幕間
幕間1 冷静そうに見えて(柊side)
文面にした方が、言葉は気軽に出てくる。顔文字を入力した後の画面は、心なしか音符マークが踊っているように見えた。無理に声を出す必要なんてない。
そのはずだったのに。封印していた声を、雪の前であっさりと解禁してしまった。
それだけ雪と話すのが、楽しいんだろうな。戸惑った雪の反応を思い出して、俺はほくそ笑んだ。
「ずりーぞ! 俺だけドキドキさせられて! 柊はなんでそんなに余裕そうなんだよ!」
本当に余裕かどうか、触って確かめてみる? 雪に触られたら余計鼓動が早くなりそうだから、参考にできないかもしれないけど。ポーカーフェイスの下には、雪と同じくらい動揺している男子高校生がいるんだよ。
思い浮かんだセリフは、恥ずかしくなってお蔵入りにした。
それにしても、実況のように、感情をストレートに伝えてくるのは反則だ。普段は、本音をマスターに言えないナナカのモノローグだけで悶えている人なんだよ。真っ赤になりながらストレートで攻めるヒロインに、耐性がある訳がない。きゃんきゃん吠えるところが、ご主人思いのわんちゃんみたいで癒されるなぁ。瞬きした回数だけ、連写できたらいいのに。
あと五日は学校に行かないと、雪に会えないのがつらすぎるよ。同じ学校だったら、昼休みにも会いにいっていた。憂鬱で仕方がないけど、どうにか頑張ってみせる。
雪と会う前の俺は、ツブヤイターのタイムラインが命綱だった。ナナカのファンアートにいいねと拡散ボタンを押し、特に気に入ったものはスクショで保存する。絵だけはどうしても書けない俺にとって、公式以外からの供給は神の恩寵に等しい。
メインストーリーや外伝、イベントでさえナナカは陰を潜めていた。親しくなった人にきゅうナイを勧めてみても、別のキャラに惚れられてしまう。ナナカが可愛いことに共感してもらえても、一番推せるキャラに選ばれないのは悲しい。
それでもナナカ推しにならない人を、恨むことはなかった。俺の拙い言葉で、簡単に推し変してもらえるとは思っていない。語彙力を鍛えるために、ツブヤイターでナナカのよさを発信し続けた。
『ぶっ壊れ装備をナナカにつけてみたら、一人だけ生き残って最難度ステージもクリアしてくれた! 回避と俊敏のステータスが高いから、ほかの味方が倒れるような即死攻撃も耐えられるんだよね』
周年記念アップデートでレベル上限が解放されてから、ナナカは扱いやすくなった。ほとんどのプレイヤーが育成を止めてしまったキャラにも関わらず、日の目を見させてくれる公式に頭が上がらない。恩恵を広めるために、連投してしまった。
『初心者装備だと、防御が高くないナナカは編成しづらいキャラかもしれないけど、育成しておいて損はないよ! 最大強化したときのボイスは、寿命が伸びる。絶叫も止まらなかった』
ツブヤイターを使っていくうちに、ここもストレスが生じる場所だと分かった。
初対面の相手に「気になったからコメントしてみた。ぷろふみて~」と送られるのは腹が立った。年下の俺を気遣って砕けた文面にしたとしても、近すぎる距離に嫌悪感しか抱けない。文面に関係なさそうな食べ物の絵文字も、頭が悪そうだとしか思えない。
実際に会ってみたら、印象が変わる可能性はある。ただ、今の俺には、SNSを通じて仲よくなったのは雪だけでいいという気持ちが強い。見ず知らずの人のピンチに、駆けつけてくれたヒーロー。雪を越える人は三次元で出会えないと思う。
雪と比べて俺はパッとしないけど、いつかかっこいいって言わせたいな。
一緒にクレープを食べに行こうと、誘える勇気はなく。連絡より先にクレープ屋に並んでいたという体で、雪が来るのを待っていた。我ながら、全然スマートじゃない。雪がクレープを頬張ったときの、心の声はうるさかった。
