第19話 本当に俺と同じオタクか?
喜びあまって憎さが倍になっている俺を、柊が優しくなだめる。
『フルーツときびだんごが美味しい県だね。あと、天気がよさそう(*´∇`*) 』
「それな。いいところではあるんだよ」
開催地の県はそれなりに好きだ。「天空の山城」と呼ばれる備中松山城や古い街並みなど、景色の綺麗な観光スポットは多い。B級グルメも充実しているしな。俺が問題視しているのはイベントの時期だけだ。
「きゅうナイ展が始まるのは、お盆よりも前なのか。もう少しズレてくれたら、帰省のタイミングと重なるのに」
『おじいちゃんおばあちゃん家、岡山なの?』
「いいや、広島。目と鼻の先だろ」
『隣の県だから、東京よりは近いよね。だったら初日に行くのは我慢して、少しでも交通費を浮かせたら? 帰省したときに行っても、まだ間に合うよ∑d(≧▽≦*)』
俺の財布の紐を緩ませないよう、説得してくれて感謝するよ。ただ、その説得には穴がある。
「会場限定グッズが残っていなかったら、転売ヤーに膝をつかなきゃなんねぇ。それは屈辱だろ」
全国を回るイベントの場合、品数の補充がされないものも少なくない。主催者が物販購入数の制限を設けていたとしても、転売は後を絶たなかった。イベント初日の夜にフリマアプリで転売されているのを見つけたオタク達の阿鼻叫喚は、いつ終わりを迎えるのだろう。
返ってきた柊の言葉も怒りがこもっていた。
『もちろん。転売ヤ―許すまじ( #-`д-)』
睨む顔文字も、柊が使うと愛らしい。
にこにこして画面を見ていると、新しいメッセージが追加される。
『じゃあ、新幹線で雪が一人で行く? そのためのバイト代なんだよね(ᐢ' 'ᐢ)ᐢ, ,ᐢ)』
「一人で新幹線に乗れと? 家族と帰省するときはいつも車だし、修学旅行で新幹線を使うときは先生とか同級生の後を追いかけて乗車していたんだぞ。チケットの買い方も、乗り方も分からないんだけど」
ライブで一人遠征を決行する同年代がいることは知っている。だが、俺が実際にできるかどうかは別次元の話だ。
困っているときはプロに聞くべし。駅員さんに任せれば上手く進むんだろうけど、初対面の人に話しかけるのはオタクにとってハードルが高いんだ。こちとらダブったブラインド商品をイベント会場で交換するのでさえ、勇気が要るタイプの人間だぞ。同じ界隈の人に対しても、警戒心をむき出しにしてしまう。それならまだ、顔も本名も知らないツブヤイターで譲渡先を募った方がいい。
『箱入り娘だね(*´∇`*)』
うっ。否定できねぇ。
柊に今の俺の顔を見られなくてよかった。悔しそうな顔なんて、見せられたもんじゃない。もし柊が目の前にいたら、脱兎のごとく逃げ出していた。ビデオ通話じゃなくて命拾いしたな。
『まだ岡山に行ったことないんだよね。四月放送開始の春アニメの舞台にもなっていたから、いつか聖地巡礼したいとは思っていたんだけど。きゅうナイ展のチケットが取れたら、俺も行っちゃおうかなぁ。日帰りで(*n´ω`n*)』
「急に行動力を発揮するなよ。本当に俺と同じオタクか?」
アニメ全二十五話を土日で鑑賞することはあっても、思い立って日帰り旅行を計画する経験はない。すげーな。柊は。
ほへぇと口が動いたときに、名案が浮かぶ。
「だったら俺と行こうぜ! 岡山遠征! 東京駅で待ち合わせないか?」
『そして別々できゅうナイ展を楽しむとφ(-ÒㅅÓ-”)メモメモ』
おいおい、それはねーよ。人の心とかないんか?
