「哀れなるものたち」(2023)

 はたしてタイトルでいう〝哀れなるものたち〟とは誰のことを指しているのか――。このコメディ作品の趣向はブラックというよりはアイロニカル。哀れなるものたちが織りなす人間模様は滑稽こっけいそのもの。19世紀風のレトロ趣味あふれる世界で禁断の笑いが花を開く。


 天才外科医のゴドウィンは、学生のマックスに研究の協力を依頼する。ゴドウィンのもとには、ベラと呼ばれる美しい女性がいるのだが、彼女は精神年齢と肉体年齢が一致しておらず、ゴドウィンとしては詳細な記録を取りたいのだという。

 美しいベラに惹かれて承諾するマックス。ベラと過ごすに連れて、疑問がわいてくる。この女性はどこからきたのか? 記録を見て驚愕する。なんと彼女は胎児の脳を移植されてこの世によみがえった人間なのだという。

 こんなことが許されていいのか? マックスはそれでもゴドウィンに研究者としてものを考えるよう説得され協力を続ける。


 胎児は成長するもの。やがてベラは様々な言葉を覚えると同時に、自意識が芽生えはじめ、〝良識ある世界では許されないこと〟を覚えるようになる。許されないこととは? 有り体に言ってマスターベーションのことである。

 精神は子どものままだから、それがよくないことであることに気づかない。ベラはマックスや家政婦の前で繰り返す。そんなベラの性的興味につけ込んだのが、ならず者の弁護士・ダンカンである。


 ダンカンは、ベラの真実に気づいておらず、意志薄弱な女性とみなして、ベラに対して「外の世界に連れて行ってあげる」などと甘い言葉を投げかける。ゴドウィンやマックスが自分を束縛していると感じていた好奇心旺盛なベラは、ダンカンの甘い言葉に従う。はたして、ダンカンとベラのヨーロッパをめぐる旅がはじまるのだが、下世話なダンカンと性の快楽を覚えたベラが、まずやることと言えば――。


 旅はリスボン、船、アレクサンドリア、パリといった地中海沿岸をめぐる。ゴドウィンから受け継いだ外科医的なまなざし、まだ幼いがゆえの残酷さとイノセントさ、新しい物事を真綿のように吸収する発展著しい精神を持って、ベラは旅の中で成長していく。旅の中でさまざまな人と出会い、世界のさまざまは部分を見て、さまざまなこと知る。そして自分が何をするべき人間かを知る。

 ベラの視点を通して、我々の暮らす世界の本質が浮き彫りになっていく。人間の残酷さ、時の重み、愛の重み――見終えた後には、人間や社会についてさまざまな洞察が得られていることだろう。


 本作のジャンルは大きくくくればコメディである。ベラが次々と起こす騒動とそれに巻き込まれる人たちを見て、その滑稽さに後ろめたい笑いが巻き起こってしまうことだろう。

 一方で、そんな彼らにどこか自分と似ているところを見出して、共感してしまうこともあるかもしれない。こうして心揺さぶられるのは楽しいことだ。


 また、本作はレトロ趣味のSFでもある。幻想的な舞台セットに気品あふれる衣装が描き出す19世紀的な世界は、いかにもファンタジック。

 はるか頭上をモノレールが走り抜けていくリスボンの風景は興味をそそるし、アレクサンドリアの残酷な風景には思わず息を呑むだろう。アートに関心がある人は美術目当てに見はじめるのもアリかもしれない。


 先にも触れたように、本作は刺激強めな性描写であふれている。特にリスボンでのシーンは『過激』のひとこと。

 映画にただならぬ刺激を求めてやまない人は、ぜひとも御覧いただきたい。心をあらゆる方向に揺さぶられ、見終えた後には〝哀れなるものたち〟への共感が止まらなくなっていることだろう。

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