白い霧と錆びた月

紫野晶子

第1話 1年目 その1

 夕暮れの町は今日も霧に覆われていた。この町に住む看守の男は、家の前の小さなポストを開けて、ため息をついた。この日も、仲間からの便りはなかった。入っているのは、どこからか飛ばされてきた汚い紙の切れ端と、赤い落ち葉の2つだけだった。半年ほど前までは、毎日うるさいくらいに手紙が届いていたはずだが、最近では1通も来なくなってしまった。男は誰に言うでもなく、独りむなしくつぶやいた。


 ――もしかしたら、みんな死んでしまったのかもしれないな。

 

 彼の語った通り、この町では、原因不明の白い霧が出るようになってから、毎日のように人がどんどん死んでいるのだ。さらに厄介なことに、この霧は、人の生命力だけでなく、繁殖能力も侵すようで、霧の蔓延は死者の増加と少子化の両面から、この町の人口を容赦なく削っていった。住民の数が100人を下回った頃、市はようやく重い腰を上げて本格的な移住計画へと舵を切った。

 しかし、移住することになったとはいえ、この町の住民には、町を空けられない特別な事情があった。山の頂上にかつての「凶悪犯罪者」たちを収容する監獄があり、10名ほど、そこに見張りの者たちを残さなくてはならなかったのである。誰がここに残るのか…3日3晩の話し合いの末、唯一この町に土地を持っていた、男とその親族とが残されることになった。病弱な母を持つ男は、最後までその命令に反対したが、上の者たちは皆のためだからと言って、取り合わなかった。

 彼らの述べた計画はおおよそ次のようなものであった。男とその親族がこの町に残って囚人を見張っている間、他の住民は北の安全な土地を目指して移動する。監獄で何か問題があったときは、男はそれを電報で市長に報告し、その指示を仰ぐ。もちろん事態が急を要するときは、判断は現場に任せることになっており、報告は事後でもよいということになっていた。計画とも言えないほどお粗末な計画だが、市長をはじめとする対策本部によれば、この計画は「絶対失敗しない確実なもの」のはずだった。

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