「柊の行きたいところも回りながら、観光するに決まってるだろうが」
珍しく柊がボケるから、スルーせずに拾ってやった。すぐに既読がついたのに返信が来ない。断る文面を考えているのか不安になる。
「本当は、一人で、回りたかったのか? 俺は邪魔か?」
『からかっただけだよ! メンタルしなしなになっちゃった? ごめんねぇ、ゆきぃ~ ヨチ( * ´꒳`ノ(´^`° )ョチ︎』
うむ。苦しゅうない。
上機嫌で思ったことを伝える。
「一足早い修学旅行だな」
『二人だけなのに修学旅行って(*´ω`*)』
やめろよ、その言い方。二人きりの旅行だと意識させられるじゃねーか。
どことなく胸が苦しい。「人の心とかないんか?」とか思う奴には、皮肉な形で返ってくるんだな。サクッと致命傷をもらっちまった。
俺は今、一人で百面相をするメイラの顔ができているんだろうか。至急、鏡で確認だ。
断っておくが、自分で供給を得るためではない。柊の前でだらしない顔を見せないためだ。
◆◇◆◇
夏休みに入っても、バイトがあるおかげで昼夜逆転しなかった。昨日もバイトに出ていたが、疲れが尾を引かなくてよかった。
オタク友達と行く初遠征。前日に準備はしたものの、忘れ物がないか心配になって五回はチェックした。
待ち合わせの一時間前に来るようなへまはしない。早く着きすぎても、待合室が込んでいれば座れないからだ。体力は極力温存しておきたい。十五分前くらいが妥当だろ。ユイリィのロゼットがついたリュックサックを背負い、改札口付近へ向かっていた。
「柊はまだ来てないか……って、は? 何だよ、あの発光物」
コンクリートジャングルに、キラキラ王子様がいらっしゃる。お忍びで日本を観光していてもおかしくない風貌だ。厚みと張りのあるニットカットソーは、白いフリルブラウスに見えてきた。いくらプチプラの服を着ていても、高貴な家柄で育ったことは丸わかりですぜ。むしろ逆効果ですぞ、旦那。
ショートパンツは年下感が増すのに、膝の出るスウェット素材とピーコックグリーンで勝負してきたか。そのおかげで「見た目は子ども。中身は高校生」のフレーズが使えないじゃねーかよ。
孔雀の羽のような青緑色を選ぶとはセンスがいい。色違いで黒が売られていたら、俺はそっちを買う。人間の頭は、本能的に安定感を優先する作りになっているのだ。
マネキンコーデだとしても、柊が来ただけで価値は何倍にも跳ね上がる。対して俺のコーデはいたって普通だった。こだわりがないのが唯一のこだわりだ。小森みたいな可愛いお洋服を持っていないから、同じ体型の母と共用で着ていた。髪も手で軽くといただけ。ヘアアイロンの出る幕はなかった。俺も少しは身なりを気にした方がいいのかな。
悔やんでも今から着替えることはできない。俺にできることは、一つしかなさそうだ。思い切って柊の視界に飛び込む。
「よっ! 一ヵ月とちょっとぶりの再会だな」
上出来だな。ごく普通の友達の挨拶になっている。平然とやってのけた自分に、スタンディングオベーションの称賛を送りたい。
『久しぶり。雪、ちょっと緊張してるよね。時間通りに博多行きの新幹線に乗れるかどうか。そんなに不安なの?』
「勘のいいガキは嫌いだよ」
元ネタが分かっている者同士、原作通りの雰囲気を再現することはできるのだろうか。あるいは完成度の高いパロディになるか、笑いに走るか。柊はどう動く?
『やりやがったな! 眠れなくて徹夜しやがったな!(*≧□≦)σ』
「ふふっ。やっぱり乗っかってくれたな」
優秀すぎる返答に大満足だ。俺に遊ばれた柊は、トートバッグに手を入れる。
『まだ余裕あるけど、雪が不安なら早めに乗り場を確認する? それなら切符を支給しとくよ?』
「おぉ。一枚だけじゃないんだな」
柊に先払いしていたチケットを受け取った。乗車券と特急券の二種類だから、両方改札で通さないといけないんだな。
到着した新幹線に乗り込んだ俺達は、席にすぐ座れなかった。
こ、これは。
想定外の事態に、こくりと喉を鳴らす。
柊の指定席が、すでに座られている、だと?
事前に柊が予約したのは、三人席の真ん中と通路側の席だ。それにもかかわらず、一人の中年男性が真ん中の手すりを堂々と使っている。
アイマスクを取り出しているところから、すぐに寝るつもりなのだろう。出張でお疲れの会社員にとって、移動中は睡眠に充てられる貴重な時間だ。起きているうちに声をかけておかないと。
親と同じくらいの年代の人なら、扱いの心得は多少ある。どいてもらうために、俺は低姿勢を見せた。
「すみません。ここ、自分の席なんです。失礼だとは思いますが、この席で合っているか確認していただいてもよろしいですか?」
「は? 僕の席ですよ。あなたが間違えているんじゃないんですか?」
ふんぞり返るな。てめーがすぐチケットを確認してくれれば、解決する話だろうが。
即座に応じてもらえないのは、俺の金髪のせいか? 面倒な客にねちねち言われたと、ツブヤイターに書かれる未来が想像つく。こいつの説得はあきらめて、後ろにいる柊からチケットを借りるしかなさそうだ。
俺が口を開く前に、イケボが耳朶を打つ。
「俺と一緒に見ませんか?」
見る。夕日でも星空でも。
涼やかな柊の声は、少女漫画のワンシーンみたいだった。俺越しに不届き者の心臓も打ち抜かれる。両耳を抑えているが、一足遅かったな。俺は耐性がついてきたから、即死には至らなかった。
当の本人は、口説き文句のつもりで言っていない。チケットを握ったまま、きょとんとしている。
怖い怖い。イケボは何を言ってもときめかせるんだから。
座席とチケットの番号を見比べると、中年男性はそそくさと一つ前の席へ移動した。
謝罪の一言もないのかよ。
俺がキレる前に、柊はアイスコーヒーの容器を渡しに行った。
「お兄さん、忘れものですよ」
善意の手から、容器をひったくるように取る中年男性。イケボを聞いて直視できない気持ちは分かるが、失礼極まりないな。
ようやく座れた席に、背もたれまで深く身を委ねる。これから三時間二十分ほど。岡山駅到着が九時半過ぎになる。まだおにぎりが消化しきっていないため、おやつタイムには早い。さて、これからどうやって時間を潰そうか。
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