「FALL フォール」(2022)

 地上600メートルの鉄塔の上に取り残されるというインパクト大な物語である。高所恐怖症の僕ではあるが、フィクションなら安心して見られる。命知らずのフリークライマーが陥る危機を拝見。絶望的な状況の中でもわずかな希望を見出そうとあがくヒロインの物語を楽しんだ。


 フリークライマーのベッキーは、クライミング中に夫のダンを失ってしまう。ショックから酒浸りの日々を過ごし、心配してくれる父の助けの手を退ける。ダンを追って死のうとした矢先、クライマー仲間・ハンターから電話がかかってくる。ハンターは動画投稿で稼いでおり、チャレンジ精神豊かな女性だ。

 ハンターは提案する。地上600メートルのテレビ塔に登ろう、そこで頂上から夫の遺灰を巻くのだと。当初、難色を示していたベッキーだが、ハンターの誘いに乗り、鉄塔のクライミングをすることに。


 鉄塔の内側にある550メートルのはしごを登りきったあと、残り50メートルは外側のはしごから登るプランで進行する。身を震わせながらも、ふたりは恐怖を乗り越えてなんとか頂上までの到達を成し遂げる。だが、登ってくるときにハシゴを支えるボルトがぎしぎし音を立てていて……。


 地上高く取り残されるストーリーと言っても、そんなに話が広がるのだろうかと物語を日々作っている僕は思ったのだが、これがなんと次から次とノンストップで色々なことが起こるのだ。

 取り残されたふたりは、携帯電波の届く位置まで携帯を近づけようと短いロープを使って伝いおりてみたり、犬を散歩させてきた人に気づいてもらおうと靴を投げたりする。撮影用のドローンを使って助けを求めようとしたり、次から次へと作戦を講じる。奇想天外な作戦の数々は見ものである。


 物語を牽引役となるのは、親友のハンターである。絶望に陥りがちなベッキーをことごとく慰める。「本当に助けはくるの?」と懐疑的なベッキーにハンターの答えは「100%」である。

 ハンターは常に前向きでベッキーのメンターとなる。ベッキーがハンターのように生存への希望を見出した時、物語は完結へと向かう。

 もともと仲のいいハンターとベッキーであるが、物語のなかでさらに友情を深め、お互いのことをより深く知ることになる。このへんはシスターフッド映画的なおもむきがある。二人の関係をめぐるストーリーの最後には大どんでん返しが待っており、この辺も注目である。


 高さの演出がすばらしい。めまいをおぼえるような塔の高度。高く登っていくごとにごうごうと鳴っていく風の音。今にも落ちそうなボルトの危うさ。おぼつかない足場。パニックを起こし書ける主人公……。そして塔のハシゴが落ちた時の絶望感。冒頭のクライミング場面も高所恐怖症の僕としては「なぜこんなことやってんだ!?」などと思ってしまう。


 命知らずの人間もどこかでつまずき、絶望の淵に立たされるときがくる。それに限らず大小さまざまな危機に我々はさらされている。そんな状況に立たされたとき希望を捨てずにいられるヒロインの姿を本作は描くのである。

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