマスツリーはまだ残っているけどね」
カレンは10メートルくらいの巨大クリスマスツリーに目をやる。
「なるほど。よしわかった。私たちが原因を突き止めるよ!」
私はガッツポーズをする。
「本当に?!」
ハリーは期待する。
「これまで6つの次元を制覇してきた僕たちに任せて!」
政は気合100パーセントで断言する。
「うん!」
アリスは目を輝かせる。
「そうだ!今日はICE CASTLEで19時半から夕食パーティーがあって、そのあとにパーティーの参加者で寝泊り会もあるの」
カレンはパーティーの招待状を私たちに渡す。
招待状は金色の薄っぺらの紙の真ん中に、銀色で“招待状”と筆で大きく書かれている。
「会場はどこにあるん?」
政は招待状の紙を隅々まで見通す。
「オレたちについて来て」
ローナは一足早く会場へと向かう。
19時20分、私たちはICE CASTLEに着いた。
「意外に遠かったね」
栞菜は広さ100万平方キロメートル、高さ最大250メートルの城の内部を見渡す。
眞鍋博士が言ったように、氷で出来ており、外部も内部も同じ水色で着色されている。
「こういうとこが8次元だなって感じるよね」
私は氷で出来た壁を触る。ひんやりして冷たい。
「普段は宮殿に仕えている人以外は立ち入り禁止だけど、11月下旬からクリスマスまで立ち入りが許されるの」
アリスは奥の方へと歩き続ける。
「ここに集まって、夕食会などが毎日開かれるのさ」
ハリーは興奮し始めた。
「ふーん、そうなんだ」
憧君は何回か頷いた。
会場のディナールームに着いた。周りは参加者で大にぎわい。
多くの大きなテーブル、たくさんの高級な椅子が綺麗に並べられており、1つのテーブルにつき2つの大きなキムチ鍋がある。その周りに具材が並んでいる。
「どれも美味しそうだなあ」
憧君は具材に近づく。
具材をつまみ食いしそうな様子を見た私は憧君の腕を掴んでグイッと通路側に体を起こさせて
「パーティーは、まだ始まっていない」
と私は落ち着いた声で喋る。
憧君は青ざめた顔でじっとする。
「ばれたと思ったやろ」
栞菜はニヤニヤする。
「何で俺がそう思わんなあかんねん?」
「でも、目が引いているから、そう思っていたに違いない!」
政は釘を刺した。
憧君の顔はさらに青ざめた。
19時半、参加者約1000人に囲まれ、夕食会が始まった。
「いただきまーす!」
私たちは早口で言ってしまった。
鍋に牛肉や玉ねぎ、ニンジンなどを次々に入れていく。
ゆで上がった具材を口に運ぶと……
「美味しいけど、からーい!」
私は慌てて冷たい水を飲む。
「まあ、8次元は寒いから、こうして辛いものを食べて体を温めているんだよ」
カレンは一瞬にしてお椀の中に入っている具材を食べてしまった。
「いくら俺でも辛すぎるものは無理だなあ」
憧君は顔を真っ赤にして汗をダラダラとかく。
「こんな時は……」
私は嬉しそうな顔をして、具材に混ざっていた生卵を手に取る。
「そっか、そんな手があったか!」
栞菜も同様に卵を取って割る。
「お前ら、何で生卵を割るんだ?」憧君は政たちの行為に目を留めると「卵を入れたら辛さが控えめになるからだよ」政は卵をかき混ぜる。
「えっ、そうなん?」
「えーっ、知らんかったん?」
私はとき卵プラスキムチ鍋の出汁に牛肉を入れる。
「お、おう」
「恥ずかしいぞ。一般常識だぜ。ま、オレらは卵なんて必要ないけどな」
ローナは憧君を馬鹿にする。
「は?俺を馬鹿にすんじゃねぇぞ」
「泣き虫やなあ」
私は笑いながら涙目になっている憧君の頭をペシッと叩く。
「こんなんで泣くと思ってんのか?」
憧君は必死で言い返す。
「当たり前だろ」
政は笑いが吹きこぼれそうになった。
ハリーたちも一緒に笑った。
夕食会が済んで寝泊り会になった翌日の深夜2時。
私は暑いなと感じてダウンジャケットを脱ぐために起き上がったら、何か城がちょっとずつ溶けているような……と私は思った。
