第4話 交換希望
一人でアニメショップを巡りに行くより、紅葉といるとテンションが上がった。一緒にハンバーガーを食べた後だからかもしれないけど。
「入店して一分も経たないうちに、私の用事は終わっちゃった。雪も早く終わらせてくれる?」
目当ての文庫本を前に、両腕を天へ伸ばした歓喜の瞬間が嘘のようだ。幻のシーンとして、俺の脳内フォルダに追加しておこうか。
「心配しなくてもすぐ終わるぞ。コーナーがたまに移動させられているから、確証はもてねーけど」
最後に行った場所へ赴けば、読み通りにきゅうナイのグッズが並んでいた。しかも棚一面に。
定期的に見ているコーナーだから、新商品はすぐに分かった。
「あったあった! ラスト一枚かぁ。危なかったぜ」
「危なかったも何も、ブラインド商品じゃない。中身が見えているのならともかく、一枚三百円を払ってお目当てじゃないキャラが出たら泣くわ。ハンカチじゃ足りないわね。咽び泣く自信しかないもの」
「紅葉は大げさだな。まっ、俺も人のこと言えねぇけど。にしても、いい商売してるよな」
インスタントカメラで撮影した体のカードは、シークレットを含めて全七十種類もある。キャラが五十人を超えるゲームゆえ、分母が増えるのは仕方がない。さすがに自動販売機横のゴミ箱に捨てるのはマナー違反だから、家で供養している。ゴミ出しを手伝うときにこっそり。無駄遣いだって叱られるのは目に見えているからな。実家暮らしはつらいぜ。
ウエハースやラムネ菓子が入っているのならともかく、カード二枚しか得られないのは割高に思えて仕方がない。俺が貧乏性だからそう思うのか?
最後の一枚を買った瞬間、俺はすぐに封を切る。
少しずつカードを出すと、寝顔が見えた。いつも最小限しか動かない口元が、ほんのちょっとだけ広く開いている気がする。激レアなオフショットに、俺も唇がふよふよと動いてしまう。
可愛いなぁ。気を許しているのが丸分かりなのに、起きたら嘘みたいに主人公と距離を作っちゃう子は。好きな気持ちをぶつけろよ。まどろっこしくて胸やけしちまうだろうが! でも、そういうところが俺は好きだぞ。好きなんだけどさ。
「弓使いのナナカ、か」
風属性の広範囲攻撃と回復役に期待できるキャラで、火力としては申し分ない。俺もよく使わせてもらっている。短所があるとしたら、育成を全開放まで進めていないと倒されやすくて、編成に名前が挙がりにくいってことかな。
「期待外れだったのね」
憐れみの目を向けないでくれ。胸に刺さる! あと、その言い方は語弊があるぞ。ナナカ推しに聞かれたら、半殺しに遭いかねない。
「そうでもないぞ。これは開花前の、結構気に入ってるスチルだ。まぁ『ナナカ推しの人のところへ行ってやれよ!』とは思う」
「雪に攫われて災難ね」
「誰が誘拐犯だ」
生徒手帳の写真が悪人面だと家族に笑われたことを、俺は苦々しく思い出した。
「それで? 雪がほしかったのはどの子なの?」
よくぞ聞いてくれました!
