第5話 リアルのラギさん(柊side)

 お茶に誘えた! やっぱり汐亜しあの策はすごいな。「柊の使う顔文字は可愛いから、会話が難しかったらスマホで筆談すればいいんだよ」と言ってくれた男友達には、頭が上がらない。


 声を出すのは苦手だけど、勇気を振り絞って「手渡し可」を選んでよかった。フォロワーさんとお茶やご飯に行くの、ずっとやってみたかったんだよね。スノーさんがパーカーとスキニーパンツをかっこよく着こなす姐さんだったとは、思わなかったけど。


 最初は妹を名乗る不審人物に、警戒レベルを最大に引き上げた。絡まれていたところを助けてくれる、優しい人で安心した。


「柊も俺と同じ年なのか? だったら敬語なしで話そうぜ。その方が早く打てるしな。俺の呼び方も雪でいいぞ」


 無自覚なのかな。さり気ない優しさで、尊死させられそうだよ。いつの間にかラギさん呼びから柊に変わっているし、仲よくしたいと思ってくれているのが伝わってくる。


 今まで関わってきた女子の同級生からは、こんな態度を取ってもらわなかった。「貴崎くんの声はやばい」「それ以上、私に近づかないでほしい」と言われ続けたから。


 俺の顔、にやけすぎて見るに堪えないものになっていたらどうしよう。心の中であたふたしながら、雪への返事を打つ。


『りょーかい! お店、もうすぐ着くよ。スプーンの看板が目印のとこ』

「まさか、ここに入るのか?」


 雪が不安そうな表情で俺を見る。

 助けてくれたお姉さんと同一人物とは思えない。

 お化け屋敷に入る訳じゃないんだし、そんな怖い顔をしないでよ。高校生が入るには、ちょっと勇気のいるおしゃれ空間だけどね。


 看板や佇まいからは、大学生や会社員がノートパソコンで作業しに来るような、落ち着いた雰囲気を感じる。実際は和やかな会話が飛び交うため、初対面の緊張は和らぐはずだ。クリームソーダと固めのプリンが食べたいときに、俺はよく来ていた。


『大丈夫。初めての店じゃないからエスコートは任せてよ( ,,ÒωÓ,, )b』

「マジか。こういうところに行き慣れているのかよ」


 雪の言葉にハッとした。

 マウントを取るつもりはなかったんだけど、引かれたかな?


「すげーな! 柊のおかげで新しい一歩を踏み出せるわ」


 前向きな捉え方をしてくれると助かる。でも、そんな言い方されると。緊張するじゃないかぁ……! えびせんのメイラみたいに可愛い子から微笑まれるなんて、前世の俺は国でも救っていたの?


 店員に促されるまま座ったとき、さすがに声を出さないと注文できないことに気づいた。気づいてしまった。


 ここまでが限界かな。ずっと隠し通せるとは思っていなかったから、よく続いた方だろう。ただ、もし無理に声を出して過呼吸にでもなったら。雪の視線は、あのときの女子達みたいに厳しくなるのかな。


「なぁ、柊。俺が注文していいか? いつもは親が頼んでくれるから、なかなか自分で注文する機会がなかったんだよ」


 思わぬ助け舟にほっこりしてしまう。初めての買い物に挑む子どもを見ている気分だ。


「柊がいたら頑張れそう」

『フレッフレッゆーきっ! フレッフレゆーきっ!(@ >ω•́ )o尸"』

「ははっ。頼もしいや」


 雪の握った右手が、笑った口元を隠そうとする。わずかに消えなかった輪郭に、俺の目は吸い寄せられた。


 唇を大きく動かさないナナカとは、対照的な笑い方だ。俺の好みとかけ離れている。それでも嫌悪感を抱かなかったのは、幾度となく傷つきながらも詠唱を続けるユイリィが想起されたからだ。「うちの主には指一本触れさせないよ」と敵に対峙するユイリィは、笑顔を絶やすことがなかった。


 雪は、好きなキャラに影響されるタイプなのかな。たどたどしく注文した後で小さく「……っしゃ!」と呟くところも、主と二人きりで買い物へ行くことが決まった後のボイスそっくりだ。


