徒桜

有理

徒桜

「徒桜」


七瀬 詩織(ななせ しおり)

湊 真江(みなと さなえ)


詩織「さなちゃん。」

真江「んー?」

詩織「その右手の薬指、どうしたの?」

真江「ああ、これ?」

詩織「私があげたガーネットは落っことしてきちゃったの?」

真江「妹のお上がり。可愛いでしょ」

詩織「可愛いよ?可愛いけどさ。私の指でしょ?その指は」

真江「私の指だよ。」

詩織「ううん。違うよ。そこはカノジョの私の指だよ。」

真江「うるっさいな。」

詩織「さなちゃん。良くない、良くないよ?私のガーネットの居場所をそうやって簡単に開け渡すのは。」

真江「じゃあこれ左につけるから。」

詩織「もっとだめ!」

真江「あのさー詩織。私だってオシャレしたいの。」

詩織「よその指空いてるでしょ。」

真江「ここしかサイズ合わなかったの。せっかく貰ったんだしつけたいじゃない。」

詩織「この詩織さんのをお留守番にしてでも?つけたいってこと?」

真江「始まった始まった」

詩織「じゃあ、私との関係を表すあの指輪を置いてきてもさなちゃんは平気ってことなんだ。それって私のことなんて結局は二の次三の次でどーでもいいってことなんだ。てか私なんか要らないから死ねってことなんだ。」

