第6話 イケメンだった?

 創立記念日が月曜日でよかった。残り四日の学校生活を耐えきれれば、また休みがやってくる。それに、早く紅葉に柊のことを相談したかった。


 スマホでやりとりした方が、手短で済むのは分かっている。それでも、文字にするのは恥ずかしくて無理だった。理由は極めてシンプルだ。自分語りをするのは難易度が高すぎる。熱く語る自分が恥ずかしく思えてくるんだよな。おかげでせっかく文章ができても、送信する勇気が出てこない。それに引き換え、推しのことなら四百字詰め原稿用紙がいくらあっても足りない。時間が許す限り、永遠に語っていられる。あぁ、何という悲しい宿命なんだ。


 とりあえず、説明下手だけど頑張って聞いてほしいって頼もうかな。ぐだぐだ話して怒られるのはやだし。いや、ここはいっそ「可愛い人とお茶しちゃった♡」と結論から言うべきか? 紅葉から「そこんとこ詳しく!」って感じでせがまれたタイミングで、もったいぶるのもいい。


 よし。それでいこう。


「おはよう。雪、昨日は例の人と会ってきたのよね。イケメンだった?」


 紅葉の席に近づくと、すぐに柊の話題が振られた。何から話そうか脳内でシミュレーションしていたってのに、用意していた会話パターンが一瞬で全滅だ。計画を立てた時間の長さと、ダメージは比例する。とはいえ、話しやすい空気を作ってくれようとするのはありがたいぜ。


「意外だな。紅葉の一番気になるポイントが、イケメンだったなんてな。普通は、俺が危ない目に遭わなかったか、確認するんじゃねーの?」

「そのにやけ顔が何よりの根拠よ。どこからどう見ても、無理して笑っているようには見えないわ。傷一つついていなさそうだし。楽しかったから、思い出し笑いをしているんでしょう?」


 ま? 無防備な顔を、教室で公開しちまっていたのかよ。

 表情を引き締めるために、両手で頬をつねった。


「それにしても、イケメンかどうかなんて重要なことか? 楽しく話せるのが一番大事だろ。てっきり紅葉も、三次元の男には興味がなさそうだと思っていたんだけど」

「声優さんに一ミリも興味のないオタクがいると思う?」


 深く考えるまでもなく即答していた。


「いねぇな」


 声も容姿も完璧な人は、アイドルや俳優並みの人気がある。好きな声優が出ている作品は、脇役だとしても見てしまう。制作や脚本が見る決め手になることも少なくないが、声優の名前に惹かれて見始めることもしょっちゅうだ。

 声優の不祥事でキャラの声が変えさせられる悲劇は、悲しいがな何度も繰り返されてきたし、定期的に情報収集しておかないと心が持たない。


 俺は柊の顔を思い出してみる。


「ラギさんは、どちらかと言えばゆるふわな感じかな。顔は整っていたけど、可愛くて癒される系の美人さんだったから」


 その答えで、紅葉の体から残念でならないという雰囲気が放出された。


「かっこいいが服を着ているような、渋いおじさまじゃないのね」

「高校生に求める理想を超えすぎだ。キャリアを重ねてもかっこいいアラフィフ声優と一緒にするな。あの色気を出せる高校生は三次元にはいないって」

「実在していたわよ。若いときの写真も完成されていたもの」

「二次元の高校生じゃあるまいし、俺らとは住む世界が違うんだよ。たとえるなら、別のサーバーで人生という名のゲームをプレイしてるみたいな」


 紅葉の眉が不機嫌そうに引き上がる。


「わざとなの? 私がオンラインゲームをプレイしていないの、知っているわよね? 分かりやすく説明したつもりなんだろうけど、私にはそれで全然伝わっていないから! かえってストレスだわ!」

