第7話 王子の登場


――王との謁見えっけんの後。


ディスミーとシャインは城内にある一室を与えられ、そこで一夜を過ごすことになった。


さすがに陽が沈んでから出発するのは危険だという、アシーロ国の王の判断だ。


夜からの移動に抵抗はないディスミーからすると、ずいぶんと悠長ゆうちょうなことを言うなと思ったが、シャインもここまでの移動で疲れていたので、素直に受け入れることにした。


「楽しみだね、ディスミー!」


「あのね、シャイン。私たちは明日アイスドラゴンのところへ行くんだよ。それを楽しみって……」


国中を凍りつかせる力があるモンスターと対峙しなければいけないのに――。


ディスミーには、シャインがどうしてこんなにワクワクしているのかがまったく理解できなかった。


これまでに多くのモンスターと戦ってきた彼女ではあったが、ドラゴン退治をした経験はない。


しかも、その力は一国の気候すら変えてしまうほどだ。


長い間、戦場に身を置いていたディスミーでも、やはり恐怖してしまう。


「だってドラゴンに会えるんだよ! これってすっごいことじゃない!」


「それは……まあ、凄いことだけど……」


「それにアタシたちはアイスドラゴンと戦いに行くわけじゃないんだよ。アイスドラゴンとアシーロ国の人たちを仲直りさせたくて会いに行くんだから。怖いことなんて何もないよ」


ディスミーは、シャインの言葉に何も言い返せなかった。


それは、彼女が頭ごなしに自分の意見を押し付けないタイプというのもあったが、シャインの意見にも一理あると思ったからだ。


しかし、そうはいっても危険なことに変わりはない。


何しろ相手は我を忘れているドラゴンだ。


近づくだけで氷漬けにされてしまうかもしれないし、最悪、顔を合わせた途端に食べられてしまう可能性だってある。


(それをさせないのが私の仕事だな……)


ディスミーはそう考えると、目の前にいるシャインに向かって「うんうん」と頷き、その小さな頭を撫でた。


頭を撫でられたシャインは、小首を傾げていたが、自分の言ったことをわかってくれたのだろうと笑みを浮かべている。


「おい、入るぞ」


そのときだった。


突然、部屋の外から声が聞こえると、乱暴にドアが開かれて少年が入ってくる。


「おまえに言っておくことがある」


入ってきた少年は、シャインの前に仁王立ちすると、彼女を睨みつけながら話し始めた。


何が魔法使いだ。


国のみんなや父であるアシーロ王を騙せても自分は騙せないと、その態度通りにケンカ腰だった。


「どうせ適当にやり過ごしてお金でももらうつもりなんだろう。だが、僕はおまえなんか信じない」


「いきなりなんでそんなことを言うんだよぉ。というか、あなたは誰?」


「僕はアシーロ国の王子、ロマノ·アシーロだ」


いきなり入ってきた少年の正体は、アシーロ国の王子だった。


まだ幼さが残るその顔を見ればわかるが、少年の年齢は、おそらくシャインと同じ十歳になっているかいないかくらいだろう。


ホワイトブロンドの髪に青い瞳をしているが、どことなく父親であるアシーロ王の面影があった。


おそらくは特徴的な髪色と青い目は、亡くなったいう王の妻でありロマノの母――アシーロ国の女王と同じなのだろうと推測できる。


少年の正体を知ったディスミーは、この国にもまともな人間がいたかとホッとしていた。


何しろ宿屋や酒場にいた店員にお客さんたち、さらには城の兵士や王さまでさえ、シャインが魔法使いであることを疑わないのだ。


むしろ今怒鳴り込んできたロマノ王子の反応が普通だと、ひとりに落ちていた。


一方でシャインはというと、敵意剥き出しの王子に対して、笑みを向けていた。


ディスミーと住んでいた彼女の故郷に歳が近い子がいなかったせいか、ずいぶんと嬉しそうだ。


「へー、ロマノっていうんだ。覚えやすくてカッコイイ名前だね。アタシはシャイン。それでこっちの手足が長くて背の高いのはディスミーっていうの。よろしくね」


「おまえは、僕の言ったことを聞いていたのか!?」


「えッ、聞いてたけど?」


「ならどうして笑ってるんだよ!? 僕をバカにしているのか!?」


「そんなことしないよ。あのさ、さっきからなんでそんなに怒ってるの? そんなに怒り続けてたら、お腹へらない?」


「やっぱり話を聞いてなかっただろう! おまえは!」


ロマノはワナワナと身を震わせながら怒鳴り続けるが、シャインのほうはすべて受け流していた。


というか彼女からすれば、どうして王子が怒っているのかが本当にわからないようだった。


そして、しばらく静かに見守っていたディスミーが「そろそろ止めに入るか」と身を乗り出すと、ロマノは急に部屋を出ていってしまう。


「これだけは覚えておけよ! アイスドラゴンは僕の力、母上から受け継いだアシーロ家の力で倒すんだ! おまえなんかの出る幕はないんだぞ!」


ドアに手をかけて出ていこうとしたとき――。


ロマノはシャインとディスミーに背を向けたまま、声を張り上げると、ドアを乱暴に閉めて去っていった。


いきなり現れていきなり消えていった王子に、シャインはさらに困惑している。


「ねえ、ディスミー。もしかしてロマノは、アタシたちとアイスドラゴンのところに行きたかったのかな?」


「半分正解で半分間違い。でもまあ、相手の悪意をそうやって躱せるのは、シャインの良いところだよね」


「えへへ、そうかなぁ」


褒めたものの、それがシャインの短所であるとディスミーは考える。


実際にこの金髪金眼の少女は、ロマノの話を聞いていなかっただろう。


ただ突然、現れては自己紹介をされ、怒鳴り散らして帰っていったくらいにしか思っていない。


ディスミーはそれはそれで問題だと、シャインの良いところを潰さないようにそういうところも教えていかねばと思った。


「人に何かを教えるのって、本当に難しいんだなぁ……」

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