第2話 異変

 (なんだここは…?何がどうなっている?)

 コンビニで刺されたことはしっかりと覚えている。

 しかし、体を見てもそのような傷はなく、服装も意識を失ったあの時と変わらない。

 夢でも見ていたのかと思ったが、目の前に広がっている景色がもはや悪夢としか言いようがない。

 東京で1,2を争うほどに有名な観光地であるスクランブル交差点ではあるが景色というか調がおかしい。

 空は血のように赤く、人の背の何十倍もあるビルは影のように真っ暗。

 信号は赤と黒で交互に点滅を繰り返し、真っ赤になったコンクリートの上を白い人影がせわしなく行き交っている。

 そんな異常な景色を交差点の中央から俺は眺めている。

 「なんなんだよこれ…。ここが地獄ってやつか?最後に人助けをしたのに俺ってそんなに罪深い人間だったのかなぁ…。」

 非日常的な光景を目に思わずその場にへと座り込んでしまう。

 両手を赤いコンクリにつけ、足を延ばし、赤い空を見上げる。

 心の中にはなんにもない。文字通り空っぽだ。

 もういっそこのまま消えて…。

 「えらく落ち込んでおりますねぇ。慰めて差し上げましょうか?」

 突如声が聞こえ思わず起き上がる。

 それはあのコンビニで意識を失う前に聞こえた男性にも女性にも聞こえそうな中性的な声だ。

 周りを見てみるが、あの不気味な人影しか見えず、それらは相変わらずこちらに一切興味を示さないまま周囲を歩き回っている。

 「気の…せいか…?」

 「いえいえ、気のせいではございませんよ。」

 白い人々の影が意志でも持ったかのように一直線にこちらにへと伸びてくると一つにへとまとまり形をもって盛り上がってくる。

 全身がもやのようなものを吹き出しながらもしっかりと人型をしており、揺らめく黒い靄がマントを羽織っているかのように見える。

 顔らしき部分にはペストマスクのような鼻の長い白色の仮面が浮かび上がる。

 全体的な大きさとしては俺と同じぐらいの身長と体型だが…

 「お初にお目にかかります、我が友人。私はあなたの影です。」

 何を言っているんだこいつは。

 表情どころか存在自体が怪しいこいつは姿を現すや否や俺のことを友人だとか自分は俺の影だとか言い始めている。

 かかわらないほうが絶対いい。

 「おやおや、そんな無視をされないでください。せっかくここまでおいでくださったのにお話されないなんて私寂しくなっちゃいます。」

 どういう原理かわからないが白い仮面の目の部分が細くなり、笑っている人の目の形にへと変形するとこちらにその影はのぞき込んでくる。

 「災難でしたねぇ。仕事帰りに寄ったコンビニでたまたま強盗の現場に居合わせて、店員を助けようと立ち向かったら返り討ちにされるとは…心中お察しします。」

 このやろう、慰めてるのか馬鹿にしているのかどっちなんだよ。

 しかも妙に丁寧な言葉づかいで話しかけているせいか余計に腹立ってくる。

 何が何だかもはや理解することをあきらめたが、この影のことは無性に腹が立ってきたので無視を決め込もう。うん、そうしよう。

 「ただ、もしあなたを刺したあの外国人に復讐をすることができるとすれば…どうです?」

 「なっ、できるのか!?」

 思わぬ言葉に声を大にして返してしまう。

 俺が反応を示したことにこの影はたいそうご機嫌な様子となってしまい

 「やっと私とお話してくださいましたね!!」

 「だぁーもう!!わかったから!!いくらでも会話してやるからあいつに復讐することができるってどういうことだ!?俺はあの時刺されて死ん…。」

 「死んでおりませんとも。私がすんでのところでお守りいたしました。ただ、向こうでは倒れたままなのでどういう状況かはわかりませんが。」

 生きてるのか…?

 本当に…?

