幕間
幕間2 クラスメイトと青春してみる(柊side)
中学校で文化祭の打ち上げはなかった。遅い時間に出歩いてはいけないからという理由で。
だけど、隠れてファミレスやバイキングに行ったクラスはあったみたいだ。
仲のいい友達同士で行くならともかく、ろくに話さないクラスの人と同じ空間にいるのは耐えられない。高校の打ち上げも行かないつもりだった。
「みんな、飲み物を持っているかーー?」
「うおぉーー!」
「クラス企画優勝を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーーい!」
うぅっ。陽キャがいっぱい。男子しかいない体育も苦痛なのに、全然話したことがない顔ぶれでのカラオケはきつい。といっても、バレー部とテニス部は練習に行っている。女子は親しい人で打ち上げをしたいみたいで不参加だった。この場にいるのは都合のつく男子八名のみ。なおさら帰りたくなってくる。
だけど汐亜が「打ち上げまで参加したら、柊のお仕事は終わりっ! 無償でいいなら、そのまま帰っていいよ」なんて言うから、拒否権を使えなかった。
ナナカフィギュアのために頑張るんだよ、俺。ドリンクバーで元を取り返すためにも、乾杯したグラスを早く空にしなきゃ。
グラスに口をつけた瞬間、俺を見つめる瞳の多さにくらくらする。
「ちょっと。みんな柊のことばっかり見ないの。そんなに凝視されたら飲みにくいでしょ」
汐亜がたしなめると、すぐに視線は離れてくれた。
「悪い。ほかの奴らとはよくカラオケに行くけど、貴崎が来てくれるとは思わなくて」
「炭酸飲料とか飲むんだ」
「分かる。ストレートの紅茶しか飲まないイメージだから意外だよな」
滅多に現れない珍獣と、遭遇しちゃったみたいな反応だね。あと、ジャンクフードを禁止されているような名家の血筋でもないよ。
想像が無駄に広がらないよう、釘を刺しておく必要がありそうだ。
『俺だって普通の高校生なんです(@>ω<)੭』
「ちょっと無口で感情が分かりにくいけど、中身は俺らとあんまり変わらないのかもな。一学期のうちに気づけてよかった」
陽キャと分かり合える日が来るなんて。二次元だけの話だと思っていたから、感動してしまう。
心の距離が近くなっても、体育のときにむやみにパスしないでいいからね。びっくりして足がもつれかねない。
「ふふん。連れてきた僕に感謝しなよね」
腕組みをしながら頷く汐亜は、古参のファンに見える。
強制連行をいいように話したね。汐亜に言われてしぶしぶ来たと文句を言いたくなったが、微笑ましい空気になりそうだったからやめる。素直になれなくて友達の輪に入れない子は好きだけど、俺が同じように愛しく思われるのはこそばゆい。
あーマイクテストマイクテストと大仰な口ぶりで言ったのは、黒いサングラスをかけた早川だった。大物司会者っぽさよりも、カラフルなグラデーションのサングラスが似合うパリピを彷彿とさせる。
少し前まで猫耳カチューシャのメイドさんだったことが信じられない。
「それでは、そろそろ歌のパフォーマンスに移りましょう! 司会進行は幹事の早川です。歌う順番は、俺から時計回りでいきましょうか。テーブルのお菓子を食べるのに忙しかったら、飛ばしてもらって構いません。もう一つ、お集まりの皆さんにお願いがあります」
マイクを机に置き、深々と頭を下げた。
「今日は俺に、モテる秘訣を伝授してください!」
嫌味なの? サッカー部の次期エースでファンが多いって、写真部の女子達が話していたよ。しょっちゅう告白されているのにまだモテたいなんて、強欲じゃないかな。今日も女装メイド喫茶に来たお嬢様から「王子のおっぱいヤバっ」「触らせてもらいたい」って熱い眼差しを向けられていたのに。
口に含んだ氷を噛む。
ほかの奴らも冷めた目をしていた。
「はいはい。いつもの発作ね」
「ちょっと待てえぇーっい! こっちは緊急のボタンを押しているんだわ。面倒な患者だと思って、軽く受け流んじゃないよ」
「十分面倒だろ」
「そーだそーだ。贅沢な悩みだよ。サッカーに集中したいから、校内でべたべたスキンシップしない彼女がほしいなんて」
「そんなんだから、お前が卒業するまで彼氏を作りたがらない女子が増殖するんだよ。少しは非モテに幸せを分けてくれ」
激しく同意する。
「そう思って、今日は他校の子に声をかけたんだよ。同じ学校じゃなかったら、ほどほどの距離でいられるだろ?」
「あー。金髪の女の子の友達かぁ」
「そう! めっっちゃタイプだったんだよ。黒髪のツインテちゃん」
は? 雪じゃなくて汐亜の彼女に惚れたの?
姉御と慕いたくなる雪じゃなくて?
