第3話 船に乗りたい

ディスミーの故郷から隣町までは一時間もかからないため、二人はとりあえずそこへと向かった。


隣町には行商をしている商人が多いため、いろんな国へ移動できる手段が整っている。


そこで元騎士団であるディスミーが護衛をするといえば、無料で馬車や船に乗せてもらえると考えたからだ。


「待て待て~」


隣町までの道中で、シャインはリスやウサギを見つけては追いかけ回していた。


出発してからずっとこんな調子なので、ディスミーはやれやれとため息をついてしまう。


幸いなことにここらの地域ではモンスターが出ないので危険はないが、故郷を出た途端にこれでは、隣町に着く前にはぐったりとしてしまうと思ったからだ。


「おいおい、そんなにはしゃいでたら町に着くまでに疲れちゃうよ」


「ヘーキヘーキ。こんなことで疲れたりしないよ」


動物を追いかけながらもディスミーの前を歩くシャイン。


今のところ疲れた様子は見えないが、後に響かなければいいがと、ディスミーは少々不安になっていた。


それから隣町へと到着し、二人は広場で休憩を取りながら、ここからどこへ向かうかを話し合うことにする。


とはいっても、正直いって魔法使いの情報は何もない。


さて、ここからどうしたものか。


ディスミーとしては大きな街へ行けば、なにか魔法使いについて聞けると思っていたのだが――。


「ねえ、ディスミー。アタシ、あれに乗ってみたい」


シャインは目の前にある大きな船を見た途端に、船に乗りたいと言い出した。


この隣町には大きな川があり、海まで繋がっている。


ディスミーは馬車で山を越えるつもりでいたのだが、まあ変な話、特に目的地のない旅だ。


ここはシャインのおもむくままに旅を進めようと考え、彼女の提案を受け入れることにする。


「じゃあシャインがそう言うなら、船に乗るとしよう。どうせ当てもないし」


「やった! アタシ船なんて初めて乗るよ! ねえ、船はどんなところへ行くの?」


「そうだな。たしかここからなら、アシーロ国というところに出ていたはずだけど」


「どんな国なの、そのアシーロ国って」


ディスミーは、身を乗り出して訊いてきたシャインに落ち着くようにいうと、アシーロ国について話した。


アシーロ国は一年中穏やかな気候で知られている、とても豊かな国だ。


いってみれば常に春の陽気ということであり、その気候ゆえに作物も育ちやすく、さらに綺麗な花が咲いているところだという。


「まあ、私も行ったことはないんだけどね」


「ならディスミーも初めてなんだね! よし行こうすぐ行こう! 目的地はアシーロ国で決まりだよ!」


ディスミーの手を引っぱりながら声を張り上げるシャイン。


落ち着くようにいってもこの調子だ。


今さらだが、これでは先が思いやられるなと、ディスミーは肩を落としていた。


だが呆れながらも嬉しそうにしているシャインを見ていると、つい笑みを浮かべてしまっていた。


それから二人は港へと歩を進め、船乗りに声をかけ、アシーロ国へと向かう船を探すことに。


訊き回っていると運良く数分後に出航する船があることを知り、護衛をする代わりに乗せてもらうことになった。


長身で男のような黒い短髪に、使い込んだ剣を腰に差しているディスミーの容姿とたたずまいもあったのだろう。


彼女を見た船乗りは、護衛として二人の乗船を許可し、アシーロ国へと行けることになった。


さらにいえば金髪金眼の少女というシャインだ。


彼女は着ているものこそ庶民的だが、その容姿に高貴な印象を受ける雰囲気があったため、何か訳ありの二人なのだと勘違いしてもらえたのもあった。


「ねえねえディスミー! 見て見て、お魚さんがいっぱいだよ!」


「海を見て喜ぶのはいいけど、あまりはしゃぎすぎて落ちないようにね」


「うん、気をつける!」


初めて船に乗ったシャインは船内を駆けずり回り、これには船乗りたちも驚かされていた。


しかし朝から移動していたのもあって、シャインはすぐに疲れてしまい、港を出てからすぐに眠ってしまった。


ディスミーがすやすやと眠るシャインを抱きながら、青い海を見つめていると、乗船の許可をくれた船乗りの男が声をかけてくる。


「それしても元気なお嬢ちゃんだな」


「ええ、元気過ぎて困ってしまいますよ」


「ハハハ。でもまあ、到着しても元気でいられるか……。なあ、剣士の姉さん。到着したらすぐに防寒具を買うことをすすめるよ。そんな格好じゃ凍えちまうからな」


船乗りの男は、そういってディスミーの前から去っていった。


ディスミーには男の言ったことがよくわからなかった。


アシーロ国は年中穏やかな気候で有名なところだ。


それなのにどうして防寒具が必要なのだろうと。


「夜は寒くなるってこと? まあ、これからの旅にも必要になるだろうし、買っておいて損はないけど」


もしかしたら、あまり知られていない気温の変化があるのかもしれない。


ディスミーはそう思うと、抱いていたシャインの顔に視線を動かし、口元によだれが垂れていたので布で拭き取ってやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る