第13話 大事なお仕事

「二人で回る前に、大事なお仕事が残っているよね。きーちゃん」


 汐亜の言葉に、俺と柊は首を傾げた。意図を汲んだ紅葉が当てる。


「雪ったら。まだ注文したものが届いていないでしょ。メイドの教育がなっていないんじゃないの?」

「きーちゃんは何も悪くないだろ。はややって奴も、紅葉の彼氏さんが下がらせたんだし。その展開の持っていき方は無理矢理すぎるぞ」


 メイドのあんな姿やこんな姿を見たくないと言ったら嘘になる。それでも、友達としてのボーダーラインは守りたかった。変な想像をしたことへの謝罪会見が開かれる前に、仕事してくれよ、俺の理性。


「何を想像したのかは知らないけど。お絵描きクッキーを注文すると、メイドがチョコペンで描いてくれるらしいわ。せっかくきーちゃんが戻って来たんだから、きーちゃんに描いてもらいなさいよ」


 普通に一般誌に載る内容だったか。早とちりしたのが恥ずい。光の速さで対応した。


「そうだな。お願いできるか? きーちゃん」

『普通のペンではないので、上手に描けるかは保証できません。ですが、お嬢様のために腕を振るいますねᕙ( Ò - Ó )ᕗ』

「いやいや。力入れすぎだって」


 真顔で肘を曲げる顔文字がツボに入る。


 注文していた品を運んだ柊は、真剣な眼差しでチョコペンを手に取った。


 いざ尋常に勝負。そんな心の声が聞こえそうだ。迷いなくチョコペンを動かした柊を、無言で見守る。


 柊はサムズアップを作り、完成を知らせた。


「おぉー! クッキーの丸い形を活かして、丸まったロップイヤーを描いてくれたんだな! 眠そうな目と、夢の中でもぐもぐしてる口が可愛いぞ」

「あっ。紅葉お嬢様ったら、写真なんか取らないで。早く食べてよ」

「いいじゃない。汐亜画伯の絵、元気になれるから好きよ」


 一瞬だけ汐亜は笑顔を浮かべ、唇を尖らせる。


「それ、褒め言葉じゃないからね?」

「えー? こんなに素敵なのに。雪はどう思う?」


 惚気話に巻き込むなよ。

 とはいえ楽しそうな紅葉の顔を見せられたら、文句は言えない。友達として、真剣に向き合ってやるか。


 たぶん猫型ロボットを描いたのだと思う。老若男女に愛されたキャラだから何となく推測できる。どちらかと言えば、初期のデザイン寄り。ただし、似ているとは判定しにくい。むしろ、似ているなんておこがましいレベルで下手だ。


 俺の評価をありのまま伝えよう。甘やかすのは紅葉に任せた。


「こんなに髭は多くねーよ。白目も怖いな」

「汐亜……練習の意味ないじゃん。せっかく昨日、俺が描き方を教えてあげたのに」


 柊がくすりと笑った。ほんの少し柔らかな空気を漂わせて。


 それを見て、胸が痛んだ。尊さから来る痛みではない。寂しい感情が多く含まれていた。


 俺以外が柊の声を出させたせいなのか? それとも、笑わせたから? おいおい、どれだけ器が小さいんだよ。

 

 俺には見せない笑顔を、友達の汐亜は簡単に引き出せる。それくらいで嫉妬すんじゃねーよ。毎日会う汐亜と、LIMEやツブヤイターのやりとりが多い俺で、好感度に大きな差が出るのは当たり前だろ。いや、分かっていても、現実を突きつけられるのはつらいのか。


 だーっ! くよくよ考えるのはガラじゃねーだろうが。


 紙コップを勢いよくあおる。


 はぁ……初恋の溜息ソーダなんて、大層な名前をつけやがって。恋を知った乙女が飲むならともかく、可憐さとは縁のない俺にとっては甘すぎる。ロップイヤーが似合う子になりたかったな。


 俺も描いてもらったクッキーを画像で残しておくか。


「きーちゃんが描いてくれたクッキー、可愛すぎて食べるのがもったいないな。どこからでも目が合うしよぉ……」

「一思いにいきなさいよ」

「もう食ってやがったのか?」


 汐亜の描いたクッキーは、何枚も撮られた後で紅葉に食べられていた。

 ちょっとくらい悩みながら食べてほしかったぜ。


『ぜひお嬢様に召し上がっていただきたいです。目が合うのがお嫌いでしたら、裏返してみてはいかがでしょうか(ᐢ' 'ᐢ)ᐢ, ,ᐢ)』

「その手があったな。どう見ても一口で食べられない大きさだから、割って食べようかとも思ったけど。きーちゃんの案を採用するよ」

『お褒めいただき光栄です(≧▽≦*)』


 柊はクッキーを持つ。


「俺がしっかり手で支えていますから、どうぞお召し上がりくださいませ」

「ひゃう」


 どわああぁー! 俺らしくないったらありゃしない! 腹から声が出てねーぞ!

 正気を保て。乙女ゲームをプレイしていたとき、暗くなった画面に映った自分の情けねー面で、死にたくなる気持ちを思い出すんだ! ふー、ふー、ふうぅー!


 あっぶねー! 三途の川が見えかけたわ。お嬢様を殺すメイドさんは、天使なのか悪魔なのか分からなくなりそうだ。


「……きーちゃん、そんなサービスなかったよな?」


 クレープのときとは似て非なる状況だ。あのときは互いの視線がクレープに向けられていた。今は柊に見つめられながら、食べ切らなければいけない。紅葉や汐亜も、ほかのお客さんだっているのに。どんな羞恥プレイだよ!


「ないよ。だけど、俺が作ってもいいよね」


 ごもっともだよ! ご褒美にしかならねーし、録音して何回でも聞きたいセリフだったけれども!


 メイドさんに翻弄されるお嬢様は、される側じゃなくて見る側になりたかったんだよ! さっきから、面白がって観察する紅葉の視線が気になってしょうがない。汐亜も汐亜で、俺のことを微笑ましく思っていそうでくすぐったい。


『雪が嫌なら、はっきり言って。無理強いはしたくない(´×ω×`)』


 ぐいぐい来たと思ったら、画面の会話を一旦挟む高等技術。確かにメイドの教育がなっていないのかもな。お仕えするという立場を、その身に深く刻んでもらわねーと。

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