待って、待って! 雪の持ち方が可愛いすぎる! がっついてクレープを食べてくれるなんて、俺の好感度が低くはない証拠だよね。それなりに心を許してくれてるって、認識してもいいのかな。嬉しいけど、そんな無防備でいいの? 口元にクリームがついちゃっているし。
クレープ屋コスチュームバージョンのナナカを見たときと同じくらい、テンションの起伏は激しかった。
はぁ……。一口ちょーだいっ、なんて。めっちゃ青春してるよぉ。中学卒業したときの俺が見たら、ひっくり返りそう。
仲よく分け合う絵面は最高だ。百合アニメでよく脳を焼かれたっけ。可愛い子に餌付けしたときにしか、得られないときめきがあるんだよねぇ。俺目線の雪、すごい可愛い。でも、雪目線の俺は同じくらい供給をあげられているのかな。冷静に考えたら、間接キスを強要しているみたいじゃない? ただしイケメンに限るって、テロップが入る奴……それなら俺に下心があるって誤解されちゃうんじゃ。
はわわ。通報される前に、雪の記憶を何かで上書きしとかなきゃ。クリームを指で拭ってあげるのは、セーフかな? 確か、前に見たアニメで……。
記憶を頼りにやってみると、またもや雪の素が見られた。
「あり……がとよ」
頼られ慣れてない、不良ちゃんの照れ顔かな。この反応も眼福だよ。
語彙力が著しく低下した俺には、また会う約束を口頭で取りつけることはハードすぎた。
臆病な自分に苛立ったことはあったものの、自然体で声を解禁できてよかったかもしれない。
満足げに、両手にリボンを持った。雪にあげると約束したロゼットを、帰宅してすぐに取りかかり始めていた。
こっちの色の方がいいかな。瞳と同じ赤系のリボン。それとも淡い髪に合うスカイブルー?
棚から出したリボンを、缶バッジの下に当ててみる。ユイリィのイメージに合うのは、炎属性に因んだ暖色だ。雪もそう思っているからこそ、冒険させてあげたくなる。
ひとまず、作業中のBGMがほしい。動画投稿サイトを開くと、よく聴くチャンネルの新着動画が上がっていた。リアタイで聴けなくても、アーカイブに残してくれるのはありがたい。いそいそとイヤホンをつける。
ゲーム実況者、ああああ。アクションゲームやリズムゲームを中心にプレイしていた。特に上げている動画はきゅうナイで、関連動画は事前登録のころから投稿していた。「ガチャチケット一気に千枚引いてみた」「初心者おすすめアタッカー十選」のほか、新章の最終決戦をいち早く攻略し、解説に取り組んでいた。
「特殊攻撃時に攻撃力アップのバフがかかるので、速度低下のデバフを付与する必要があります。たった三パーセントのバフでも、累積するとかなり厄介なんですよ」
分かる。アタッカーを編成しすぎて幾度となく痛い目を見てきた。
「回復にMPを割かれると、通常攻撃だけで削るのは効率が悪くなります。アイテムを使ってコンテニューし続けなければ、長期戦のクリアは難しいですね。倒れる直前でスキルを選んで全体回復させる、ゾンビ戦法に賭けるしかありません。ただし出先でのプレイはご用心を。接続が悪くなって、途中の戦闘データが保存できないことも起こり得ますからね」
MPとHPのゲージを見ながら裏技で攻略するのは、かなり精神力を使う。だから、四時間粘った結果ゲームオーバーになった日には、画面を叩き割りたい怪物が爆誕してしまうのだ。
動画の感想は、直接本人に伝えた。
『
「復刻ガチャが来ないとチャレンジできない動画を上げても、全然参考にならないからね。スキルを選ぶタイミングに注意すれば何とか攻略できる動画の方が、みんな助かるでしょ?」
『すごくありがたいよ! 控えめに言って神だね(人´ω`*)』
プレイヤーが求める動画について、しっかり考えられている。なのに、そんな人が「しあ」にちなんで四つの「あ」を並べたネーミングセンスの持ち主なんだよね。いまだに同一人物なんて信じられない。オンとオフを切り替えているからこそ、ちょうどよくストレスを発散できているのかな。ずっと神経質だと、体の毒だもんね。
