第12話 母と竜の過去

まるで豪雨のように降り注ぐ氷の刃を、ディスミーはすべて打ち落としていた。


シャインとロマノのことを守ろうと、たとえ一つでも打ち漏らさないように、休みなく剣を振るう。


その凄まじい光景に、ロマノはその場で腰を抜かしていた。


だが、そんなブルブルと震えながらただ見ていることしかできない彼に向かって、シャインが声を張り上げる。


「こっちへ来てロマノ! 今すぐアタシの傍に!」


浄化魔法はまだ発動中だったが、アイスドラゴンが大人しくなる様子はない。


むしろ涙を流して苦しそうにしている。


そんな中で近づくように呼ばれたロマノは、シャインが何を考えているかがわからない。


こんな状況で自分に何ができるのだと、剣を振るうディスミーと光り輝いているシャイン、そして咆哮ほうこうするアイスドラゴンを見ては怯えているだけだ。


自分には剣も魔法も使えない。


氷竜を倒すのだと意気込んだもののこの様だと、ロマノは自分の不甲斐なさに今にも泣きそうになっていた。


「あなたの力が必要なの! あなたがお母さんからもらった力がないと、アイスドラゴンを止めることができないんだよ!」


「だそうだよロマノ王子! 大丈夫、王子もシャインも絶対に私が守るから! あの子の言う通りにしてあげて!」


だが、そんなロマノに彼女たちは声をかけ続けた。


頼りになるのは王子だけだと、二人とも必死に叫び続けている。


こんな自分に何かできることがあるのか?


ロマノには、二人が一体何を期待しているのかがわからなかったが、ここでやらねばいつ頑張るのだと、己を奮い立たせた。


そして怯えていた少年は震えながらも立ち上がり、シャインのもとへと近づくと、アイスドラゴンが別の攻撃を始めた。


凄まじい吹雪が起こり、ディスミーの後ろにいたシャインの全身が凍りついてしまった。


当然ディスミーも無事ではなく、彼女の剣を持ったほうの右半身が氷で覆われる。


「そ、そんな……シャイン!? ねえディスミー、シャインがシャインがやられちゃったよ!」


「心配しなくていいよロマノ王子! シャインはそんな弱い子じゃない! だからあなたは……あの子のところへ……早く……」


さらに激しさを増す吹雪に、ディスミーは声すら発せなくなっていた。


それでも彼女は前に立ち、怯えることなく一歩も引かない。


シャインが氷漬けになっても動揺もしていない。


そんなディスミーを見たロマノは、彼女たちの覚悟ときずなが本物だと思うと、凍りついているシャインの体に飛びついた。


「来たぞシャイン! 僕の力でもなんでも使っていいから、早くおまえの声を聞かせろ!」


ロマノは氷に覆われたシャインに抱きつき、彼女に向かって叫び続けた。


すると、どういうことだろう。


シャインの放つ光が、ロマノの体を包み始めた。


そのあまりの眩しさに、王子は両目をつぶってしまう。


それから目を開くと、そこには小さな竜の姿があった。


「この竜……もしかしてアイスドラゴンなのか?」


何が起きているのかわからないロマノだったが、目の前にいるのがアイスドラゴンだということはどうしてだか理解できた。


小さな竜は涙を流しながら縮こまっており、ロマノはそのあまりの悲しそうな姿を見て、居ても立っても居られなくなった。


ふと手を伸ばし、そっと優しく小竜を撫でてやる。


それと同時に、ロマノの頭の中に様々な光景が流れ込んできた。


「これは母上とアイスドラゴン……?」


その光景は、ロマノと同じホワイトブロンドの髪に青い瞳を持つ女性が、小さい竜と仲良くじゃれ合っているものだった。


亡くなった母――エリザヴェータがアイスドラゴンと友人だったことを、ロマノは流れ込んできた光景で知る。


そして、母と竜の関係を知ったことで、ロマノは自分が酷い勘違いをしていたと思い、歯を食いしばった。


「母上はアイスドラゴンを封じたんじゃない……。氷竜は眠っていただけなんだ……。それで目覚めたアイスドラゴンは、母上がいないことがわかって……我を忘れて……」


アシーロ国に住むすべての人間が、大きな間違いをしていた。


この国は元々が極寒地であり、アイスドラゴンは最初からここで暮らしていたのだ。


そこにロマノの祖先であるアシーロ家が現われ、その不思議な力でこの地に春を与え、氷竜と友人になった。


だが気候が変わったことにより、アイスドラゴンは眠りにつくようになり、目覚めたときにロマノの母エリザヴェータがいなくなったせいで暴走してしまったのである。


その事実を知ったロマノは、目の前にいる小竜を抱きしめると、泣きながら声をかける。


「ごめんな、全部おまえのせいにして……おまえを悪ものにして……。もう母上はいないけど、これから僕がおまえの友だちになるから……。だからもう、悲しまないで……」


ロマノの言葉を聞き、小竜は顔を上げた。


その瞳はまだ潤んでいたが、とても嬉しそうに笑みを浮かべていた。


そんな小竜に向かって、ロマノも笑みを返すと――。


「うわぁぁぁッ!? な、なんだこれッ!?」


突然、少年の体から、暖かな光が放たれ始めた。

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