第3話 オタク仲間

 親睦をもっと深めるため、ホームルーム後に紅葉を誘った。


「この後メイト行くんだけど、紅葉も来るか? 先にどこかでご飯食べてからでもいいけど」


 アニメ専門店のメイトは、行きつけと言ってもよい。普段は親に付き添いを頼み、財布の紐を緩めすぎないよう見張ってもらっていた。


「知らない人に囲まれる苦行を終えたというのに、よくまぁ体力が残っていますね。私は帰って寝ます。速攻で」

「それなら仕方ないな」


 疲れてんなら、無理強いしたくねぇな。今日のところは一人で行くとするか。


「残念だなぁ。友達とメイト回るの、初めてだったんだけど」


 紅葉が早歩きで戻ってきた。


「昨日発売の新刊があったかもしれません。購入特典のリーフレットをもらい損ねたくないので、私も行きます」

「俺の買い物に付き合ってくれるのか? 紅葉やっさしー!」

「やっぱり行くの、やめます」


 内心はデレまくってるくせに。


 そう思っているのが表情に出たらしい。露骨に嫌な顔をされた。


「媚びた態度を取れとは言わないけど、多少は見栄えを気にしたらどうなの? 恋人から別れを切り出されかねないわよ」

「別に恋人なんかいらねーよ。彼氏と推しどっちが大事か聞かれるの、面倒だしな。つーか、敬語忘れてるぞ」

「猫を被るのはもう疲れたのよ。雪も普段通りのしゃべり方にしなさい。さっきから魚の真似でもしているのかってくらい、口が『お』の形になってるわよ。いつもの一人称を使ってあげたら?」


 おかしいな。「俺」を無意識で封印していたなんて、全然気づかなかったぞ。


「それじゃ、お言葉に甘えて。まさか俺にとって大事な呼び方になっているとは思わなかったな。紅葉は何で普段とは違う話し方をしていたんだ?」

「中学のときのあだ名が、もみじおかーさんだったから! キャラ変したかったの!」


 ちっこい体から溢れ出す母性。それもそれでありじゃねーか。

 膝に乗せてしまたい、初見の雰囲気も捨てがたいけど。


「いいじゃねーか。もみじおかーさん。親しみやすくて、優しい紅葉のイメージに合っていると思うぞ」

「からかわないでよ、ゆきー!」


 悪く思わないでくれ。ツインテールを揺らしながら赤面する光景でしか、得られない栄養があるんだよ。


 化けの皮が即日お役御免になった者同士、駄弁りながら電車で向かった。


 俺も紅葉の家族も、時間休を取って参列していた。すぐに職場へ戻らなければいけないせいで車に乗せてもらうことはできなかったものの、ゆっくり紅葉と話せるのはいい。中学の話から始まり、得意教科や休日の過ごし方について話題が変わっていった。


「教室に入ってから、ずっと雪のことが気になっていたのよ」

「お、おぅ。マジか」


 俺は、口を両手で覆った。紅葉の初恋を俺が奪ってしまったのか。


 見栄えを気にしろと注意したときに、紅葉は彼氏のためにとは言わなかった。彼女を作ることに理解があるのかもしれない。人生初告白がこんな可愛い子からなんて、照れるなー。でへへっ。


「頬杖をついた雪は、えびせんのメイラちゃんに似ているんじゃないか説」


 何だって?