私は、一晩でクリスマスツリーが消えると言う情報を思い出した。パーティーがあまりにも楽しすぎて忘れてしまったのだ。
私はロングダウンジャケットとビーズ・ネオンを手に持って外に出る。
「あんだけ寒かったのに、ジャンバー1枚と手袋、マフラー、耳当てだけでイケるとか日本の冬みたいだね」
私はレーダーに話しかける。
「ソウデスネエ。マタ“ギャラクシー・プリズム”ノゲンインブッシツノセイデハナイデショウカ?」
「そうじゃなかったら、この次元には来てないよ」
私はICE CASTLE付近で見つけたクリスマスツリーの所に向かう。
「あれ、ツリーが無くなっている!」
私はギョッと驚く。
また何かの原因物質があるなと思って足元を調べると、ローズピンクの小さな立体の星型の物質が100個くらい散らばっている。
「これが今回の原因物質か。栞菜たちを起こさないと!」
私は急いで城へ引き返した。
私は寝泊り会の部屋の中に戻り、政たちを起こす。
「何だと!城の前にあったツリーが溶けたんだって!」
憧君は慌てて城を飛び出す。
栞菜たちも歩いて現場に向かった。
原因物質が見つかった所に着くと、私はレーダーを取り出して物質名を聞く。
「コレハ“ヒートボンバー”トイイマス。コイツハキンナドノキンゾクヲ、カンタンニトカスコトガデキマス」
「金などの金属も余裕で融かすことが出来るんだ。王水みたい」
王水は濃塩酸:濃硝酸=3:1の割合で混合した液体で、白金や金を溶かすほど相手を酸化させる力があることを思い出し、私はうつむいて考え事をする。
「コイツのせいで出来上がったツリーを一晩で融かしたのか」
政はヒートボンバーをみつめる。
「と言うことは、ギャラクシー・プリズムがヒートボンバーを出来たてのツリーに付着させたことになるな」
栞菜は足元にあるヒートボンバーを掴む。
すると、栞菜の指先にあちこちからヒートボンバーが熱を放出しながら集まった。
栞菜は思わず手からヒートボンバーを離してしまった。
ヒートボンバーは1つの塊になった。
しばらくして、憧君の背中に汗がかいたような感覚がして偶然後ろを振り向くと、ギャラクシー・プリズムがいた。
「ここまで来たら誰の仕業かわかってくるよね」
黒沢は奇妙な顔をする。
「言われなくてもな!」
政は両手の拳を握りしめる。
「とうとうばれちゃったみたいね」
藤岡は肩の骨を鳴らす。
「ギャラクシー・プリズムの仕業であることは、前々からわかってたんだけど」
私は藤岡たちを睨みつける。
「と言うわけで、今回はスピードスケートで決闘だ!リレー式で次の走者へとたすきを繋ぐ。良いな!?」
高梨は青紫色のたすきをかける。
「良いだろう」
私はスピードスケート用のシューズに履き替える。
深夜3時半、今回の決闘場のパーススケート場に着いた。
観客席の中央にスピードスケートのコートが描かれている。
第1走者の憧君は赤いたすきを左肩にかけた。
「位置について、用意……」
ピーッと栞菜がホイッスルを鳴らす。
第1走者は憧君VS高梨だ。
途中でコースの入れ換わりがあるので、どちらがリードをしているかはわからないが、今のところは高梨がリードしている。
「憧君、そんなヤツに負けてどないすんねん!」
政は憧君に負けん気を与える。
「おおおおぉぉぉぉ!そうだったー!」
憧君はその言葉を聞いて出し切っていないスピードを出し切って、見事に高梨を抜かした。
「憧君、その調子!」
私は憧君を褒めた。
1周して、第2走者へとたすきが行った。
第2走者は栞菜VS藤岡だ。
「高梨と言うヤツが抜かされた分を取り返せよ!」
平賀は藤岡に命令する。
「オイラがミスったからってそんなことを言わないでくださいよ」
高梨は言ったが平賀は高梨の口を利かない。
栞菜と藤岡の差はあまり変わらないまま第3走者にたすきを渡した。
第3走者は政VS黒沢だ。
黒沢はスピードスケート教室に通っていたのか、妙に走るのが速い。
政はのんびり屋だけど、足は速いはずと思った私は
