第9話 ペンギンの群れ
町を出てから森へと入り、アイスドラゴンがいる山岳地帯を目指すディスミーとシャイン。
二人は後ろにロマノが身を隠してついてきていることを確認しながらも、けっして彼に気づかれないように進んでいた。
「わあー! 見て見てディスミー! 動物がいっぱいだよ!」
「あれはペンギンだね」
海が近いせいなのか。
それともアイスドラゴンの影響で極寒の地となったせいなのか。
ペンギンは寒い地域に生息するといわれている動物だ。
元々は穏やかな気候で有名なアシーロ国だというのに、これは一体どういうことなのか。
実はこれには、アシーロ国が極寒の地となったことと関係のない理由がある。
たしかにアシーロ国は年中気温が高いほうではあるものの、ペンギンがその暑さの中で暮らしているのかと言うとそうではなかった。
アシーロ国の海は水温の低い海水が湧き上がってくる場所のため、他の海のエリアほど海水温が高くないのだ。
また食料となる小魚も豊富なため、ペンギンも生息することができるので、住んでいる人間からすればめずらしい光景ではなかった。
そのことを知らないディスミーとシャインだったが、まるで兵の行進のように並んで歩くペンギンの群れを見て、そんな疑問は吹き飛んでいた。
特にシャインは初めてペンギンを見たのもあって、凄まじいはしゃぎっぷりだ。
「ペンギンっていうんだね、あの鳥。それにしてもかわいいね。ペタペタ歩いてて」
「でも、変だな。なんかあのペンギンの群れ、こっちに向かって来ているような……」
ディスミーの思った通り、ペンギンの群れは二人のほうへ向かって来ていた。
だがシャインは嬉しそうにしており、早く触れたいのか、近づいてくるペンギンの群れに向かって笑みを浮かべている。
今にも飛び出して群れに飛び込んでしまいそうな、そんな感じだ。
「おい、おまえたちなにやっているんだ!? さっさと逃げろ!」
そのときだった。
ディスミーとシャインの後ろからついてきていたロマノが姿をさらして、二人に向かって大声をあげたのは。
王子の姿を見たシャインは、ペンギンに向けていた笑顔のまま、彼に向かって手を振り返す。
「なんで逃げなきゃいけないんだよ。それよりもロマノも一緒にペンギンと遊ぼう」
「知らないのかおまえ!? 町の外にいる動物はみんなモンスターみたいに凶暴化しているんだ! 狙っているんだよ、おまえたちのことを!」
ロマノのいうことは真実だった。
実際にアシーロ国以外の国でも、多くの動物たちが我を忘れて人間を襲うことが多い。
ディスミーは当然そのことを知っている。
それは彼女が元騎士団のいたからだ。
「なら、さっさと片付けようか。あの数はちょっと手間取りそうだけど」
「ダメだよ、ディスミー! ペンギンさんたちはちょっとおかしくなっているだけなんだから!」
剣を抜いたディスミーを慌てて止めるシャイン。
少女の叫びを聞いたディスミーは、ニヤリと笑みを浮かべると、剣を
「それならシャインがなんとかしてくれる?」
「うん、任せて!」
すでにペンギンの群れは二人の目の前まで迫っていたが、ディスミーは剣をしまい、シャインのほうは向き合っていた。
その光景を見ていたロマノは、自分の忠告を無視した二人に向かって声を張り上げる。
「なにをしてるんだよ!? 早く逃げないとペンギンたちにやられちゃうぞ!」
「ロマノはそこでじっとしててね。今からアタシの力を見せてあげる!」
シャインが狼狽えているロマノに大声を返した後――。
彼女の全身から光が放たれ、その体がゆっくりと宙へと浮いていく。
放つ光はシャインの持つ金色の髪と瞳と同じく黄金の輝きで、光は周囲を照らしながら、向かって来ているペンギンの群れを包み込んでいく。
すると殺気立っていたペンギンたちの足が止まり、何十匹もいたペンギンたちの表情が穏やかなものへと変わっていった。
「あ、あいつ……まさか本当に魔法が使えたのか……?」
シャインが皆を騙していると思っていたロマノは、彼女の浄化魔法を見て驚きを隠せずにいた。
無意識に足を進めて、気がつけばディスミーとシャインのところまで歩いてきてしまうほどだ。
やがて光が止むと、ペンギンの群れがシャインへと飛びつき始めた。
浄化したのではなかったのかと、ロマノは慌てて彼女を助けようと飛び出そうとしたが、ディスミーが彼の肩に手を乗せて止める。
「なにをするんだ!? 早く助けないとあいつが!」
「大丈夫だよ、じゃれているだけだから」
「えッ?」
ディスミーの言葉を聞き、ロマノはシャインのほうを見た。
彼女は群れに飲み込まれてはいるが、ペンギンたちはキューキュー鳴きながら抱きついているだけだった。
ロマノはちゃんと浄化されていることを確認すると、ホッと大きく息を吐く。
「ありがとうね、王子さま。危ないって知らせてくれて」
「べ、別におまえたちのためじゃない。民を守るのが王族の務めなんだから当然のことだ」
「そうかい。それでも嬉しかったよ。もちろんあの子も私と同じ気持ちのはず」
ロマノはディスミーから顔を背けると、ペンギンたちとじゃれ合っているシャインのほうを見た。
そのときの彼は笑顔になっていたが、次第に浮かないものへと変わり、やがてもとのしかめっ面へと戻っていた。
「魔法……。僕だって使えるはずなのにぃ……」
そして、今にも消え去りそうな声で、王子はそう呟いた。
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