第11話 現代社会においては徹夜するメリットはないです

 この世界「アーティエラ」には魔法が存在する。


 魔法とは魔力の資質を持つ者だけが行使できる特異な技術であり、扱える者は少ない。

 魔法の種類は実に多種多様で、戦闘用のものから生活に役立つものまで、幅広く存在しているが、その中でも威力が桁違いに高い魔法を、大魔法または序列魔法と呼んでいる。


 なお序列魔法は、その危険性ゆえにアーティエラにおける最高位魔術研究機関「大書庫グラン・ビブリオ」に認められた、ほんの一握りの大魔術師だけが行使を許されている。

 そもそも絶対数が少ない魔術師の、さらにほんの一握りしか存在しない大魔術師は、まさに生涯で1度お目にかかるかかかれないかの非常に稀有な存在。


 そんな魔術界の頂点に君臨するその大魔術師たちを、人々は畏怖と敬意をもって「序列もち」と呼んでいる。


 ※


 空に浮かび上がるのは巨大な魔法陣。

 竜騎士は槍斧を頭上に掲げ、序列魔法発動の詠唱を開始する。

 止めなければ……!

 しかし相手ははるか上空。止める術は、ない!


『其は幽暗ゆうあんに眠りし常夜の咎人

 まどろみうつろいたるは惨虐たる鐘音しょういん

 汝、うたかたの揺籃ようらんに抱かれ無へと帰せ!』


 第9位序列魔法、発動ーーー

 揺籃の葬冠ヒュプノ―シスーーー!


 序列魔法が、発動する……!!


 上空の巨大な魔法陣から光のヴェールが降り注ぎ、真下にいた俺たちに直撃した!


「な、なんだ……!?」

 光に触れた途端、強烈な睡魔に襲われ、立っていられなくなる。

 眠らせるだけの魔法か? いや、体から力が、生命そのものが失われていくような感覚を受ける。

 おそらく、眠ったが最期、もう二度と目を覚ますことはないだろう。


 俺は意識をフル動員してなんとか眠気に耐える。横を見ると、セリアが倒れており、目を閉じて動かない!

 眠ってしまえば終わりだ。俺はなんとかセリアを揺さぶり起こそうとしたが、手に力が入らずうまくいかない。

 くそッ……! これで終わりなのか……!? こんなところで、こんな最序盤で、遠い異世界で、何もできないまま、何もかも失ったまま、虚しく20数年の人生の幕を閉じるってのか!?


 ーーー冗談じゃない。

 プチン、と。俺の中でなにかが切れた気がした。


 こんなところで死んでたまるか。

 俺にはまだやることがある。

 仲間と一緒に冒険して魔王を倒して。

 あのポンコツ女神を一発ぶんなぐって。

 積みまくったゲームを好きなだけ遊んで、再就職して、彼女作って、温かい家庭を築いて!

 今度こそ、神ゲーと呼ばれるようなすっごいゲームを作るんだ!


 そしてーーー

 俺の脳裏には、とある男の後ろ姿が浮かんだ。

 いまだに夢にみる、あの場面。

 幼馴染で親友だった男に裏切られ、夢も希望も何もかも失った、あの瞬間を。

 コージ……


 そうだ、俺はこれまで目を背けてきた。

 子供の頃からずっと傍にいて、一緒に同じ夢を追いかけようと誓い合ったのに。

 心から笑いあえる、何よりも大切な親友だったのに。


「お前とはもうやっていけない。やりたきゃ1人でやれよ。俺はもう新しい相方見つけたから。」

 突如告げられた別離の言葉。理由はさっぱりわからない。

 本当はあの日あの場で問い詰めるべきだった。だが俺は何もできず、逃げ出したんだ。理由を知るのが怖くて。


 会いに行こう。魔王を倒して元の世界に戻って、あの日の理由を問いただそう。

 あれからもう10年くらい経ってるけど。なんなら俺のこと、忘れられてるかもしれないけど!