「女に負けたらあかんでぇー!」
と叫んだ。
さすがの政でも女に負けたくないのか、スピードを出して黒沢を抜かした。
結局は黒沢との大差をつけて次の走者にたすきを渡した。
アンカーは私VS平賀の各グループのリーダー同士の闘いだ。
政が黒沢に大差をつけてくれたから余裕だなと私は思ったが、それは間違いだった。
後ろから平賀が追いかけていたのだ。
「まさかお前が私について来るとはなあ」
「オレはお前なんかに絶対負けられない“因縁のバトル”だからな」
平賀はそう言って私を軽々しく抜かした。
「まあそう言っても良いけど、私だって負けないよ」
私はスピードを出して平賀を抜かそうと思い切りスピードを出す。
「ま、どうせ勝つのはオレだからな」
平賀は後ろを向いて必死に走っている私の顔を嘲笑いながら見る。
私はチラッと前を向いて、今だ!と思った。だから
「さあ、どうかな」
と私はニヤリと白い歯を見せた。
すると、平賀は案の定私の作戦に引っかかったみたいだ。
平賀は後ろを向いて私と喋っていたためにきちんと前を見ていなかったから、カーブするときに壁に頭をぶつけてしまったのだ。
それに対して、私は無事にゴールをした。
レースが終わった2分後、黒沢たちは平賀に近づいて大丈夫ですか?と肩を叩いて意識があるかどうかを確かめる。
高梨は私に「ボスをこんな目に遭わせるとはどういうことだ!?」と怒鳴りつける。
「平賀が前を見なかったのが悪いの。レースは前を向いて真剣に勝負をするのが、本当の勝負と言えるのであって、平賀が後ろを向いて走っていたから、これは本当の決闘じゃない。でも、私たちの勝利だから、クリスマスツリーやICE CASTLEなど、融かしてしまったものを完璧に直すんやで」
私は高梨を上から睨みつける。
「そんなこと、あたしたちが出来ると思っているの?」
藤岡は私たちを睨み返す。
憧君は藤岡の後ろに近づいて
「出来るやろ、このリモコンさえあれば」
と言って、藤岡のポケットからリモコンを取り出し、ど真ん中にある赤いスイッチを強く押した。
外の世界は、ヒートボンバーによって融かされたツリーや城が元の場所、なおかつ元の形に直った。
「貴様ら、今度こそは9次元で決闘して勝たせてもらうぞ!さらば!」
高梨は憧君を指して8次元から姿を消した。
6時、私たちはICE CASTLEに戻った。
「みんな、ありがとう!ツリーがすべて元に戻って嬉しいよ!」
アリスは嬉しそうな顔をする。
「今年のクリスマスも大成功しそうだよ」
ハリーは氷で出来たツリーを見る。
「良かった。それじゃあ、私たちは時間だから元の3次元に帰るね」
私は別れの挨拶をした。
向こうは手を振って私たちを見送った。
6時半、私たちは異次元研究室に戻ってきた。
「お疲れ様。今回の原因物質であるヒートボンバーを八次元カプセルの中に入れてきて」
眞鍋博士は栞菜に言う。
栞菜は手を擦りながらヒートボンバーを8次元カプセルの中に入れた。
8次元カプセルはドライアイスの霧を放って、8次元エネルギーはMAXになった。
「そもそも、還元型メチレンブルーって何?」
憧君は今までずっと知らずにいるようだ。
「普通のメチレンブルーに水素がくっついたヤツで無色。化学式はMbH₂って書くんやで」
生物選択の私は簡単に説明する。
「そうなん。俺は物理選択だから知らんかった」
憧君は初めて還元型メチレンブルーの存在を知った。
「よーし、残るは9次元のたった1つ!」
政は嬉しそうに言う。
「これで異次元制覇だもんね」
栞菜は9次元カプセルをなでるように触る。
「そうやな、最後のひと踏ん張り頑張ろっか」
眞鍋博士は巨大コンピューターから目を離す。
「はい!」
私たちは気合を入れて返事をした。
9次元を制覇すれば、因縁の敵、ギャラクシー・プリズムと闘わなくても良くなるに違いないだろう。
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