真江「ヒス構文。」

詩織「さなちゃんは!いいの?私がいなくなっても」

真江「はいはい、よくないよくない」

詩織「…そうでしょ?じゃあつけて。ガーネット」

真江「はいはい、明日はそうするわ」

詩織「今!今からさなちゃん家行って付け替えて」

真江「14:00のアフタヌーンティー間に合わないけど?」

詩織「キャンセルする」

真江「…大人な詩織が私、好きだなー」

詩織「…」

真江「せっかく1日2組の桜フェア、満開の桜の下でアフタヌーンティー予約取れたのになー」

詩織「ぅ、…」

真江「楽しみにしてたのになー。」

詩織「ぐぅ、ぅ」

真江「ね?詩織。残念だねー」

詩織「んもう!我慢する!ガーネットないの我慢するから!」

真江「お?」

詩織「せめてそれ、外して。ムカつくから。」

真江「妥協案と致しましょう。」

詩織「せっかく、せっかく袴決め込んで優雅にお茶でもって楽しみにしてたのに」

真江「だから店行こうって言ってんじゃん」

詩織「違うの!この2人のコーデにはリンクする物が必要だったの!薬指に光る赤いガーネット!締め色だったの!」

真江「えー。じゃあ、今日は」

詩織「え?」

真江「指貸して?」

詩織「ん、…あ、やだ。勝手に外さないでよ。」

真江「いいから。」

詩織「っ、い、痛、痛い!」

真江「ほらついた。」

詩織「ぁ、」

真江「ん、詩織も噛んで。」

詩織「…いいの?」

真江「赤いお揃いが欲しかったんでしょ?」

詩織「…」

真江「薬指に赤い噛み跡。文句ある?」

詩織「ないれす(指を咥えて)」

真江「ほら、間に合わなくなっちゃう。行くよ」

詩織「うん。」


真江N「舌に感じた彼女の体温は、私のより少し低くて。」

詩織N「上顎をなぞった爪は、今日も綺麗に切ってある。」

真江N「地雷コーデの良く似合う細身の腕がまた私を絡めとる」

詩織N「清楚なアナウンサーコーデに隠された鎖骨下には私の知らない情事の赤い痕」


真江・詩織N「私は彼女が、たまらなく好きだ。」


真江(たいとるこーる)「徒桜(あだざくら)」




詩織「ね、見て可愛い?」

真江「おー、可愛いじゃん。」

詩織「ねえねえ、どこがどういうふうにどう可愛い?」

真江「うざいな。」

詩織「ちょっと清楚な感じにしてもらいました!」

真江「じゃあその、耳につけてる大量の装備を取りなよ」

詩織「やだやだ!これぜーんぶさなちゃんに開けてもらったんだもん!どの穴もおめかしして可愛がるって決めたんだもん!」

真江「だもん、ってやめなよ。もういい歳ですよ」

詩織「いいの!似合うんだから私。」

真江「せっかく清楚決め込んでるのに台無し」

詩織「可愛くない?」

真江「いや、可愛いけど。」

詩織「さなちゃんウケを狙ってるので、それで満足じゃ!」

真江「そうかい。あ、チャイナドレスもある。私こっちにしよっかな」

詩織「さなちゃん!!」

真江「はいはい。」

詩織「どれにする?私選んであげよっか?」

真江「遠慮しとく」

詩織「なんで?」

真江「詩織ちゃんは色彩感覚クソだから。」

詩織「失礼しちゃーう」

真江「ほらあっちでジュース貰っておいで。お姉さん用意してくれてるから」

詩織「はーい」


真江「しーおりちゃん。」

詩織「お?さな様のおでましか?」

真江「じゃーん!どう?」

詩織「やーーーんんんきゃわきゃわじゃないですか。可愛いです可愛いです!わーん、なにこの、もうお人形さんみたい買いたい欲しい!」

真江「詩織が清楚に纏めちゃってるからさ、私はシックに揃えてやりましたよ」

詩織「似合うー!いつものお天気アナウンサーみたいな量産型じゃない、こう、さなちゃんの中身が滲み出たようなかっこよくて可愛らしいー!」

真江「量産型だと思ってたの?」

詩織「うん。いつも似合わない格好してんなーって。」

真江「似合ってるだろうが。」

詩織「化ける顔面に感謝だね。」

真江「顔面重課金勢に言われたかないね」

詩織「生き様刻んでるこの顔が、たまんなく好きなくせにー」

真江「…え、ちょっと待ってあんたこれ何飲んでるの」

詩織「オレンジジュース」

真江「の、隣」

詩織「鬼ころし」

真江「…あのさあ。」

詩織「バックに入ってたんだもん」

真江「今からオシャレなとこ行くってのに。」

詩織「いつも遊びに行く時飲んでるじゃん。」

真江「ミルクティーみたいなノリでストローで飲むもんじゃないのよそれ。」

詩織「ははは」

真江「ほら、それ持ってでいいから店行くよ」

詩織「着くまでに飲み干さなきゃ」

真江「あそこ、ゴミ箱あるからこの距離で飲んで。」

詩織「ひー!鬼だー」

真江「鬼ころしてんだわ今あんた!」


詩織「ねえねえ。満開じゃないですか。」

真江「この時期だけだからね、桜フェア。明後日雨だから来週にはもう散ってるかもよ?」

詩織「よかったー。間に合って」

真江「そうだね。」

詩織「今日はねー。詩織ちゃん奮発しちゃってカメラマンについてもらいます!」