 思わぬ回答にずっと見ていたこの赤と黒と白色で彩られた場所もなんだか神々しく感じてきた。

 「喜ばれているところ申し訳ありませんが、ここからが本題です。」

 急に始まるまじめな話に先ほどまで浮かれていた気分が一気に吹き飛んでいく。

 「いきなりなんだよ…?まさか、体をよこせとか言わないよな…?」

 「そのような酷なことは申し上げません。ただ、我が友人のこれからの人生のお供をさせていただきたいのです。」

 またもや頭が混乱する事態となった。

 人生のお供ってなんだよ。まさか、こいつ俺の事…。

 「あ、そういうわけじゃないんで。」

 「なんだよ、紛らわしいことを言うなよ。それで?お供ってどういうことだ?」

 「私は物語を見るのがとても大好きでして、これまで過去様々な方の生まれからその終わり方までを見てきました。壮絶な人生な物から、平和で穏やかな人生など多種多様でした。しかし、ある時ふと思ったのです。実際に、誰かの物語をこの身で実際に感じてみたいと。

 されど、私は普通の人に触れることもできなければ、認知されることはありません。この思いがかなうことなどないと思っていた矢先にあなたを見つけました。どういうわけかあなたにだけは触れることができ、この世界まで招くことができました。

 そこで私は考えたのです。あなたを介して、これからあなたが紡いでいく物語を私に少しばかりおすそ分けいただけるのではないかと。」

 「おいおい、少し待ってくれ。その言い分だと、俺の体をよこせと言っているように聞こえるぞ。」

 俺がそう反論すると影は人差し指を立て、左右に振る。

 「確かに私は実感をしてみたいと言いました。しかし、その根底は変わらず私は傍観者でありたいのです。つまりは、私の力をお貸しする代わりに我が友人の中にお邪魔させていただき、そこで得た感情や快楽、苦痛に至るまでのただ見るだけでは得ることができなかったものを提供していただきたい。それだけなのです。」

 「ということは、俺の体の中には居ているが俺の体は乗っ取らないと?」

 「そういうことです。まぁ、できれば平穏に暮らすのではなく、多少刺激的な人生を歩んでいただきたいとは思っておりますが。」

 「はっ、そいつは保証することはできないが、覚えておくよ。それで、力を貸すと言っていたがそれは?」

 「我が友人が向こうの世界で目覚めればすぐにわかります。それで、いかがでしょうか。?」 

 そんなの聞かれたところで決まっている。

 「NO。」と言ったところで何も始まらない。

 逆に「YES。」と答えれば、俺は何事もなかったかのように向こうに戻ることができ、さらにはこいつが何だかの力を貸してくれるという。

 こいつとやっていかなければならないのが少しばかりしゃくに障るがそんなの些細な問題になるだろう。

 何よりも、あの外国人に復讐することができるなんて嬉しい限りだ。

 だったら答えるとすれば一つ。

 「答えはYESだ。そういえば、名前を言っていなかったな。俺の名前は江守新。これからどうなるかは保証しないがよろしく頼むぞ。相棒。」

 「その言葉を待っておりました。我が友人。私のことは影とでも呼んでください。」

 俺は手を差し出すと、影も察したようで真っ黒い手を差し出し握手を交わす。

 その手のひらは自分の手のひらとまったく同じ大きさであり、自分と握手しているかのような変な感覚だった。

 そして、俺は再び意識を失った。


 そのころ、強盗事件が発生したコンビニではパトカーと救急車が到着しており、犯人が去った後でも現場はいまだ騒然としていた。

 店内には警察官が数名とあの女性店員が自重聴取を受けており、その近くの床には血痕が二か所。

 救急車の近くには担架が用意されており、そこには布をかぶせられ、寝させられている江守新の姿があった。

 「嫌な事件ですね。女性を守ろうとして刺されて殺されるなんて。」

 担架の近くにいた救急隊員の二人が車両を背に会話している。

 「そうだな、犯人はまだ逃亡中なんだって?」

 「らしいですよ。今、警察が追跡中とか言ってました。早く捕まるといいですけど。」

 そんな会話をしている横で担架にかけていた布がはらりと落ちる。

 それに気づいた隊員の一人が驚き

 「せ、先輩!!ぬ、布が落ちてませんか!?」

 「ん?風にでもあおられたんじゃないか?なんにせよ、ご遺体を風にさらしておくのは悪い…は?」

 固まっている隊員を背に布を拾い上げに行こうとしたもう一人の隊員も何かを見て固まる。

 その目線の先にいたのはゆっくりと起き上がっている文字通りの黒い影。

 赤い血が付いたシャツに黒のスーツズボンという格好だったはずなのに今では見る影もない。

 代わりに頭部らしき部分には白色のペストマスクが付けられており、幻覚なのか全身が黒い靄のように揺らめいているように見える。

 亡霊という言葉が出てきそうなほどに不気味な見た目をしているそれはゆっくりと隊員たちをみるとこう言った。

 「あの外国人はどこですか?」

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