Tちゃんの恋

私の知り合いにTちゃんというのが居る。

まず、Tちゃんの紹介をしておこう。

彼は同業者の社員で、いつもニコニコ笑顔で柔道と社交ダンスが趣味という身長155センチのトッチャン坊やである。

なんだかあいつは男でも女でもすぐに抱きつきたがるんだな、なんだかそんな犬が居るよなあ、人懐っこくて何時も尻尾を振っている、そんな感じたよなあ、といつも思っていた。


今日は彼の恋の話をしよう。

彼は恋をしていた。

生来不器用な彼はなかなか恋を打ち明けられない。

彼女もまんざらではないような素振りだと言うのに。

彼からの相談に乗った私はアドバイスをした。

"好きだ!と言って押し倒せ"

"上手くいったら儲けものだし、振られても1回儲けだから"と無責任なものである。

根本的に私のような奴に恋の相談をするほうが間違っているのである。

すると、Tちゃんはそれは無理だという。

押し倒す事など出来ないと言うのだ。

柔道が趣味のくせになぜだと問うと、彼女は身長で10センチ体重で25キロ彼を上回っているからと言う。

自分に無い物を求めるのが恋と言うものらしい。


そんなTちゃんの告白もどうにか無事に済み(当然私のアドバイスのおかげであろう)交際を始めた。

それはそれで新しい悩みが出来るのが彼らしいところ。

わたしが舌なめずりをしながら聞き出すと、彼女がなかなか堅くてナニをナニ出来ないという。

私は断固とした突撃命令を下し、雰囲気づくりのテクニックをも授けた。

私がそれほど偉そうな事を言えるほどの奴では無い事を、私は知っているがTちゃんは知らない。


さて、彼はクリスマスの日に下関に河豚を食べに彼女とドライブを予定した。

Tチャンはこの日に乾坤一滴の勝負を賭ける事にした。

下関で豪華な河豚を食べ、夜景を見てムードを盛り上げ、一気にホテルになだれ込み、ナニをナニするのだと。

その計画の背後に私が居た事は当然である。

数日後彼に会った時に元気が無いので、駄目だったのだろうと推測した。

ワクワクする気持ちを悟られないように真面目な顔をして聞きだすと、やはり駄目だったと言う。

敗因は河豚が思っていた以上に高く、財布に二千円位しか残らなかったらしい。

そう、ホテル代が無くなったのだ。

彼女に借りるわけにもいかない。

辛い帰路であったらしい。

悲しみの人 Tちゃん。


そんな事があって、私のアドバイスを聞こうとしなくなったが、彼から巧いこと聞き出す事は慣れている。

新しい悩みは、どうにかこうにかプロポーズをしたが返事が貰えないと言う。

バレンタインデーに返事がもらえるらしい。

バレンタインデーの返事なら良い返事であるに決まっている。

私はわが事のように喜んだ。

良い返事と共にその日はチャンスだから、その日の内にナニをナニするのだぞとアドバイスをすると、

彼は決意を込めた顔で深く頷くのであった。


互いに忙しく、数ヶ月会わないでいたので薄情な私はすっかり忘れていたのだが、ある日結婚式の招待状が来た。

Tチャンからである。

急いで結婚するには必ずそれなりの訳がある。

苦労人の私は知っているのである。


出席の葉書を出した数日後、 Tちゃんにばったりと会ったので当然その事を聞いてみた。

やはり、出来ちゃった婚である。

しかも、たった一回のバレンタインデーの夜のナニが原因なのである。

命中率100パーセントなのである。

でも、Tちゃんはニコニコしている。

嬉しそうな彼を見ると私まで嬉しくなる。


披露宴の時、漁師をしているという花嫁の兄が酒を注ぎに来た。

腰掛けた大柄な花嫁の横に立った小さいTチャンは台に乗らないと婚礼写真が撮影出来なかったらしい。

兄としては、出来ちゃった婚は恥ずかしいと言う。

妹を問い詰めても、Tちゃんに聞いてもナニは1回だけのようだと言う。

そんな事があるのだなと愚痴りながら、真っ赤なそして嬉しそうな顔をしていた。


彼はもう三児の父である。

やはり命中率は高かったのであろう。

彼の長男を見ると、この子は俺の無責任なアドバイスによって出来たのかも知れないなあとちょっと思うのである。

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