「ピンチのときに颯爽と登場してくれた姉御キャラ、ユイリィだ。立ち絵はこんな感じ。かっこいいだろ?」
スマホのロック画面を見せる。
「ふーん。何だか雪みたいなキャラね」
「よせよ。俺なんかがおこがましいって」
「こういう姉御は、泣かせるか照れさせたくなるのよね。雪もしっかり観察させてもらうわ」
何度も見ているはずのロック画面ににやついていた俺は、紅葉の呟きを聞き流していた。
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ。特には。私は新刊を早く読みたいから帰りたいのだけど、雪はどうするの? ここで解散しとく?」
「いや。俺も帰る。帰りながら、チェキ交換希望のハッシュタグでユイリィを譲ってくれる人を探したい」
「そんなに都合よく見つかるとは思えないわ。あまり期待しない方が身のためよ」
「分かってる。分かってはいるんだよ」
ほしかったカードの価値を思えば、喉から手が出てしまうもんなんだよ。中古ショップで探しても、俺の持っていないユイリィのグッズは少ない。ユイリィが来てよかったと思われている証拠。たまたま他担様のもとに来なかっただけ。そう言い聞かせながらも、自分のところに来てくれよぉと思わずにはいられないんだよな。
「だけどさ。ローブを着た魔術師ユイリィの水着なんて、レア中のレア。ちなみに水着バージョンのキャラが実装されるのは、ゲーム内投票で上位のキャラばかりなんだ。このシリーズのカードで、ようやくユイリィの水着が初お目見えされたって訳。悲願が達成されたってのに、五万円以上の高値で転売されてみろ。三百円で夢を見たくなるのも分かってくれるよな?」
「まぁ、箱で買うとなると、出費は痛いものね。箱で買ったところで、全種類入っていなかったらまたお金が飛んでいくし。入っていない三種類の中にユイリィがいたら、破ったパッケージをかき集めて空中に放り投げそう」
「ばらまくなら札束がいいな。気前よくパーッとやってみてー」
路線の違う紅葉と別れた後で、俺はツブヤイターのアプリを開いた。
交換希望の人がいますように。運よく巡り会えても、浮かれるんじゃねーぞ。入金したのに発送されないトラブルもあるらしいからな。取引前に相手の評判を検索しとくんだぞ。
きゅうナイ交換希望と検索し、過去の投稿を遡っていく。交換希望を出す人は多くても、ユイリィのカードを持っている人は多くないか。
到着を告げるアナウンスが鳴ったときだった。「譲 ユイリィ」の文字を初めて目にする。しかもご指名はナナカときた。俺のために出された救援信号かよ。しかも都内在住の場合は手渡し可能。好条件が揃ってんな。助けを求めている「ラギ」さんが変なアカウントじゃなきゃいいけど。
アイコンをナナカの缶バッジに選んでいるラギさんは、プロフィールもナナカ愛に溢れていた。固定された投稿は、今年のナナカの誕生日を祝ったときのメッセージだ。俺もユイリィの誕生日はお祝いの投稿をするから、親近感が湧く。この人となら直接会ってもいいかも。
座席に腰を下ろすと同時に、返信を送る。
『初めまして。ナナカのカードを所持しております。ぜひユイリィのカードとの交換をお願いいたします! ただいま外出しておりまして、画像は後ほど送らせていただきます。ご検討いただけますと幸いです。よろしくお願いします!』
よろしくお願いしまぁぁぁぁすっ!!
夏の戦いさながらに、心の中では全身全霊で叫んでいた。送る前に検索をかけた文面で、俺の誠意が伝わってくれよ!
ラギさんからの返信は、意外と早く来た。
『初めまして。なかなか交換してもらえる方がおられず、あきらめていたのですが……スノーさんにお声がけしてもらえて嬉しいです! 交換にあたりまして、フォローしてもよろしいでしょうか? 画像はDMでご提示いただけると助かります』
社交辞令だと分かっていても、健気さに吐血しそうだ。可愛よい。
『ありがとうございます。フォロー大丈夫ですよ。お先にフォローさせていただきますね』
うし! これでユイリィをお迎えできる! 楽しみだなぁ。ラギさんと会うの。きゅうナイをプレイしている仲間は初めて会うんだよな。どんな人だろ。
お腹がぽっこり膨らんだオタクは、二次元で見かけやすいキャラだ。ラギさんもそうなのか? あるいは社畜になりかけの会社員とか? 同じ女子高生なら友達になりたいけど、制服を着崩したギャルだったらメイクとか流行りの話題についていけるか不安だな。
顔も知らない人と会うんだから、最初は怯えさせないように距離感を注意しとくか。何が地雷か分からねーし。
次の更新予定
柊の棘は甘すぎる 羽間慧 @hazamakei
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