真江「奮発って。コースに入ってたでしょ」

詩織「バレてた。」

真江「でも楽しみ。何食べさせてくれるんだろ」

詩織「…花より団子」

真江「花より鬼ころしのやつには言われたくない」

詩織「字面強ー」

真江「本当よ。」

詩織「あのさあのさ。」

真江「ん?」

詩織「さなちゃん今日、勝負下着でしょ」

真江「…」

詩織「ん?」

真江「鬼より強いものって何がある?」

詩織「え?桃太郎とか?」

真江「よし。犬猿キジをつれて来よう。」

詩織「ごめんごめん。」

真江「べ、別にあんたのためとかじゃないから!私いつでも勝負してるから。勘違いしないでよね!」

詩織「ツンデレー。今やもう懐かしさすらあるツンデレー」

真江「夜見飽きたってほど見せてやるから、妄想して鼻血出すんじゃないよ」

詩織「鼻血でたことないもーん」

真江「じゃあ見せてやんない」

詩織「うそ!鼻ぶつけてでも鼻血だすから!見せて!」

真江「よかろう。」

詩織「ありがたき幸せ」

真江「…カメラマンさんいるの忘れてた…」

詩織「いい写真撮れてます?」

真江「それで話せるあんたの神経ほんと極太よね」


詩織「あーあ!楽しかったね。でも袴はもうしばらくいいや。動き難いし苦しいし」

真江「着物よりマシでしょ」

詩織「写真、たくさん撮ってくれてたね。後日送ってくれるって。」

真江「詩織ちゃん気に入られちゃってたね。」

詩織「しおりんって呼ばれちゃった」

真江「はは。変なあだ名」

詩織「そういうさなちゃんも、さなっぺって呼ばれてたよ」

真江「棍棒出して。殴ってくる」

詩織「鬼側に来ちゃった」

真江「で?どこのホテルとったの?」

詩織「駅前の浴槽丸見えのとこ」

真江「あそこ好きだね」

詩織「ビジネスホテルの割にえっちだから好き」

真江「寝室から浴槽丸見えだもんね。」

詩織「あれ絶対私みたいな脳みその人が作ったよ。」

真江「まあ、オシャレだけどね」

詩織「ウェルカムドリンクに日本酒添えるあたり最高だね。」

真江「ワインもあった?」

詩織「ワインもあった。」

真江「それは最高」

詩織「ね。」


真江「詩織?」

詩織「ん?」

真江「あんた、さいごまで言わないんだ」

詩織「…なーにが。」

真江「別に。」

詩織「言わないよー。だって私ずっとさなちゃんのカノジョでいたいんだもん。」

真江「ずっとそうだよ。」

詩織「左の薬指、跡ついてんぞー」

真江「…こっちも噛んどくか。」

詩織「うそ。右手でいいよ。私は一生右手の薬指でいい。」

真江「…何。まだ怒ってんだ。」

詩織「ううん。もう怒ってないよ。」

真江「…」

詩織「私さー。さなちゃんとこうやって学生の頃みたいにさ、きゃっきゃお話ししてちょーっとえっちなことして、それがさ。それが、1番幸せなんだ。」

真江「私もだよ。」

詩織「嘘おっしゃいな!鎖骨の下、あのガキまた付けやがってた!」

真江「これつけたの詩織でしょ」

詩織「違うんだもーん。上からまた付けてやっただけだもーん」

真江「やっぱ怒ってんじゃん。」

詩織「さなちゃんには怒ってないよ。私さなちゃんの笑ってる顔が1番好きなんだもん。」

真江「…」

詩織「必要だったんでしょ?左手の薬指。」

真江「意地悪」

詩織「まあ、世間体よねー。仕方ない仕方ない」

真江「詩織はさ、よかったの?」

詩織「え?報われない恋したままでよかったのって意味?怖」

真江「じゃなくて…いや、そうだけど。」

詩織「いいんだよ。私はね。これで、よかったと思う。」

真江「…」

詩織「結果的に?うん。よかったな、って思う。」

真江「ねえ」

詩織「ねえ、さっきまであそこで蕩けあってたの。ついさっきなのに、ずいぶん昔みたいに感じない?」

真江「…さっきだよ。」

詩織「時の流れ早すぎだよー」

真江「詩織。」

詩織「んー」

真江「あと、どのくらいなの?」

詩織「チェックアウトは明日の10時」

真江「違う。」

詩織「…」

真江「詩織。」

詩織「…知らない。忘れちゃった。」

真江「忘れないでしょ。」

詩織「もう!やだやだ、さなちゃん。しんみりするの嫌なんだってば!」

真江「…」

詩織「私は、ノラ猫と一緒だからさ」

真江「…」

詩織「好きな人に辛い思いはさせないからさ。」

真江「辛いよ。」

詩織「ううん。きっと大丈夫。」



真江N「窓の淵にくっついた花びらは、端が茶色く腐っていた。」


詩織「ね?今度はどこ行こっか」


真江N「朧げな月が笑う、こんな夜に」


詩織「次はナイトプールで一寸法師ごっこする?」


真江N「私の彼女にはもう、夏は来ない。」

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徒桜 有理 @lily000

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