氷河の蟻


チベットの氷河だけに生息する蟻がいる。

氷河とは当然氷の塊であり、その氷の上に蟻が生息している。

その蟻は当然独特の生態を持っている。

低温の環境に適応している為、氷河の上以外では生存できない。

たとえば人間の手のひらに乗せると、あまりの高温に動けなくなるくらいである。

零度前後の気温に適応した昆虫は他にもいるが、この蟻はもうひとつ大きな特徴を持っている。

それはある一定の方向(高い方)にしか移動しない事である。

成虫になるとすぐに高い方に歩き始め、それは死ぬまで続く。

働き蟻は卵を抱え、幼虫を咥え、蛹を運ぶ。

群れ全体がいつも同じ方向に動いている。


巣を作らず移動しながら生活する蟻は他にもいる。

しかし、彼らは一生同じ方向に向かって移動するのだ。

何故だろう、何処に行こうとしているのだろう。

それは、彼らが正に氷河に適応しているという証なのだ。

氷河は年間数メートル数十メートル海(低い方)に向かって移動している。

当然、氷河の上に停止していると、それだけ下方に移動するということになる。

氷の無い低地は彼らが適応出来ない場所。

この蟻はその一生をかけて移動し、移動することによって停止しているのだ。


彼らは何のために同じ方向に歩いているのかきっと知らない。

自分達の移動速度と氷河の移動速度がシンクロしていることを知らない。

その営々とした努力が停止するための物だとは知らない。


かなり前にNHKで放送されていた物である。

それは私に強い印象を与えた。

今でも雪の上を必死に歩いている蟻の姿を覚えている。

「あの蟻は自分に似ている」とどこかで思っているのだろう。

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