第3話 1年目 その3
仲間を呪う言葉を散々繰り返した後、男は簡単に人の死を願ってしまう自分の浅ましさに気付き、愕然とした。孤独はこんなにも人の心を荒廃させるものなのか。これも、ひとえにこんな辛気臭い場所に、話し相手もなくたった1人で閉じ込められているせいなのかもしれない、と彼は思った。
例えば、ひと月ほど前までは、この町を訪れる旅行者もいて、男に外界の情報と外の新鮮な空気をもたらしてくれたのだが、各地で襲撃が頻発するようになってからは、各国で治安維持のための移動禁止令が出されたためか、客足もぴたりと止んでしまった。おかげで何の情報も入ってこないし、生活に必要な食料品やその他日用品などの物資も来ない。この監獄の防災用倉庫にも多少食糧の備蓄はあったと思うが、それだけでいつまで持つだろうか、と男は不安になる。もうすでに1か月以上物流が滞っているのである。これ以上続くと、倉庫の物資も、自分の命も、もう半月と持たないかもしれなかった。
すっかりしょげ込んでしまった男は、沈んだ面持ちでポストの蓋を閉めると、重たい鍵束を持って牢獄の方へ歩いて行った。ここはかつて政治犯を収監するための監獄であり、移住計画が持ち上がった頃にはおよそ50名の囚人が残っていたのだが、霧による被害のほか、慢性的な栄養不足と囚人同士の争いにより、そのほとんどが半年のうちに命を落としてしまった。今生き残っているのは、ある女囚人が牢の中で産み落とした罪のない赤子ただ1人だけである。
男はこの赤ん坊のことをあまりよく思っていなかった。この乳児は赤ん坊のかわいらしさの源である丸々と太った体型を備えておらず、ひどくやせ細っており、月齢の低さのためかまだ笑うこともなく、表情にも可愛げがない。体も垢まみれで臭うし、何度おむつを替えてもおしっこ臭いので、きれい好きを通り越して少し潔癖症なところのある男は、残酷にも、こんな汚い生き物、早くくたばってしまえばいいのに、とさえ思っていた。
そう、この赤ん坊さえいなくなってしまえば、男はこの仕事から解放され、南の島でもどこにでも好きなところへ行くことができるのだ。それどころか彼は、この赤ん坊の世話を途中で放棄して、自分1人で勝手に逃げ出すことも考えていたのだが、それは男の心の奥深くにある、面倒な道徳心のようなものが許そうとしなかった。
――なぜ俺は、いつまでもこんなくだらないことに付き合っているのだろう。逃げようと思えば、いつでも逃げられる状況だというのに。だいたい、本部のお偉方の言うことを聞いたところで、いいように利用されて終わるだけで、こちらには何のメリットもないじゃないか。
そう考えても、己の良心の疼きに邪魔されて、脱出を決断できない男は、腹立たしげに、足元に置かれた粉ミルクの段ボール箱を蹴飛ばすと、地下の独房のある階へと降りていった。今日もあの消え入りそうで悲痛な泣き声を聞かないといけないと思うと、ますます気分が落ち込み、いらだちが募るばかりだった。
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