「柊のバッグ、センスがいいよな。違う絵のバッジをたくさんつけたら、統一感がなくてごちゃごちゃすんのに」

『ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい(((∩≧ ∇ ≦)∩))』


 こだわって配置しているところを褒められると、有頂天になってしまう。


『ログインしたらいつでも出迎えてくれるけど、やっぱり好きな子のいちおしの表情はオフラインでも眺めていたくて(*/ω\*)』

「分かるわ~。好きな子のスチルをスマホのホーム画面にしてても、グッズはほしくなるんだよな。授業中とかスマホを触れない時間でも、推しをそばに置いておけるもん。透明なペンケースならカードを入れておけるし、チャームにぶらさがった姿も可愛いんだよな」

『分かる。でも、授業中は集中しなよ(*´∀`)σ』


 俺の高校は、頬杖をついているだけで「そんなに授業が退屈なのか」と注意される。ナナカについて考えると何時間でも外の情報を遮断できるから、授業中はナナカ関連のものを見ないようにしていた。


 いつでも好きなものに囲まれる雪が羨ましい。

 そんな雪に、献上しないといけないものがあった。


『忘れないうちに、雪に渡しておくね( ∩*´ω`*∩)』


 折れないようクリアファイルに入れていた封筒を、雪の前に差し出した。


「うわあぁっ! マスキングテープの柄が、ユイリィのつけてるピアスと一緒だぁーー! 可愛い!」


 気づいてくれたらいいなと思って仕込んだ遊び心を、初見で見破られたのは嬉しい。


「しかも、封筒も主人公と初めて戦った場所の背景そっくりの柄だし、捨てるのもったいないだろうがぁっ」

『もったいないって言われても:(´0ㅿ0`):』


 嬉しすぎてキレられるなんて、こっちも想定外だよ。


『たまたま家にあったものだから、遠慮なく捨てていいよ(*´>д<)』


 収納場所の大半はユイリィのグッズが占めているはずだ。交換や購入時のラッピングまで保管してしまえば、すぐに容量オーバーとなるだろう。


 せっかくなら雪が喜んでくれるものがいいかなと思ったんだけど。悪いことしちゃったかなぁ。


「確かに今のスペースに入り切らないよな。背に腹はかえられないか」


 ぐぬぬというテロップが、雪のそばについている気がした。真剣に悩む姿は微笑ましい。


「離れていても、お前のことは絶対絶対忘れないからな」

『別れのときによく聞くセリフ! 何かいい感じの空気っぽく聞こえるけど、ただの断捨離だからね(*´∀`)σ』

「俺にとっては超重要案件なんだよ」


 むっとしているところ残念なお知らせです。不機嫌そうにプリンを食べる絵面は、可愛い以外の何ものでもありません。食べる前に息を吹きかけたのは、天然ですか? それとも照れ隠しですか?


 思いがけずツンデレ属性を発見し、脳内で悶える顔文字を連打した。


 あぁ。こんな早口の心の声、絶対に知られたくないよ。何となくだけど、いつものプリンより甘く感じる。ほろ苦いカラメルソースがかかっているはずなのに。

 ナナカやきゅうナイの話だけじゃなくて、ほかのアニメも気兼ねなく語れるからかな。この時間がもっと続けばいいのに。雪のそばは落ち着く。


 互いの器が空になった後で、俺は動いた。


『また会ってくれる?』


 打ち込んだ文面を雪に見せてから、虫のいい話だと思った。目の前にいるのに、わざわざスマホを介さないとコミュニケーションが取れないのは手間だ。返ってくるのは、社交辞令としての肯定だろう。そのルートに進んでしまうと、長続きする未来は限りなくゼロに近いはずだ。


 そんな俺の憶測を、雪は前かがみになってかき消した。


「むしろ会ってくれるのか? 今日も俺ばっかり一方的にしゃべっちまったし、他担さんが俺なんかの話を聞いて本当に楽しかったのか? 無理してたら、はっきり言ってくれよ?」

『やじゃない。雪も楽しいって言ってくれて、よかったよおおぉっ(߹ㅁ߹) 💦』


 一億点満点の回答に、咽び泣きたくなる。涙腺が変化しない分、顔文字くらいは分かりやすく見せておかなきゃ。


「大袈裟だな。でも、そこまで思ってくれてありがとな」


 ふぎゃあああっ! 何かキラキラしたエフェクトが出ているよ!


