第11話 とんでもない奴だぜ
こんな状態で供給されたら、バグった体がどんな不具合を出すか分からない。どんな手を使ってでも、柊を止めないと!
だが、無情にもボイスありで再生されたのだった。
「雪が来てくれるおかげで頑張れるよ」
「っ~~~!」
頭を撫でられながら言われたかったとは、かけらも思わない。そんなことをされたら、床にうずくまって動けなくなる。ただでさえ、もにゅもにゅ揺れる口角を必死で抑えようとしてんのに。
せめてもの救いは、口の中が空だったことだろう。柊の顔目がけてコーラを噴射せずにすんだ。白いシャツについたら大惨事だからな。人が一回口に含んだ液体なんて、最悪なことこの上ない。まったく、とんでもない奴だぜ。柊は。
両目に恨みを込めつつも、抗議のために出した声はしぼんでしまった。俺がダメージを負ったのは、柊の声以外も原因になっていたせいだ。
「ナナカを見つめるときの表情で、俺を見るんじゃないよ……」
俺なんかが溺愛されるなんて、分不相応だっつーの。
照れくさくなってポテトを摘まむと、柊は小首を傾げる。
「そんな顔してたかな? ごめん、無自覚だった。雪といるの、落ち着くからかな? ずっと見てられる」
何が「落ち着くからかな?」だ。あざとい疑問符の付け方で、普通にオーバーキルしてんぞ。
「俺にそんな癒し効果はねーよ! 柊の方が尊いわ」
「……そう? かな?」
はい、優勝。庇護欲を掻き立てられる前髪の引っ張り方選手権があったら、間違いなく優勝だ。
「どうしたの? 右目がうずく?」
好きで中二病ポーズをしているんじゃねーんだよ。こうしないと正気を保っていられないんだ。
「あぁ。邪気眼を持つ者ゆえの宿命だな」
「とうとう奴が来たのか……!」
口数の少ない柊が、俺の設定に合わせてくれるのは意外だった。
「ノリがいいのは好きだぜ」
『ノリがいいというか、つい条件反射で……そうだ。買取の代行をしたときのお金。渡しそびれていたから今渡すね(つ ÒㅅÓ)つ』
俺に封筒を差し出した柊は、また画面上での会話に切り替える。俺の心を掻き乱しておいて、勝ち逃げするのかよ。けしからんイケボめ。
とはいえ礼は述べておく。
「臨時収入あざざます」
『いいの。いいの。こういう金銭的なことで、トラブルを起こしたくないからさ。ちゃんとしときたいんだよ(*´∇`*)』
可愛い顔文字に一息ついてから、俺は自分の提案を前言撤回した。夕方まで維持できないのが悔しいな。朝令暮改の意味に当てはまるけど、何か負けた気がする。
「やっぱり予告はなくていいわ。事前に言ってくれたら言ってくれたで、破壊力が高すぎる」
「しょうがないなぁ」
秒でイケボが襲来するとは予想外だ。屍がようやく蘇生できたってのに、むごいことをする。だが、俺に怒りはなかった。悟りを開いた訳じゃない。語尾に載せた溜息のかかり方が胸を締めつけて、それどころじゃなかったんだ。
「その言い方……! 余裕たっぷりなお兄さんキャラが言いそうなセリフじゃんか……」
「好きなんだ?」
「ノーコメントでお願いします」
図星と捉えられてもいいが、柊に新しい武器を与えるのだけは避けたかった。
俺の初恋は、二次元の年上幼馴染キャラだった。もし柊がそのキャラに寄せたセリフを言えば、忘れていた気持ちに火がつきかねない。
俺は柊からもらったラバーストラップに、目線を落とした。
摘まれたユイリィみたいに、俺も柊の手で揺らされているのかもしれないな。
俺だって、たまには柊を翻弄させてみてーなぁ。せっかくだから、文化祭のときにちょっとだけからかってみるか?