スタジャンとかオールブラックコーデをそつなく着こなせそうなのに、カジュアルな服もおしゃれに身にまとってしまう美人さんが、眼中にないのかよ。今すぐに眼科へ行った方がいい。
「早坂、雪には声かけなかったの?」
ライバルがいないに越したことはないが、最初から狙わないのは癪に障る。
「こわっ! イケボこわっ!」
早坂は耳を抑えた。
「あんな美人な金髪ちゃん、絶対彼氏いるだろ! わざわざ負ける勝負に挑めるほど、俺のメンタルは強くないんだよ!」
美人だと思ってくれていたみたいから、許してあげよう。俺の溜飲が下がったものの、別の人の恨みを買ってしまった。
「ふーん。いかにも大人しそうで告白を断りそうにない紅葉には、彼氏がいないと思ったんだ?」
眉間にしわを寄せたハムスターもとい汐亜が、頬杖をつく。かなり怒っているときの表情だ。
「
空気が重くなる前に「トップバッター行きます!」と立ち上がれる早川はすごい。
手拍子をする汐亜の表情は、嵐の前の静けさという言葉が適切だった。感情がいつ爆発してもおかしくない。せっかく春アニメの主題歌でリレーが続いているのに、隣が気になってあまり楽しめなかった。
「次は佐原の番だぞ」
回ってきたマイクを、汐亜は俺の膝の間に置いた。
「ごめん。お花摘みに行ってくる。柊が僕の代わりに歌っておいて」
「ついに貴崎の初歌お披露目!」
「美術選択者だもんな」
「この瞬間を待ってたぞー!」
ちょ、待って待って。どうして外堀をしれっと埋めてるの。歌うつもりで来ていないんだからね。俺のことは、シンバルを叩くぬいぐるみだと思っていてほしいんだけど。ご機嫌ななめの矛先を、俺に向けないでくれるかな。
すさまじい勢いで文字を打つ。
『歌えるけど歌わないよ? のっけからハイテンションで歌わないといけない曲を、ヒトカラ以外で歌いたくないから(。>д<)』
せめて選んだ曲を消してから、離脱してもらえないだろうか。俺の懇願にウインクが返ってきた。
「洗いざらい本音を吐いておいで」
うわぁ。歌詞にリンクさせたセリフで逃げられた。
こうなったらヤケだ。この場がどうなっても知らないからね。気合を入れるために立ち上がる。
恋人に浮気されて仕返したいと願う、女の子目線の曲が始まった。
出だしは元気よく歌った。
手応えはいい。だけど、気は緩められなかった。これからサビまで一気に駆け抜ける。息継ぎのタイミングをミスれば、歌詞を飛ばして固まってしまいかねない。
いや。声がかすれてもいいから、今日感じた思いを歌にぶつけよう。その方が楽しいに決まってる。ステージからファンに笑顔を送る、アイドルの魂を降臨させた。
「宣誓! 俺は女装していなくても、好きな子の前で話せるようになります!」
「こいつ、替え歌で行くつもりか!」
「可愛い路線も耳が死ぬ!」
小森さんと違って、嬉しそうに拍手してくれる。どんな俺でも受け入れられる器量がある人達だから、汐亜が誘ったのかもしれない。
可愛いものが好きなのも、声を出すのも怖がらなくていいんだよ。そのことを選曲に込めたんだよな。単に面白そうだっていう理由でも、俺の背中を押してくれるなら何だっていい。
サビ以外ほぼ替え歌で歌い切り、グラスを飲み干した。雪と飲んだコーラと同じくらい、体の奥まで染み渡っていく。
「あー、緊張したぁ」
「どこがだよ?」
「替え歌で九十二点とかふざけんな! こんな点数、俺らには一生拝めないってのに!」
両側から肩をぐりぐり押されていると、早坂が拍手を送った。
「俺は感動したぞ。口説いて失敗するの、結構ダメージがくるからな。貴崎とは気が合いそうだ」
「むしろ成功してたぞ。三年の先輩から、報告が上がってた。これ、そのスクショな」
グループLIMEの画像を我先にと見るものだから、もみくちゃになりながら内容を確認した。
『【衝撃】店の前で少女漫画の世界が繰り広げられる』
『ヤベーメンヘラ女につきまとわれていた本校の男子高校生が、本命彼女にキッスをかます』
『私もデリバリーしてて見たよ! びっくりしてポテト落としちゃうとこだった』
『ハートは落としても、大事な商品は落とさないで』
『何年生? 学年章の色は?』
『それが分からないから、情報提供を求めているのよ!』
まさか目撃者がいたなんて知らなかった。勝手にスレ立てて盛り上がらないでよ。
早坂は俺の顔をのぞき込む。
「なあぁーにぃー?」
やっちまったなぁ。雪しか見てなくて、周りのことなんて眼中になかった。まさか目撃者がいたなんて思わなかったよ。
そっぽを向いた俺の肩を、早川がぐわんぐわん揺らす。
「そこまでしておいて、告白しなかったのかよ!」
