第16話 すっきりしない
文化祭のパンフレットにはスタンプラリーのページがあった。文芸部の脱出ゲーム、天文部のミニプラネタリウム、茶道部のお茶席、美術部の展示を楽しみつつ、半分以上のスタンプをゲットした。
「美術部で思ったより時間を取られたな。オリジナルの絵もすごかったし、ファンアートから伝わる原作への愛情に感極まっちまったからな。なかなか次の絵に進めなかった」
『俺も気に入った絵は見るのに時間がかかるから、雪がゆっくり見る人でよかったよ』
おいおい、柊さんよ。俺と価値観が一緒で落ち着くと言わんばかりに、ぴとっと肩をくっつけてどうしたよ。ロップイヤーの耳とモコモコのレッグウォーマーのコンボで、すでにもふもふしたい気持ちでいっぱいだというのに。そんなに撫でられたいのなら、思う存分愛でてあげようか。
そっと伸ばしかけた手は、空腹のサインをかき消すために使ってしまった。タイミングが悪いことこの上ない。すぐに手でふさいだから、しぼんだ風船みたいな音を半減できたはずだ。
『残りのスタンプ、テントの方にあるみたいだね。ついでに腹ごしらえもする?』
「食べる!」
即答した俺の頭を、柊が撫でる。ぽんぽんと二回。
俺が柊にやってあげたかった動作を、どうして俺にするんだよ。
年の離れた妹や親戚の子じゃあるまいし。甘やかすんじゃねーよ! 恥ずすぎて毛根が死滅しかねないぞ。
柊の綺麗な手で触れられたいとは思ったけれども。実際にされると、心臓をじかに掴まれるような恐怖を感じた。こんなにファンサしてもらって、俺は今日死ぬんじゃなかろうか。まだ六月に入ったばかりなのに、幸せの上限が早々に到達した気がする。
柊の口角はいつも通り動いていない。それでも、たくさんのハートマークがぽわぽわ浮かんでいるようだった。俺のことを微笑ましく思うくらい、女装メイドの疲労が溜まっているのかもしれない。
「可愛いな。雪は」
とうとう幻聴が聴こえるようになったか。聞き間違いにしては、俺に都合がよすぎるもんな。じゃあ、俺を見つめ続ける柊のつぶらな瞳は、どうやって原因を説明すればいい? 俺の後ろを見ても、誰もいないのに。
「そっ。そ、そそそれを言ったら、柊だって! 俺の何倍も可愛いからな! 女装も、初期衣装も」
初期衣装って何だ。普通に学ランって言えばいい話だろ。
アイドルものの乙女ゲームをやり込んだ影響で、思わず口走ってしまったのかもしれない。きゅうナイ以外のゲームをプレイしていなさそうな柊に、ちゃんと伝わったかな。
「もしかして制服のこと? 公式の設定集とか、キャラのプロフィール欄とか、読み込みすぎじゃない? オタクっぽいとこ、素で出ちゃってるよ」
「生温かい目やめろ」
違うんだよ。ちょっと抜けてて可愛い女の子アピールがしたいなんて、一ミリも思ってねーから! 天使の微笑みを俺に向けないでくれください。
大きな溜息をついた。ばたばたと手を振る俺は、きっと見苦しい姿を晒しているに決まっている。
「そこは、同じオタクのよしみでスルーしてくれよ」
『えぇー? もったいないよ(つ ÒㅅÓ)つ』
その可愛い顔文字を、今すぐやめさせてやろうか。
「混まないうちに行くぞ」
俺の手は、ほっそりとした手首を掴んでいた。わずかに柊の目が見開かれる。
あっ。俺が掴んでいるの、スマホを握っている柊の手だ。ほんの少しだけ罪悪感を覚えたものの、柊も俺の頭を触ったからお互い様だと思い直した。友達なんだから、これくらい許容範囲じゃねーの?
