第11話 アイスドラゴン

それから食事を終え、テントで一夜を明かしたディスミーたちは、朝日が昇った時間に出発することに。


朝食は昨夜の残りの干し肉をはさんだパンとスープを食べ、ついに目的地である山岳地帯へと足を踏み入れる。


今日は晴天だった昨日とは違い、少しだけ雪が降っていた。


険しい山道で雪まで降っているのもあって移動が大変だが、シャインは相変わらず楽しそうにしている。


「わあー、今日は雪だ。これは、それだけアイスドラゴンに近づいているってことだよね」


「なんでおまえはそんなに前向きなんだよ」


「だってそうじゃない。でも、やっぱり雪って綺麗だね」


「ふん、こんなのいつも見てるから、僕はなんとも思わないよ」


二人の後ろを歩いていたディスミーは、その様子を見て笑みを浮かべる。


口では突き放すようなことをいっているが、シャインとロマノの距離は縮まっていた。


おそらくはシャインが浄化魔法を使えることを、王子が目の前で見たからだろう。


それにシャインは王族が相手だろうと、良くも悪くも遠慮がない性格なので、それも二人が親しく話しているのに一役買っている。


初対面からロマノがずっとシャインを嫌っていたので、この変化はディスミーにとっては嬉しいものだった。


「見えてきたぞ。あそこにアイスドラゴンがいるはずだ」


歩き続けて数時間後。


ロマノがそう言い、前に見える山に人差し指を向けた。


それは雪ではなく、氷で覆われた山だった。


ディスミーもシャインも、アイスドラゴンがいる場所が氷で覆われているとは聞いていたが、実際に見るとその光景に圧倒されてしまう。


それはロマノも同じだったようで、王子もまた動揺を隠しきれない様子だった。


「氷の山にアイスドラゴンがいるっていっても、あの山すっごく大きいよね。探すの大変そう」


「そのことなら心配はいらない。アイスドラゴンは人間が近づくと現れるみたいだから、僕たちがここへ来たのも気づいているはずだ」


「そっか。じゃあ、もうすぐアイスドラゴンに会えるんだね」


シャインがニコニコと微笑むと、ロマノは顔を引きつらせて言う。


「なんで喜ぶんだよ、おまえは。これから恐ろしい竜に会うっていうのに」


「えー、だって別に戦うわけじゃないんだから、楽しみに決まってるじゃない」


シャインが当然のように答えると、ロマノは噴き出していた。


笑いが堪えられないといった様子だ。


どうやらシャインの能天気ぶりに、思わず笑ってしまったようだった。


「おまえは本当に変わってるよな。浄化魔法が使える奴って、みんなそういう性格をしているのか?」


「他の魔法使いに会ったことないからわからないよ。でも、その人たちを探すのもアタシとディスミーが旅をしている理由なんだ」


「ふーん。見つかるといいな……」


「えッ、今なんか言った?」


「なんでもない! とりあえず進むぞ。山を登ってればきっとアイスドラゴンのほうから現れるはずだ」


シャインは顔を赤くしながら言ったロマノに気がついていなかったが、ディスミーは見逃さなかった。


王子なりの精一杯の応援だろうと思うと、素直じゃないなと笑えてしまう。


先を歩くロマノの背中を不思議そうに見つめていたシャインの肩を叩き、彼女たちは気を取り直してアイスドラゴンがいるだろう山道を歩き始める。


氷の山を登るのはかなり大変だったが、斜面が緩やかなのもあってなんとか進むことができた。


それでも無理はせずに、適度に休憩を入れてお昼の時間には昼食を取ったりと、順調に登っていると――。


「どうやら現れたみたいだね。二人とも私の後ろに下がって」


突然、突風が吹き荒れ、山の頂上から大きな物音が聞こえてきた。


その方向に視線を向けると、空から青白い大きな物体が、ディスミーたちのもとへ向かってきているのが見える。


間違いなくアイスドラゴン――ディスミーを含め、シャインもロマノも向かってきているのが目当ての竜であることを確信していた。


「ギュオォォォンッ!」


そして、三人の前にアイスドラゴンが降り立った。


アイスドラゴンは凄まじい咆哮ほうこうをあげ、気の小さい者ならばそれだけで倒れてしまいそうだ。


「こいつはたしかに我を忘れているって感じだね。よし、シャイン! いつも通りいくよ! 私が前に出るからその間に浄化魔法を!」


「任せて!」


シャインはディスミーの言葉を聞くと、張りのある声で答えた。


目の前にドラゴンが現れても、彼女は何も変わらない。


むしろ嬉しそうにしている。


一方でロマノはというと、彼はすっかり怯えきってしまい、ディスミーの背後で震えているだけだった。


それも無理もないことだった。


なにしろ目の前には、巨大な竜が立っているのだ。


そんな大きさのモンスターが敵意むき出しで現れたら、ロマノのような子どもでなくても、恐怖で動けなくなってしまうだろう。


ディスミーが剣を構えたのと同時に、シャインは浄化魔法を唱えた。


全身から光が放たれ、目の前のアイスドラゴンを覆っていく。


これまでと同じように、竜もまた他のモンスターと同じように大人しくなると思われたが、アイスドラゴンは両目から涙を流し、さらに叫ぶだけだった。


「これはどういうことだ、シャイン!? 一体何が起こってる!?」


「ダメ、ダメなの……。アタシの声じゃ、この子には届かない!」


ディスミーの声にシャインが答えると、アイスドラゴンの叫びとともに、無数の氷の刃が彼女たちを襲った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る