第2話 1年目 その2

 やはり、男の思っていた通り、本部の「完璧な」計画はかなり早い段階でつまずきを見せた。男同様、霧に耐性があると思われていた親族は瞬く間に全滅、それを男からの便りで知った対策本部は、事態の急変にすっかり怖気づいてしまったのか、男への返信も忘れて、大急ぎで北上した。 

 一方、根が律儀な性格の男の側は、すぐには本部に裏切られたのに気付かず、相手からの連絡が来るのをじりじりと待っていた。自分の方から日報を送るのも、本部からの指示通り、1週間に1件のペースで送信を続けていたが、結局本部から返信が来たのはその月も終わりになってからで、男はあまりの馬鹿馬鹿しさに、いっそのこと自分も裏切って逃げ出してやろうと思った。だが、犠牲になった家族の無念を思うと、先祖代々守ってきたこの土地をあっさり捨ててゆくのもどうなのだろうという、義理堅い気持ちも湧いてきて、なかなか実行には移れないのだった。男は自嘲する。


――まあいいか、逃げられないなら逃げられないで、あいつらがくたばるのを、ここでゆっくり待っていればいいんだ。どうせ、逃げたところで、俺には、どこにも行くところがないのだから。


 こうして男は、自らこの土地に残ることを選び取った。彼の予想と期待に反して、それから2、3週間の間は本部との落ちついたやりとりが続き、さらに驚くことには、市の雇った隣町の配達人が、避難キャンプにいる友人からの土産を届けてくれることさえあった。もちろん、家族のことで傷ついていた男は、自分を見捨てた仲間からのプレゼントを素直に受け取れるはずがなく、包み紙を破ることもなくどぶ川に捨ててしまったのだが。

 しかし、前から分かっていたことではあるが、平穏な日々はそう長くは続かなかった。移住計画に際し、本部や男が想像していたのとは違う、また別の問題が起きたのだ。移住計画開始から2か月余りが過ぎたこの時点では、本部は市からそれほど遠くない山間の平地に仮の本拠地を置いていたのだが、そこには既に先に移ってきた他の町の住人たちがいるようで、どちらが出て行くかで揉めているという。そのような本部からの悲鳴に、男は呆れ顔で、相手の方が先に来ているのだから、その土地は先方に譲って、我々が退去すればいいでしょう、どのみち10日もしないうちに出て行く仮住まいなのだから、という旨の返信を送った。

 ところが、困ったことに、事態はそう簡単にはいかなかったようだ。本部を訪ねてきた相手側の使者に、本部側の人間が誤解から暴力を振るったとか振るっていないとかで小競り合いが起き、交渉が決裂したらしい。このままでは本格的な武力衝突に発展しかねない…。男が本部からの通信によって状況を知り得たのはここまでだった。それ以来、本部からの連絡は1度も来ていない。

 もう最後の連絡から半年以上経っているが、皆は無事だろうか、と男は自問する。いや、皆の事なんてどうだっていい。特に市長をはじめとする市の指導部の連中は、いつも善人ぶっていて、なんにもない時は、平気で俺の味方のような顔をしていたくせに、いざまずい状況になると、結局こちらをみんな見殺しにして、自分たちだけ安全なところに逃げていきやがった。あんな裏切り者の、人間のクズどもが困っていたって、俺の知ったことじゃない。



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