『別人に憑依できるのすごいね。何も知らないまま配信を聴いて、汐亜だって特定できる人はいないんじゃないかな٩(>ω<)۶:.。』
「たまには可愛い以外の声を使ってあげないとね。いつ使ってくれるのかって、寂しがっちゃうもん」
あざとい。
俺が同じように言っても、汐亜みたいにはなれない。普通に話しただけで、茶色いなにがしと遭遇したレベルの叫び声を上げられるだけだ。
「そういえば。柊が学校に来るの、いつもより早くない? 深夜アニメをリアタイで見て、そのままオールでもしたの? 目が充血してるよ」
『ロゼットを大量生産してたんだ。フリルをたくさん見すぎて、可愛さに召されるかと思ったよ(*´艸`*)』
「好きだよね、手芸。既製品のロゼットもあるのに、わざわざ縫って作るのすごいよ。ちなみに、この前に僕がお願いしてたポケットティッシュケースの進捗はどうなったの?」
『心配ご無用。もちろん完成させているよ(つ ÒㅅÓ)つ』
携帯用に作った布製のケースを渡した。スナップボタンで開け閉めが楽にできる。汐亜の好きなキャラが着ていた衣装をイメージして、生地選びやビーズ刺繍にこだわっていた。カバンの中でもみくちゃにされても大丈夫なように、ほつれ止めも完璧にしてある。
いわゆる概念グッズである。こっそり推し活をしたい人や、さり気なくアピールしたい人には、スチームパンクが好きだとカモフラージュできて重宝する。
納品に満足した汐亜の顔は、紙袋の中身を見てさらに溶けた。
「セスナ兄さん……っ! おめかししてスーツなんか着ちゃって、どーしたん? いつも汚れたツナギとガスマスクで、目元しか素肌を見せて来なかったのに。手けだるげだった兄さんが、オールバックでガラッとイメチェンしたねぇ~。紫のメッシュ、ふつくしくて優勝だよぉ~! ちょっと落ちちゃった前髪もよき。僕が直してもいいかな?」
汐亜は缶バッジに描かれた前髪をなぞる。
その動作、あと七回はするつもりなのかな。セスナが験を担いでいる回数になぞらえて。
実装されてから初めて袖を通した周年衣装に、はしゃぐ気持ちは分かるけどね。俺もナナカが白と緑以外の衣装を着たときは、呼吸が止まりかけた。ゆるふわウェーブのいつもの髪は、大人っぽい赤いドレスに合うようにアップでまとめられていたんだよね。オフショルダーでちらみせした肩と首の白さが、目に焼きついて離れなかった。思い出しただけで、くらくらしてきちゃいそうだよ。
「しゅ~う! 僕への貢物をいっぱいくれてありがとう。おかげで祭壇が華やぐよ~」
『どういたしまして。喜んでもらえてよかったよ∑d(≧▽≦*)』
汐亜は大きな溜息をついた。
「でも、もったいないなぁ。セスナ兄さんの魅力に嵌ってくれない美的センスが、不憫でならないよ。残りの人生、損しかないって。セスナ兄さんのよさが分かるまで、一週間ぐらい閉じ込めてあげようか?」
『温度差が激しくない? 急にハイライトが消えて怖いよぉ(´×ω×`)』
闇の深いキャラクターが好きな人は、ときどき取り扱いに困る。闇堕ちしてないで、戻っておいでよ。セスナを引き当てたのが雪だってこと、話さないでおいて正解だったなぁ。何が起きても話さないもんね。
「そうだ。決まってなかった例の企画は、あれにしよぉっと。あの子も喜んでくれそうだし、汐亜ってば天才! 柊にしかできないことがあるから、文化祭当日は休んじゃ駄目だからね?」
私利私欲をクラス企画にぶつけないでくれるかな! 資材運びなら頑張るけど、俺にしかできないことって何? 自分から質問して、やる気があると誤解されるのも怖いよ。
必死で汐亜のもくろみを止めようとしたものの、行動力に目覚めたオタクの鋼のメンタルは、歯が立たなかった。
助けて、ゆきぃぃぃっ! 生贄にされるよおぉっ!
【幕間1 冷静そうに見えて(柊side) 了】
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