第13話 約束

「おい、大丈夫かシャイン!?」


「うぅ、ディスミーこそ、ケガしてない?」


「ああ、私は問題ない。だけど、ロマノがなにか凄いことに……」


気がつくと、シャインとディスミーの体を覆っていた氷がなくなっていた。


それどころか、目の前ではロマノがアイスドラゴンの頭を抱きしめており、彼の体から浄化魔法と同じ黄金の光が放たれていた。


その光は天を駆け上がり、空から目に見えるすべての光景へと降りそそいでいく。


この山だった場所からアシーロ国全土へ、その暖かい輝きを届けているのだ。


「見て、ディスミー! 山や森がお花だらけになってく!」


「氷や雪が解けていく。これがロマノ王子が受け継いだ力……アシーロ家の魔法……」


暖かな光が降り注ぐと、先ほどまで厚い氷と雪で覆われた大地が草木で満ちていき、そこら中に花が咲き誇る。


その色とりどりの花を見たディスミーとシャインは、すっかり見惚れてしまっていた。


この今の光景こそ、穏やかな気候で知られるアシーロ国の姿なのだと、二人の顔に笑みが浮かんでいた。


「そうさ。これが僕たちの国の本当の姿なんだ。どうだ、いいところだろう?」


声が聞こえて振り返ると、そこには小竜を抱いたロマノがいた。


シャインはパッと目を見開いて駆け寄ると、彼に向かって言う。


「やったね、ロマノ! きっと王さまもみんなも喜んでるよ! それと、もしかしてその子がアイスドラゴン?」


「ああ、名前はクックリリー。僕とこいつは友だちになったんだ」


「そうなんだ。よろしくね、クックリリー」


シャインがクックリリーを撫でてやると、小竜は嬉しそうに「ミャー」と鳴き返した。


そしてロマノの腕の中ではしゃぎ始め、その様子を見て王子とシャインはついおかしくなって、互いに笑い合っている。


そんな二人と小竜を見たディスミーは、再び空を見上げて思いっきり深呼吸する。


周囲に咲き乱れる花の匂いと暖かな風を存分に味わった彼女は、シャインたちに向かって声をかけた。


「それじゃあ問題はすべて解決したし、お城に帰ろうか。王さまもみんなも、ロマノがいなくなって心配しているだろうからね。ちゃんと説明しなきゃ」


「うん! お城へ帰ろう!」


――それからディスミーたちは、アイスドラゴンのクックリリーを連れて城へと戻った。


アシーロ王はロマノを目にすると、人の目など気にせずに王子を抱きしめた。


目に涙を浮かべ、息子の無事を心から喜んでいる父を見たロマノは、照れながら声をかける。


「ちょっと、皆が見ていますよ父上」


「きっとこの暖かさのせいだ。そうに決まっている。本当に無事でよかったぞ、我が息子よ」


「父上……」


涙を流しながら抱き合う親子の姿を見て、兵士たちまでも瞳を潤ませていた。


そうだ、王の言う通りこの暖かさのせいだと、皆が口々に言い合っている。


それからアシーロ国全土から寒気が消えたことが報告で知らされ、アイスドラゴンによって極寒の地となったこの国に、再び穏やかな気候が完全に戻ったことを知る。


その報告を受けたアシーロ王は、ディスミーとシャインに礼をいったが、彼女たちは互いに顔を見合わせると、笑顔でこう答えた。


これはすべてロマノが、アイスドラゴンことクックリリーと仲良くなったからだと。


「だから私たちは大きなことはしてないです」


「そうそう。アタシなんか氷漬けになっちゃって、それをロマノが助けてくれたんだよ」


「それは違うぞ、おまえたち!」


二人の言葉を聞いたロマノは、声を張り上げて彼女たちの話が間違っていると言った。


ロマノはディスミーとシャイン二人がいなければ、自分は震えて何もできずに、アイスドラゴンと心を通わせることもできなかったと、どうして嘘をつくのだと怒鳴り出す。


だがディスミーとシャインもあっけらかんとした顔で、王子に言い返す。


「それは私たちも同じだよ」


「うん。じゃあ、今回はおあいこってことにしましょう。なんか面倒くさいし」


「こ、この! おまえという奴は!」


シャインの言葉が気に障ったのか。


ロマノは烈火のごとく怒り、彼女のことを追いかけ始めた。


一方でシャインはどうして彼が怒ってのかがわからず、不可解そうに王子から逃げ回る。


「なんで怒ってるの!? おあいこがそんなにイヤ!?」


「うるさい! おあいことかもうそういうのはどうでもいいんだよ! 僕はおまえの物言いに怒っているんだ!」


「えー!? そんなこと言われてもわかんないよ!」


「わかれよ! というか理解しようとしろ、この分からず屋!」


城内を走り回る二人を見た皆が笑っていたとき、アシーロ王はディスミーの前へと立ち、その頭を下げた。


ディスミーは慌ててそんなことをする必要はないと言ったが、顔を上げた王は静かに返事をする。


「いや、この国の王としてではなく、あの子の、ロマノの父として礼を言わせてほしい。きっとあなた方とともに過ごした時間があの子を成長させたのだと、私は解釈したのでな。本当にありがとう」


「もしそうだったら、私もシャインも嬉しいです」


こうしてアシーロ国での滞在は終わりを迎え、ディスミーとシャインはその日のうちに出発することを決めた。


ロマノはもちろんのこと、王や兵士、港町の住民たちも二人にもう少しこの国にいてほしがったが、彼女たちはまるで皆を避けるように船に乗り込んだ。


ディスミーとシャインもなんだか気恥ずかしかったのだ。


そんなに国を救ったことの貢献ができていないのに、英雄扱いされることが。


そして、ついに船が港を出港すると、そこへ小竜――クックリリーを抱いたロマノが船着き場に現れた。


「おーいシャイン、ディスミー!」


「あ、ロマノ! 見送りに来てくれたんだね!」


シャインが動いている船から返事をすると、ロマノは顔を強張らせながら船を追いかける。


抱かれているクックリリーが目を回していても、そんなのお構いなしだ。


「なにが見送りだよ! おまえたちが勝手に出ていったから、こうして追いかけてきたんじゃないか!」


「そうだったね。なんかごめん……。でもこうやって挨拶できて嬉しいよ」


「また……旅が終わったらでいいから……絶対に会いに来いよ! クックリリーと父上とみんなと一緒に、ずっと待ってるからな!」


「ありがとう、ロマノ! うん、また絶対に会いに来るよ! それまで元気でね!」


ロマノは彼女たちの旅の目的――シャインのルーツを探す旅のことを聞いて知っている。


だからこそ無理に引き止めたりはせず、こうやって送り出しに来た。


それと、また必ずこの国に――自分たちに会いに来てほしいと、二人と約束するためにだ。


それから船は海を進み、シャインはアシーロ国が見えなくなっても国があった方向を眺めていた。


ディスミーは寂しいのだろうと思い、そんな少女の背中をにそっと触れる。


「そんなに落ち込むことはない。また会いに来るんだからね」


「うん……そうだよね。ロマノたちとはまた会えるんだもんね」


顔を上げ、笑顔でそう答えたシャイン。


そんな彼女にディスミーは笑みを返し、二人は夕日を眺めた。


暗くなってきてもまだ暖かいことが、アシーロ国がまだ近いことを教えてくれる。


その暖かさを全身で感じ終え、彼女たちは次へ向かう国がどんなところだろうと思いを巡らせるのだった。


〈了〉

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