第5話 料理が好きの理由

料理はすぐに運ばれてきた。


内容は港町というのもあってから、サーモンにムール貝や牡蠣かきなどの魚介料理が中心だ。


さらにラム肉を使った肉料理もあり、焼いた肉とハーブの香ばしさに、シャインはよだれを垂れ流しながら両目を輝かせている。


「すっごいよ、ディスミー! こんなピンクのお魚や貝なんて食べたことないし、それにラムって羊のことだよね! どれもとっても美味しそう!」


「そうだね。じゃあ、ちゃんと手を洗ってからいただきますをして食べようか」


「うん!」


ディスミーの言いつけ通りに、二人は手を洗ってから食事をする前の挨拶をして料理を食べ始めた。


シャインは最初からラム肉に目を付けていたようで、いただきますをし終わったのと同時にフォークで肉を突き刺し、口へと運んでいく。


そのラム肉の味はシャインの期待を越えたようで、次にサーモン、ムール貝、牡蠣などにも手を伸ばし、すでに口の中はパンパンに膨れ上がっていた。


その姿はまるで頬袋にドングリを詰めたリスのようだと、他のテーブルにいた客や酒場の店員らが思わず笑ってしまっている。


「シャインのお行儀が悪いから、他の人たちに笑われてるじゃない。もっとちゃんとしなさい」


「でもモグモグ。美味しいんだもんモグモグ。しょうがないでしょモグモグ」


「もう……口の中に食べ物が入った状態で喋っちゃダメだよ」


そんなシャインに対して、ディスミーはけして怒鳴ったりはしなかった。


彼女はむしろシャインの食べ方は、自分に問題があると思っていた。


それでも出会った頃に比べれば、手づかみでものを食べなくなったし、辺りに食べかすやソースをまき散らさなくなったのだが……。


やはりこれからはテーブルマナーも少しは覚えさせねばならないと、頭を抱えている。


「そんな顔しないでディスミーも食べなよ。お肉もお魚もすっごく美味しんだから」


「今さら気にしても仕方がないか……。うん、私もいただくよ」


ようやく料理を食べだしたディスミー。


彼女はシャインとは対照的に、まるで貴族のようなナイフとフォークさばきで料理をいただいていた。


ディスミー本人は平民出身の人間ではあるが、これは規律に厳しかった騎士団時代の名残である。


かといって騎士団員の誰もが礼儀作法を身に付けているわけではなく、プライベートでも徹底しているのは彼女くらいなものだった。


それだけ騎士という職業に憧れていたのだろう。


ディスミーは団で習う剣や学問だけではなく、およそ上流階級が身につけるだろうことを、自主的に勉強していたのだ。


だがそんなディスミーの禁欲的な性格が、騎士団員たちとは合わなかったのもあって、彼女は団を追放されている。


それからディスミーは、勤勉なのはいいのだが、それを他人にまで求めたのがいけなかったのだと考えるようになった。


そういう過去もあり、彼女は絶対にシャインをしかりつけたりはしない。


「ねえ、美味しいでしょ!」


「これはたしかに美味しい! ただ香辛料をまぶして焼いただけの肉と、ただの切り身や貝の身なのに……。あのーすみません。よかったらこの料理の作り方を教えてもらえないですか? もちろんお金は払うんで」


ディスミーもまたシャインと同じように、アシーロ国の料理に魅了された。


しかもなんと彼女は、酒場の店員に声をかけ、今食べた料理の作り方まで訊ねる始末だ。


飲食店にレシピを訊ねるなど、ある意味ではシャイン以上の礼儀知らずである。


だがこれら料理はこの港町では庶民的なもののようだったので、後で作り方の書いた紙を渡してくれることになった。


これには思わずディスミーの顔も緩んでしまう。


その嬉しそうな表情は、ついさっき美味しいものを食べたとき以上だ。


「ディスミーは本当に料理が好きなんだね」


「それは当然だよ。私の料理の腕が上がれば、いつでもシャインに美味しいものを食べさせてやれるし。それに、少しでも私の不味い料理を美味しくしたいしね……」


「えー、ディスミーの作ってくれるものは今でも美味しいよ」


またそんな気を遣って――。


ディスミーがそう思っていると、衛兵が店内に現れた。


衛兵は浄化魔法が使える者はどなたかと、丁寧な言葉遣いで周囲に声をかけると、シャインがサッと手を挙げて答える。


「はいはーい! ここだよ、ここにいるよ!」


口に入っていたものを一気に飲み込んで答えたシャインを見た衛兵は、特に疑うこともなく、彼女とディスミーに視線を動かしてすぐに頭を下げた。


そして、共にお城へ来てほしいと言う。


シャインはもちろんだよと、胸をドンッと叩いて答えた。


そんな少女を頼もしく思ったのか、衛兵の表情が明るいものになっていた。


「衛兵まで子どもの言うことをこうも信じるなんて……。大丈夫か、この国……?」


そんな衛兵を見たディスミーは、アシーロ国について心配になったが、すぐにテーブルから立ち上がってお城に向かうのだった。

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