「でも、雪からデートって言われたんだよ? キスする前に意思確認はしたし、本気で好きになった人は雪が初めてだって……年齢イコール交際したことない歴だよって、誠意は見せたから。雪が付き合いたいと話してくれるまで、俺は待ちたい」
うわあああぁ。思い返せば、結構恥ずかしいことを伝えていたんだな。
耐えきれなくなって顔を覆う。いつの間にか次の曲は取り消され、部屋には男子高校生の黄色い声で埋め尽くされる。
「きゃー!」
「あっまーい惚気、いただきましたー!」
「ちょちょ。お前ら、一旦冷静になれよ。要するに、付き合いたいとは言ってないんだろ?」
はうっ。
一撃でうめいていた俺に、新たな指摘が降り注ぐ。
「そうだな。ヤベーメンヘラ女からエスケープするための偽カノだって、思われてる線は捨てきれないかも」
確かに。それは考えていなかった。
力が抜けていった俺の耳に、LIMEの着信が聞こえた。画面を表示させると、雪からのメッセージが複数来ていた。
どうしよう。さっきの話の流れだと、よくない知らせな気がするよ。見たくなさすぎてスマホを投げたい。でも、うじうじしていたら何も状況が変わらないままだ。
電源を切ろうとした指をずらし、ロックを解除する。
『今日は柊の文化祭に行けて楽しかった』
頬をぴったりくっつけた双子メイドのスタンプとともに、幸せそうな雪の表情が脳裏に流れてくる。
『嫌な奴と再会して、あれから気分は悪くなってないか?』
とぅんく。
優しい気遣いでも、胸を打ち抜くことがあるんだね。これだから、解像度が高いイケメンお姉さんは手に負えない。
癒されまくった俺は、最後のメッセージに視線を落とす。
『あいつがまたつきまとってきたら、俺を理由に使っていいからな。だけど、もうあんなことすんじゃねーぞ。俺が小森みたいなガチ恋に目覚めたら、どう責任取ってくれんだよ。これからもいいオタク友達でいよーぜ』
なぜだろう。目から生理食塩水が溢れてくる。
俺の恋人になってくれる人は雪がいい。そんな決意を胸に、行動で示したつもりだった。早くデートの続きができると、浮かれてしまった自分を殴りたい。これは、嫌われたに一票。
「きさきー、生きてるかー?」
「駄目だ。応答がない。ただの屍のようだ」
ちょっときみ達、他人事だからって言いたい放題じゃん。
歪んだ視界を人差し指で振り払う。
『ちゃんと応援してるように見えないよヾノ。>ㅅ<)ノ』
「あらやだ。普通に可愛い」
「俺には心に決めた推しがいるんだよぉ! ほだされないからな!」
「可愛い男の子もいいけど、大人のお兄さんも素敵だよ。見てよ、この手。ふつくしくない?」
戻ってきた汐亜は、椅子に座るよりも先にセスナを布教し始める。さては外で会話を盗み聞きしていたな。
早川が俺の隣に座る。
「なぁ。柊はまだ、カラオケの後で時間ある? ファミレスで夏休みの作戦立てよーぜ。一応俺は、小中のときに彼女いたから、何かしらアドバイスはできると思うんだよ」
「えー? 早川より、今も彼女がいる僕が適任だと思いまーす!」
両手を挙げてアピールしてくれるのはありがたい。だけど、紅葉経由で雪に知られる可能性もある。今回はごめん。悪く思わないでほしい。
俺の謝罪に汐亜は納得してくれた。
「おけっ! そういうことなら身を引いてあげよう。友達の話なんて言って、うっかり話しちゃうかもしれないし。そんじゃ、早川。うちの子をお願いします!」
「任された。柊、文字打つ方が楽なら、全然スマホ使っていいからな」
『ありがとう((o(`>ω<´)o))』
「わーっ! 美少女を顕現させんな!」
汐亜以外のクラスメイトに顔文字を使ったの、初めてだった気がする。
今は雪や汐亜が叫ぶ頻度は減ったけど、最初はこんな感じだったな。ちょっと懐かしい。
『早川は、どうして俺によくしてくれるの?』
「そんなの分かりきってるだろ。可愛い子を紹介してほしいからに決まってるじゃん」
単純すぎる返事は、名言に勝てる訳がない。なのに、俺の心にどストライクだった。
まっすぐでいられる早川を見習おう。尊敬の念が芽生えた。
なお、この後で立てた計画は、ほとんど使い物にならなかった。早坂がわざと的外れな案を出したからではない。インドアなオタクでも満喫できる江の島ツアーは、名案だと本気で思った。聖地巡礼で雪のテンションも爆上げになるはず。
見込みが外れた要因は、公式の持つ絶大な影響力にあった。このときほど、公式に殴られたダメージが大きいと思えたことはなかった。
【幕間2 クラスメイトと青春してみる(柊side)了】
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