そんな野望を胸に、柊の文化祭に乗り込んだ。サマーニットとジャンパースカートの、カジュアルで綺麗に見える格好で。
普段は着るものにこだわっていないけど、柊のオタク友達がダサいと言われるのは癪だからな。ほどほどのおしゃれくらいは、俺にだってできる。ファッション雑誌に、アニメとのコラボクリアファイルが付録についていたおかげで。
学校に入ろうとしたとき、見知った顔が横に並んだ。
「何で紅葉も俺について来てるのかな?」
柊の文化祭に行くことは、話していないはずだった。
スカートでさえ膝を見せない紅葉が着ているのは、丈の短いワンピース。元気の出るオレンジ色に、大きな水玉模様が浮かんでいる。いつもは色のついたヘアピンを装備しないのに、重ね使いしている気合いの入れよう。そんなに俺と出かけたかったのか?
紅葉は俺の頬をつついた。
「仕方ないでしょ。目的地が同じなんだから。雪が来てる方が驚きだわ」
「中学のときの友達が通ってるのか?」
「友達じゃないわ。彼氏よ」
「へぇー。彼氏かぁ。……かっ、かれしぃー?」
紅葉に彼氏がいたのかよ。初耳なんだが! 惚気話を毛嫌いするから、てっきり付き合っていないものかと思っていたぞ。
目を見開く俺に、紅葉は肩をすくめた。俺の反応が大げさとでも言いたげだ。
「そ」
動揺しまくりの俺と違って、肝が据わっているなぁ。おい!
「紅葉さん。一体いつからお付き合いを?」
「雪と出会う前からよ。別の高校になってからはあんまり会えてないし、連絡も毎日してる訳じゃないけど。だから、甘々な恋バナは期待しないでちょうだい」
「全然知らなかった」
「訊かれなきゃ答えないわよ」
「どこぞの魔法少女のマスコットもどきみたいなこと言ってら」
「すぐアニメにたとえるのは雪らしいわね。それで? 雪は誰に会いに来たの?」
「ラギさん……いつも俺の推し活に付き合ってくれてる人だよ」
「あぁ。三次元にも実在した、至高のイケボ高校生ね」
なぜ紅葉が柊のイケボを知っているのかというと、俺が教えたからだ。柊の声を初めて聞いた日の夜、興奮を共有したいあまりに紅葉とビデオ通話していた。似ている声優さん当てクイズで盛り上がったものだ。そのせいで、紅葉の頭の中ではだいぶ美化されている気がする。
「それ、ラギさんの前で絶対言うなよ。紅葉みたいな可愛いツインテールから褒められて、有頂天にならない訳がない。イケボが大盤振る舞いされたら困る」
「本音はちっとも困ってないくせに」
「いや、困るんだって。柊の声を聞くと、すぐに召されちゃうから」
ありがたい供給に、ひれ伏したいところではある。俺が懸念しているのは、理性を保てずに見苦しい姿を晒すことだ。自己肯定感が低いオタクは、自分が崇められる存在だとは微塵も思わない。「ふざけないでよ、雪」だなんて低音イケボで見下されることもありうる。嫌われたままでいいから罵ってほしいと、条件反射で答えるなよ。俺!
「いいじゃない。癒されるものがあって。ちなみに、今日の私は召されるつもりで来ているわ。こんな企画を立てられたんじゃあね」
紅葉がパンフレットを指差した先は、柊のクラスだった。
「ラギさんと同じクラスだったのか? あの衣装を着させられていたら災難だな。紅葉の彼氏さん」
いくらコスプレしてみたい人がいたとしても、初心者にはハードルが高すぎる。
「案外、発案者な気がするわ。『二次元みたいな衣装をクラスメイトに着させる、千載一遇のチャンス』とか言いそう。『女の子の気持ちを知ってもらうには、女の子の格好をさせるのが手っ取り早い』なーんてこと、本気で信じちゃいそうなところがあるもの」
「彼氏のそういう格好、紅葉は平気なのかよ」
「手を置く位置が分からなくて固まってしまうところとか、女子以上にスカート丈を気にするところとか。普段の格好だと見ない仕草には、一億点あげちゃうわ」
それは分かる。太古の昔から、人類はギャップ萌えに弱いのだ。遊び人が本命に奥手だったり、番長が好きな子だけにデレたりするところとか。文字だけでテンションが上がってくるぜ。
ほうっと溜息をついた俺と紅葉は、表情を引きしめる。
「覚悟はいいな?」
「えぇ。行きましょう」
いざ、墓場へ。
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