 イケメンお姉さんに振り回されるのも悪くないと思いつつも、さっき垣間見たツンデレも適度に拝みたいと願ってしまう。


 また汐亜に指南してもらうため、翌日の昼休みにブラウニーを入れた袋を渡した。


『アドバイスをくれたお礼(ᐢ' 'ᐢ)ᐢ, ,ᐢ)』

「美味しそう~。柊はいいお嫁さんになれるよ。僕のとこに来る?」

『ゲーム中の汐亜は怖いから遠慮しとく(。>д<)人』


 特に、インクをぶちまける対戦アクションゲームは。二頭身キャラの世界観をぶち壊すような罵声が出ていたのを思い出した。


「怖くないよー? 叩けるところで敵を倒しきれない味方にいらつくだけでさ。柊に怒ったことないでしょ?」

『ソウデスネー(*´∀`*)』

「柊、珍しく変換ミスしてなーい?」


 それが怖いんだよ。可愛く小首を傾げても、どす黒いオーラは隠しきれていないから!


 遠くの席から、小声の話し声が届く。


「ほら、あの子あの子。何をされても無表情でしょ? 汐亜くん退屈じゃないのかな」

「そんなんじゃグループワークとか発表のとき大丈夫なの?」

「もう! 他人の顔を見て、こしょこしょ言うなぁー! 柊は見世物じゃないってばー!」


 汐亜、箸を人に向けたら行儀が悪いよ。俺のことは放っておいていいから。

 別の島で食べていたクラスメイトから、笑い声が上がる。


「ブラコンの妹気取りかよ。そういうキャラ寒いぞ」

「は? 僕は可愛いのを売りにしているんだよ。『面倒だからリップクリームを塗るのやだ』とかほざくような人達は黙っててよね。僕は柊と楽しく駄弁りたいの」


 汐亜、やっぱりあのときは怒っていたんだね。体育の着替えで急いでいたから、話が長引かないように我慢しただけだったみたい。


「それで柊。スノーさんとは連絡先を交換できたの?」

『うん! LIMEのIDをゲットできたよo(´∇`*o)(o*´∇`)o』

「そっか。それなら一歩前進だね。次に会うのはいつなの?」

『特に決めてないけど( *ºΔº*)?』

「いやいやいやいや! 連絡先を交換しただけじゃ、疎遠になっちゃうよ? 柊はスノーさんに自分から話しかけられるの?」

『今日も俺から話したよ。きゅうナイのアップデートについて、結構盛り上がっちゃった( +,,ÒㅅÓ,,)☆』

「きらーんじゃないってぇー。せっかく会って意気投合できたんなら、もっと距離を詰めたいって思わないの? まぁ、柊がいいなら僕は何も言えないけど」


 やれやれと肩を落とす汐亜は、少し誤解しているようだ。


 今すぐ彼女になってほしい気持ちより、オタク友達を大事にしたい気持ちの方が強い。だから汐亜にはすぐ会わせたくない。雪は、小動物みたいで可愛い子に弱そうだもん。俺なんかより、汐亜に興味を向けそう。汐亜もきゅうナイをプレイしているから、俺が汐亜に勝てるものは何もない。顔文字以外の武器も作っておかないと。


 俺も勇気を出すときが来ているのかも。ちょっとだけ実践してみるか。


「汐亜には感謝してるよ」

「な。な、なな何で? 何でー?」


 汐亜は一呼吸置くように、あわあわと呟く。


「何でこのタイミングなの? 急に感謝されると思ってなかったから、僕のハートは見事に撃ち抜かれたんですが! 柊の声はごくたまに聞いてきたけどさぁ。過去一の破壊力のやばさだってことを自覚してほしい。冗談抜きで恋しちゃうって」


 大袈裟だなぁ。汐亜が大きい声を出すから、教室の視線が俺らに集まってるじゃないか。


「貴崎柊がしゃべったー!」

「は? 音読も発表も無言で避けてきた男が、何の告知もなく解禁しただと……?」

「まじで? 明日は槍でも降るんじゃないか?」

「嘘。聞き逃しちゃったよぉ~!」

「誰か録音していないの? あの低音イケボ、繰り返し聴きたいんだけど!」


 ふぁっ?

 聞き間違えだよね。まさか愛想もカーストも底辺な俺が、クラスメイトに関心を持ってもらえていたなんて。てゆーか、俺のことを面白がって、勝手に動画を撮っちゃ駄目だからね!


 慌てる俺の横で、汐亜が本日二度目となる注意喚起をした。


「こらー! 柊は見世物じゃないってばー!」


 たまにならしゃべってもいいという条件で、声の封印は解けた。雪に対して使うのは、もう少し時期を待った方がいいのかも。

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