「すまん! 空気を無意識で取り込んでいるのと一緒なんだ。俺にとっての身近な例で話しちまうんだよ!」


 オタクの悲しい性だ。分かってくれ。


「じゃあ、ラギさんの声も可愛かったの?」

「いや? あぁ……でも、断言はできないか。ラギさんは何もしゃべっていないんだよ」


 訳が分からないよ。そう困惑する紅葉に、補足説明をした。


「ラギさんは、スマホで打った文字でコミュニケーションを取っていたからさ。声は一回も聞けていないんだ」

「そういうことね。場面かん黙症の線もあるし、雪が気にならないんだったら私は何も言わないわ」


 持つべきものは友。それも話が分かる友だ。俺らの絆に水を差すのは無粋であるにも関わらず、いつだってチャイムが邪魔をする。


 重い足取りで席に戻ると、担任から嬉しくない知らせを聞かされた。


「先週も伝えた通り、今日の放課後から面談をしていきます。基本的に出席番号順でいきますが、アルバイトや用事のある人はずらしますので日程表に記入しておいてください」


 五月病を発症する前にトラブルの芽を摘んでおこうって魂胆か。最初の面談だし、そんなにプライベートのことは聞かれないよな。きっと。


 そう安心しきっていた俺は、八時間後に地獄を見る。面談が終わって間もなく、ツブヤイターで不満をぶつけた。


『分かるよ。俺が新しいクラスになじめてないってことくらい。だけどよ。話し合いと音読が滞りなくできたら問題ねーよなぁ? クラスの連中といたくなさすぎて学校行事を休もうとするほど、俺に協調性がないとでも? 無理して話しかける方が、自分勝手でやべーだろ』


 下書きを削除しようとしたとき、電車が大きく揺れた。吊り革を持っていない俺は、足に力を入れる。


「あぶなぁ……って、やべぇ」


 さっきの衝撃で、うっかり投稿しちゃってんじゃん。学年を特定できるような投稿は控えてたってのに、スノーさんはとうとう弱音を吐き出しちまったかぁ。

 すぐに消そうと思ったが、どうせ反応はない。ユイリィの可愛さを語るためだけに作ったアカウントだからな。俺自身に興味を持ってくれるフォロワーさんは、片手ほどしかいない。


 一応フォローしてくれている紅葉は見る専らしく、ネットでの関わりは少なかった。教室での絡みが嘘のように。

 だいたい紅葉とはしゃべるんだから、友達がいない認定をするのはお門違いだと思うぞ。話が合わない人と無理に仲よくするのも疲れるし、程よい距離感を大事にさせろよな。


 俺の気持ちを肯定してくれるハートマークが、通知に一つ灯った。担任への怒りが少しずつ収まっていく。誰が押してくれたのかなと思って見てみると、ラギさんだった。LIMEに柊からの新着メッセージが来る。


『雪のとこも面談週間? 大変だったね ヨチ( * ´꒳`ノ(´^`° )ョチ︎』


 ほんっと大変だったんだよ! 顔文字ほど泣いてないけどさ。めっぱい甘やかしてくれよぉ!


 もってことは、柊の学校でも始まったのかなぁ。ご愁傷様。

 俺はすぐに返事を打つ。


『学校生活に慣れたか、とかの確認くらいだけどな。五分くらいで終わったはずなのにさ。体感的には、百年ぐらい経ったんじゃないかってぐらいの疲労感だったよ』


 早く終わってラッキーだと思う気持ちより、ほんのわずかな時間で爆上がりになったストレスの方が重く、気分は最悪だ。


 柊に会いたい。ちまちまスマホで入力する柊を見るの、結構好きかもしれねぇ。


 いや、好きってそんな! 恋愛感情とは違う「好き」だからな!


 ただ、柊は家だとどんな声でしゃべっているのか、気になるってだけで……待てよ。その時点ですでに、俺は恋する乙女として認定できるのか?


 汗ばむ手の中で、スマホが着信を告げる。


『買い物をしていたところなんだけど。雪は今どこにいるの? 近くにいたら、会いたいなd(≧▽≦*)』


 どうして柊の顔文字は、親指をグッと突き出すポーズをしているんだ?


 画面を凝視して閃いた。俺が会いたいって送っていたからか!

 昨日の今日で会いたいとねだるとか、付き合いたての彼女かよ。恥ずっ!

 でも、柊も会いたいっつーなら、仕方ねーよな! 言いにくいことを俺が言ってやったんだから、感謝してほしいぜ。


 柊に場所を訊くと、定期券で行ける距離にあった。帰りが遅くならない程度で話すんだったら、ちょっとくらい寄り道してもいいか。期待させてしまった手前、悲しい顔文字を使わせたくないしな。

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