柊からの文句はないままテントに着いた。
嫌なら振りほどくよな。そんなに強い力で引っ張っている訳じゃないし。
だいぶ時間が経ってから、柊が怒っていないか心配になる。
様子見のために手を離し、興味のある看板を指差した。
「やっぱ屋台のたこ焼はマストだよな」
『だよねー。並んでもいいかな(人´ω`*)』
よかった。機嫌を損ねてはいないらしい。
「あぁ。並ぼうぜ」
行列が長いほど、熱々のたこ焼きは旨味を増すだろう。期待が大きかった分、買ったたこ焼きの食感に首を傾げた。
何か冷たいな。シューアイスかよ。生っぽくはないから、たこ焼き器で冷凍したものを温めているんだろうな。しゃりしゃり食感にがっかりする。俺のだけクオリティ悪くしないでくれよ。
恨めしげに、横の柊のパックを盗み見る。
「おいおい、柊のめっちゃ焦げてんな。苦くないか?」
明太子ソースがかかっていても、表面の黒さは隠しきれていなかった。こっちは火力強いんかい。
『文化祭のクオリティだとしょうがないよ。値段も二百円だったし(っω<`。)』
残っていた柊のたこ焼きを、自分の爪楊枝で刺す。
「あむ」
『おばかっ! すぐにぺっしなさい! この容器でもいいから(ノシ *,,ÒㅅÓ,,)ノシ』
にっがっ! 焼肉で黒焦げになった野菜よりも炭だ。
よく嫌な顔せずに食べたな。我慢大会は中止だ、中止!
「ちょっと待ってろ。訴えてくる」
『ややや。そんなことしなくていいよ(´×ω×`)』
「俺が許せねーの! 柊と一緒に食べた最初のものが、不良品とか。ほかのお客さんに出されたら困るし、俺のバイト先はたこ焼き屋なんだよ。ガツンと言わなきゃ気が済まねー!」
たこ焼きを売っていたクラスの前へ行き、カワボに切り替える。
「ちょっと! ここで買ったたこ焼きが、冷たいまま提供されてたんだけど! 連れは炭を食べさせられて、体壊したらどーしてくれるの!」
店番をしていた生徒達は、クレーマーにどよめいた。
「目の前にメイラおる!」
「まだアニメ化が決まっていないのに、実写が先に来てるんですけど!」
俺の見た目のせいで話が進まないなんて、嬉しいけどストレスゲージが最大まで上がりそうだ。
「ごめんなさい! 失敗しちゃった分はクラスで食べる用に分けていたんですけど、お客様にお渡しする分と混ざってしまったみたいで……できたてのたこ焼き、よかったら持って行ってください! お代は受け取りませんから」
話が分かる人がいてよかったぜ。
「客にわざと食べさせようとした訳じゃないならいいのよ。次から気をつけてね」
「ひゃー。ありがとうございます! メイラ様!」
「あと、お急ぎでなければ、なんですけど」
「写真撮って、くれます、かっ?」
コスプレしてない一般人なのに、需要あるのかよ。
ブツは手に入ったし、注意喚起できたからいいか。ちょっとくらい。
「たこ焼きが冷めないうちに頼む」
「もちろんです! 撮りたい人早く集まって!」
「間近で見ても可愛い~!」
おい。どこ触ってやがる!
腕を組んだどさくさに紛れて、変なところを揉むな! くすぐったい!
同性だろうが節度を守ってくれよ。アイドルの握手会で剥がしのスタッフが必要な理由を、身をもって体感した。
撮影が終わった瞬間、柊のもとへ走り出した。いざ行かん。俺を傷つけない世界へ。
「しゅ~う! お待たせ~! 勝ち取って来たぞ~!」
俺がたこ焼きを渡すと、通りすがりの女の子が振り向いた。
「柊……くん?」
「
どちら様?
柊の彼女とか? 今まで恋愛事情は聞いてこなかったけど、付き合っている人がいないとも限らない。
俺は見つめ合う二人を見て察した。
もしかして、ラブコメとかですれ違いを起こす展開が来ているんじゃ? 俺はただのオタク友達だって説明しとかねーと。
そう危機感は覚えたものの、何かすっきりしない。ただの友達とは呼びたくなかった。親友でも神友でもない呼び方を求めていることだけは、強く感じた。
柊にとって俺は、グッズを交換したり、推しのイベントに同伴したりするだけの関係性のはずだ。柊のプライベートまで口出しする権利はないことくらい、理解できている。だが、柊のポーカーフェイスが再会に喜んでいないことは、まだ柊歴の浅い俺でも分かった。
女装姿を知人に見られて固まっているだけかもしれないけど。
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