 そんなことは関係ない。これは俺の心の問題だ。

 止まってしまった時を前に進めるんだ。

 その時はじめて、俺は俺の人生を誇りをもって歩める、そんな気がした。


 そうだ、だからこそ、こんなところでは、死ねない。


「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 俺は気合いで頭を持ち上げると、目の前にある岩に思い切り頭を打ち付けた!

 なんども、なんども、なんども。眠気に抗うために、繰り返し打ち付けた。

 いつの間にか額が割れ、血が流れていたが構わず打ち付け続ける。

 すると、痛みと、ついでに頭にのぼった血が抜けて眠気が薄れてきた。


 俺は気合いで立ち上がると、

「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 俺史上最高の火事場の馬鹿力でセリアを担ぎ上げ、魔法陣の効果範囲外へ脱出した!


「なっ、なんだと!?」

 まさか渾身の大魔法が破られるとは思っていなかったのだろう。

 竜騎士は動揺を隠せないでいる。


 しかし、今は竜騎士にかまっている場合ではない!

 俺はセリアを必死に揺さぶった。

「おい! セリア! 起きろ、起きてくれ!」


 やむなしと、セリアの頬を幾度もビンタする。

「起きろってば! いますぐ起きないとパンツのぞくぞ!」

 いや、弁解しておくが決して本気じゃない。目を覚ましていただくために、なりふり構っていられないだけだ。決して本気じゃないからな!


 すると、俺の必死さが通じたのか、セリアはゆっくりと目を開ける。

「ケ……ント……か? 私は一体……」

「よかった……!!」

 俺は感極まって、セリアに抱きつく。

 突然の抱擁にセリアは一瞬とまどい、頬を赤くしてワタワタした。かわいい。

 だがすぐに状況を察すると、完全に意識を覚醒させて立ち上がる。

「助かったよ、ケント。ありがとう。まさか序列魔法を破るなんてな。やるじゃないか。」

 だがパンツは見せないぞ、と怒ったような照れたような声で付け足す。あ、聞こえておりましたか……


「そうだ、破れるはずがない。ただの人間風情が、高位魔族の序列魔法に抗えるはずが……!」

 竜騎士はギリリと歯を鳴らし、憎々しげに俺をにらみつける。

「貴様、一体何をした!? まさか、序列魔法に抗え得る耐性を持っているのか……!?」


 その言葉を聞き、俺は一瞬考える。耐性、睡眠耐性……あ。


 ひとつ、思い当たることがある。

 俺は長年オンラインゲームの開発・運用に携わってきたのだが、まーなかなかのブラック会社で、やれ残業しろだの、バグ対応で深夜対応しろだの、さんざんこき使われてきた。


 最も酷かったのは、運営中に原因不明の進行不能バグが見つかって、そのまま長時間の緊急メンテ。バグ修正とデバッグで3日ほど徹夜を余儀なくされた件だ。

 いやー、あれはやばかったなぁ。エナジードリンクだけじゃ、どうにもならない。正直65時間くらい経過した時点で動機息切れが止まらなくなり、生命の危機を感じた。


 人間は寝ないと生きていけません。いや、マジで。

 つまり、そうか。俺は、あの地獄の経験でとんでもない睡眠耐性を獲得していたらしい。

 なんということだろう。俺は会社をクビになって何もかも失ったと思っていたのだが、そんなことはなかった。積み重ねた経験や知識は間違いなく俺の財産として残っていたのである。


 そして、それがまわりまわって、異世界で俺の命を救った。なんという巡りあわせだろうか。

 俺は感動してちょっと目頭が熱くなった。

 そして同時に、ゲーム会社の強制徹夜デスマーチは、異世界の大魔法をも凌ぐヤバさだったことに気づいて戦慄した。

 いやほんと働き方改革が施行されてよかったです。政府の皆様、ありがとうございます。


「お前の魔法なんて、俺がこれまで歩んできた人生の過酷さと比べたら、ゴミみたいなもんだったってだけだ。」

 俺はここぞとばかりにドヤった。

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