第2話 選びたくない選択肢

 わかりみが深すぎる!


 俺もユイリィと同じ髪色にしてから、にやけ顔が止まらねーもん。鏡を見る度、恋する乙女みてーな溜息をついて惚れ惚れしちまう。


 推しになりきれているとは口が裂けても言えねーが、画面から飛び出して会いに来てくれたと思うと健気さに吐血しそうだ。というか、心の中では何回も臨終を迎えている。墓がいくつあっても足りやしない。


 ユイリィは、ブラウザゲームおよびスマホ用ゲームアプリのキャラの一人だった。魔族と戦わざるを得なくなった主人公が、契約した精霊達と王国にはこびる脅威を打ち払おうとするRPG。それがユイリィの活躍する「救国のホーリーナイツ」略してきゅうナイの世界観だ。


 たかがゲームキャラに憧れて金髪にしたと、笑ってもらっちゃ困る。きゅうナイはリリースされて三年経つ人気ゲームだ。大人でも熱中してしまうシナリオとバトルシーンは、圧巻以外の言葉で語ることはできない。特に序盤から主人公とともに戦うユイリィの魔法ときたら、制作陣の気合の入りようがうかがえる。新規ユーザーを手放してなるものかという気迫に満ちていた。


『うちの炎が盾になる! あんたの背中は任せなさい!』


 イントールして早々にユイリィのドジっ子を見せつけられていたプレイヤーは、力強いセリフに「イケメンかよっ!」と拝まずにはいられない。普段は主人公に世話を焼かれているのに、ここぞと言うときには守ってくれるギャップを発揮してくれるんだよなぁ~!


 娶られたい嫁ナンバーワンに選ばれるのも頷ける。誰調べかって? そんなの俺の中で断トツに決まっているだろうが。


 我ながらユイリィへの愛が突き抜けているのは、十分理解しているつもりだ。否定されたら最後、地中に潜ったきり一生出て来られなくなるほどのガラスのハートだってことも。だから高校こそはオタクに優しい友達を作りたいんだ。今までは話が合う奴がいなかった分、たくさん語りたい。


 会話の輪に入り込めない人が、何を言っているんだって話だけどな。


「皆さん、話が盛り上がっているところ申し訳ありません。全員揃いましたので、入学式の流れについて説明しますよ。席についてくださいね」


 賑やかだった教室は担任の指示にすぐ従う。素直に聞けるのは、クラスの自分の立ち位置を模索しているからだろう。おちゃらけた発言が浮くクラスか、称賛してくれるような懐の深いクラスかどうかを。


 無論、GWを過ぎれば、借りてきた猫の皮は剥がれる。その時期には、少しは俺に話しかけてくれる人が出てくるといい。いや、出てきてください。何卒よろしくお願いいたします。


 俺は祈りを捧げるために、机の下で両手をぐっと握りしめた。


「それでは、有本さんと中村さんを先頭にして行きますよ」


 我に返ると、危うく大事なところを聞き逃すところだった。

 有本さんは俺だが、中村さんってのはどこに座っているんだ?


 座席表を見たのは一瞬だ。出席番号一番なら、どちらかの壁側の先頭だと相場が決まっている。ほかのクラスメイトの名前を見ている余裕はなかった。どうせ四十人の名前なんて、すぐに覚えられないし。


 ありがたいことに、担任は左手で示してくれていた。教卓の真正面に座るツインテールを。俺と同じ椅子のはずなのに、中村さんが座るとちっちゃく見える。可愛いなぁ。足が床に届かず、ぶらぶらさせていたらもっと可愛いだろうなぁ。ここからじゃ、足まで見えないのがつらいけど。


 編み込みを入れているのは、入学式で気合いが入っているからなのか? 話のきっかけを作ろうと思って。だけど俺が見ていた限り、中村さんも誰かに話しかけもせず、話しかけられることもなかったはずだ。目つきのよくはない俺と違って、噛みつかれそうな見た目はしていないのに。


 遠ざけられる要因を挙げるとすれば、委員長タイプのお堅い雰囲気かもしれん。ゲームや漫画に、関心を持てなさそうな部類に見えるからな。彼女に振る話題が浮かばず、接しづらく思われる。そんな流れが読めたぞ。


 それでも、俺は話しかけたい。話しかけなきゃなんねぇ。先頭としてどう動けばいいのか、中村さんに確認しねーと! 後ろの奴らを導く役目のせいで、俺の心臓が止まりそうだ! 下手に動けば、恨まれること間違いないだもんな! とりあえず、何て話しかけようか?


『俺はどうせ先頭だろうなって、腹括っていたけどよ。あんたは晴天の霹靂だったよな。よろしく頼むわ。一応、体育館に着いたときの段取りをおさらいしとくか?』


 どうしてすぐに思い浮かんだものが、乙女ゲームっぽい選択肢なんだよ。しかも、ヒロインの好感度が急激に上がるか、急激に下がるしかない究極の選択だ。どう考えても、教えてもらう立場の物言いじゃねーだろ! 俺様キャラの需要があるのは二次元だ。現実はホストクラブ以外、受け入れてもらいにくいっつーの!


 ちったぁ、女子高生らしく可愛い声を出す努力をしろよな。ただでさえ中村さんとの身長差あるんだから、威圧感を和らげろよ。


『うち、有本雪って言うんよ。どうぞよしなに。中村さん』


 都内生まれ都内育ちなのに、エセ京都弁っぽく話すのはやめろ。すぐに作ったキャラは、秒で崩壊しそうだ。あまりのぐだぐださに、目も当てられん。

 駄目だぁー。春休みは家でアニメを見まくっていたから、家族以外の人との距離感が分からなさすぎる。


 コミック派の俺に、本誌のネタバレを話そうとするおかん。映画を見に行く約束をしたにもかかわらず、会社終わりに公開初日レイトショーへ滑り込んだ親父。有本家には、反面教師しかいねぇのかよ。


 脳内で中村さんとの会話のデモンストレーションをしていた俺の耳に、か細い声が聞こえた。


「あの。有本雪さん、ですよね。私は中村紅葉です。先頭を任されたお仲間ですね、私達。担任の先生が先頭に立つ訳じゃないので、緊張しません?」


 秋の涼しい空気より、春の眠気が似合う声だ。縁側で丸くなる猫が脳裏をよぎる。ヘアゴムに紅葉の飾りをつけていたら、一発で覚えられたのに。視覚的に分かりやすくないのは、三次元とは違うところだな。


 感慨にふけっていた思考が急停止する。中村さんの口から、聞き捨てならない言葉を聞いたような。


「てっきり先生が、座る場所まで誘導してくれるもんだと思っていたんだけど」

「体育館に入ったら、誘導してくれる先生はいるみたいですよ。二手に分かれる指示を出すくらいなので、みんなが無事に座れるかどうかは先頭の私達にかかっています」

「プレッシャーかけんなよ」

「ごめんなさい。悪気はなかったんです。緊張をほぐせたらいいなって」

「そりゃ。素の自分がうっかり出るくらいには、緊張はなくなったけどよ」

「入学初日で友達が一人できるなら、安い対価だと思ってください。雪ちゃん」

「雪でいい。ちゃん付けされると悪寒が走る」

「奇遇ですね。私も同じです」


 同じなら、人様の嫌がる呼び方すんなよ。

 眉を歪ませたが、俺の表情筋は嘘をつけそうにない。お祈りした効果がこんなに早く出るなんてな。気楽に話せる奴ができてよかったぜ。

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