 思考が追いつかず、俺は綺麗にフリーズした。


「ごめんなさい。簡潔にまとめようと思ったんだけど、説明が足りなかったわね。えびせんっていうのはライトノベルのタイトルで、えい、英国……駄目ね。略称で覚えていると、長すぎるタイトルが全然思い出せないわ。喉元まで出かかっているのに。思い出せるまで、もう少し時間をくれる?」

「頑張って思い出そうとしているところ、申し訳ないけどさ。そこまでの説明は求めてないぞ」

「あらそう。それなら一旦黙っておくわ」


 紅葉の口角が小さくへの字を作った。


 へこんでいる。きのこが生えそうなくらい、ジメジメとした空気が漂っている。この様子だと、俺への好感度が減ってしまったかもしれない。何かアイテムを贈るか、気の利いたことを言って挽回しないと。


「誤解しないでくれ。紅葉が急にえびせんべいって言うから驚いた訳じゃないんだよ。『義妹が英国美少女なんて聞いてません!』は俺も読んでいるし、公式略称も当然知ってる」

「何よ。それ」


 紅葉は唇を噛み締めた。


 まずい。くだらない理由だと、怒りを買ってしまったか?


「女子でえびせんを読んでいる人、ネット以外で初めて会えたわ! 嬉しい! だけど……!」


 紅葉が肩を落としたのは一瞬だった。額を抑えたことを皮切りに、まくし立てる。


「私としたことが。正式名称は義妹から始まっていたのね。英国美少女のイメージが強すぎて、義妹という属性が記憶から薄くなってしまったのかしら。そもそも最初の音が違うのなら、一生出てこなかったかもしれないじゃない……でも、原作はちゃんと読んでいるし、好きなシーンは暗唱できるし、初版から欠かさず買っているんだから!」

「……おぉ。そこは疑ってねーよ」


 紅葉の剣幕に、手をひらひらと振った。

 熱い思いは、見れば分かる。早口で話す紅葉は、好きなことを相手に共有したくて堪らないオタク特有の顔をしていたから。


「俺が理解できなかったのは、メイラと俺が似ているって判断したことだ。女神様のご加護をもらって人生リスタートするくらいじゃなきゃ、メイラには遠く及ばないぞ」


 何時間もかけて髪を整えたのにアホ毛が直らないメイラは、極上のスキンヘアグッズを用意してご奉仕したい可愛さだ。洗面所を占領する不届き者は、実の父でも許さぬ。メイラはお兄ちゃんのなすがままに身を委ねればよいのだ。そんな愛おしいメイラと似ている要素が、俺にあるとは思えない。


「雪は分かってないわね。風になびく横髪を抑えたら、一巻の挿絵そっくりなの! 自動販売機のお釣りを、しゃがみながら拾うメイラちゃんに! そんなに信じられないんだったら、家に帰ったらすぐに検証してみなさいよ。でもって、速攻で私に報告しなさい! そのための連絡先は今すぐここで交換してあげる!」

「おうよ! そこまで言うなら見てやらあ!」


 紅葉からの果たし状もとい連絡先を入手した。


 覚悟しろよな。そこまで力説しちゃってくれたんなら、こっちも全力で行かせてもらう。固定観念を捨てて、厳しい目でジャッジしてやろうじゃないか!


 俺の心の声が聞こえたかのように、紅葉は仁王立ちしながら微笑んでいた。


「受けて立つわ。雪が青色のカラコンをつけてくれさえすれば、簡易コスが完成できるって本気で思うもの。お金ならいくらでも積むから、一回だけメイラちゃんになってもらえないかしら? 一回だけ!」


 やだよ。めがねならともかく、コンタクトは外さなきゃなんねぇ。入れるのも怖いのに、そんな苦行を強要しないでくれ。条件がどんなに魅力的でも、承諾するつもりはさらさらないね。


「紅葉、オタクの駄目なところ出てるぞ。沼を増やすつもりはないから、俺を巻き込むんじゃない」

「しょうがないわね。普通の写真で我慢しとくわ。今のところは」

「往生際の悪い奴め」


 それにしても。よく読んでる本のタイトルを教え合うのって、思ったより緊張しないんだな。それを紅葉に話すと「教壇に立って好きなヒロイン属性十個言え、みたいなシチュエーションでもない限り緊張しないわよ。仲間うちなら不思議と怖くないのよね。校内放送の切り忘れを除いて、だけど」って返された。


 仲間うちだなんて、さり気なく照れさせんなよ。

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