第8話 俺以外の国民全員がチートでした

 セリアの野営地は、森の中腹にある小さな池のほとりにあった。

 野営地といっても、小さなテントに焚火、あとはセリアの私物を入れているのであろう、皮のカバンが1つ置かれただけの大変簡素なものだ。


「ほら、焼けたぞ。」

 セリアは串刺しにした淡水魚の塩焼きを差し出した。

 香ばしくカリカリに焼けた皮からは純白のほくほくした身がのぞき、ジューシーな油があふれ出ている。いかにも美味そうである。


 丸一日なにも食べていないと告げると、セリアは池で魚を捕まえて塩焼きにしてくれたのだ。

 なんて良い人なんだろう……

 俺はその焼き魚をありがたく頂戴しているのだが。

 セリアから聞いた話が衝撃的過ぎて、どうにも食事が喉を通らないでいた。


 話というのは他でもない、この世界のバトルシステムのことである。

 まず、この世界にいわゆる経験値やLvというものは存在しない。


 代わりにあるのは「熟練度」と呼ばれるものだ。

 例えば剣の素振りをすると筋力と剣の技能が、棒で殴られると耐久と打撃耐性の技能が向上するなど、あらゆるアクションに対して熟練度が結びついており、一定量積み重ねていくことで強くなっていく。

 また身に着けた技能や熟練度によって、様々な職能<ジョブ>が解放され、職能に応じた多種多様な「スキル」を習得できるらしい。


 ここまでは、いい。というより、むしろ俺の好きなタイプのシステムだ。

 セリアによれば、とにかく膨大な種類の技能があるらしく、全てを把握している人はいないのだとか。

 なにをしたらどんな強さを得られるのか探るのも楽しいし、俺だけが見つけた最強の職能で無双するとかめちゃくちゃワクワクするよな!


 そう、ここまではいい。問題はここからである。

 なんとこの熟練度システム、敵も共通なのである!


 熟練度はあらゆるアクションに紐づいているので、当然戦闘中にも熟練度は向上する。

 そしてなんと、魔獣や魔族には成長ボーナスがあるらしく、熟練度の成長スピードが人間より早いらしい。

 するとどうなるか。半端な攻撃を与えると体力を削るどころか、各種ステータスがみるみる上がっていき、気がついたら超絶強化された化け物が誕生するという。


 どうよこれ。

 いまだかつてこんなバトルシステム採用してる異世界なんて聞いたことないわ!

 そりゃ、世界が滅亡の危機に陥るわけだよ!

 むしろ今日まで人間勢力が滅んでないのが奇跡だわ!


 俺は決めた。まずはこの狂ったバトルシステムを改変する。

 と思ったが、「改変の対象が半径10m以内に収まらなければならない」制約があるのを思い出す。


「クッソ使えねぇぇぇぇ!!!!」

「い、いきなりどうした!?」

 あまりのクソゲーっぷりにもんどりうつ俺をみて、セリアは何か悪いものでも食べたのかと慌てる。


 いけない、いけない、思わず声にでてしまった。

 俺は気持ちを静めて、改めてセリアに質問した。


「それで、攻撃すればするほど強くなる敵を倒すにはどうすればいいんだ?」

 セリアが敬語など使わなくていいと言うので、俺は先ほどからタメ口である。


「いくつか方法があるが、基本は敵の弱点を的確につくことだ。先ほどのウェアラットは刺す攻撃が弱点なので、刺突のスキルを使って仕留めた。」

 うん、あれは見事な一撃だった。


「あとは『加護』だな。女神から賜った特別な力で戦闘を有利にする。戦闘系の職についている者は、なんらかの加護を授かっていることが多い。」

「ただ授かるには条件があって、皆が加護を持っているわけではない。だからやはり一番は、敵の弱点を知ることと、鍛錬して技術を身に着けることだな。」


 うん、まあそうだよな。Lv.上げと弱点を突くのはバトルの基本中の基本である。

 しかし、そんな普通の戦法でこのクソバトルシステムに対応できるのだろうか?


 疑問が拭えずにいる中、セリアは何を思ってかキラキラした目で話を続けた。

「だから皆、子供の頃から体を鍛えるのに余念がない。毎日20km走りこんだり、薪を1000本割ったり、岩にタックルして耐久を鍛えたりな!」

 ん?

「私も昔は、早く大人のように強くなりたくて無茶な訓練をしたものだ。燃え盛る火の上に鉄板を置いてその上で瞑想したり、毒耐性が欲しくて猛毒をあおったりな! 親によく、そういうのは成人になってからにしなさい! と怒られたものだよ、フフフ。」


 俺の想像した「普通」とはかけ離れたエピソードが次から次へと飛び出し、頭がついていけなくなる。が、セリアはお構いなしに嬉々として話し続ける。


「そうそう、私の住む村では、マッドゴブリンという魔獣の集落を1人で殲滅できて初めて成人と認められるんだ。20匹くらいいたかな? ワラワラと湧いてくるマッドゴブリンの群れに1人颯爽と切り込んで、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと死地を潜り抜けるあの興奮はなにものにもかえがたい……!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! これなんの話!?」

 どこが普通!? 完全にやってることがマッドな戦闘民族じゃねぇか!

 これがこの世界の一般的な育成方法なんだとしたら、俺はそもそもバトルの前に訓練フェーズで死んじゃうんだが!?


「ああ、すまない、脱線してしまったな。つまりはそう、ある程度の強さがないと街道を歩くこともままならないので、皆子供の頃から鍛えているということだ。ちなみにウェアラットは相手が1匹なら5歳児でも倒せる。」


 なんてこった……!! 狂ったバトルシステム以上に、育成システムもクソゲーじゃないすか!

 そして明かされた衝撃の事実。この世界で俺は5歳児以下の強さらしい。

 異世界転生したら俺以外の国民全員がチートでした!


「帰りたくなってきた……」

 落ち込む俺をみて、セリアはウェアラット相手に全く歯がたたなかったことを思い出したのだろう。やさしく背中を叩く。


「大丈夫だ。おそらく『忘却の呪い』と共に、『弱体化の呪い』にもかかってしまっているのだろう。教会にいけば解呪してもらえるから、心配するな。」

 いや、呪いじゃないんですぅ! これが俺の基本スペックなんですぅ!!

 こんなの俺の知ってる異世界転生じゃない……と地面に突っ伏した俺だったが、


「危ないっ!!」

「ぐへぇっ!!」


 ドゴォォォォォォン!!!


 あたりに響き渡る轟音と地響きと共に、俺はまたもやセリアに突き飛ばされた。


「な、なんだ!?」

 いてて…と上体を起こすと、先ほどまで俺が座っていた場所は、まるで雷でも落ちたかのように地面が大きく抉れて黒焦げになっている。

 あのままあそこに座っていたら、間違いなく一瞬で黒炭と化していただろう。


「な、な、な……!?」

 あまりにも突然の出来事に言葉を失う。


「ケント。いますぐここから逃げろ」

 セリアはウェアラットの時とは比較にならないほど緊迫した声で、俺にそう告げた。

 その視線は上空。最大級の警戒姿勢をとり、何かを睨みつけている。

 俺もつられて上空に視線を向けたのだが、そこにいたのは……


 ドラゴン。

 それは古今東西、ファンタジー世界において最強に序列されるモンスター。

 巨大な体躯を持ちながら自在に空を駆け、攻撃の届かぬ上空から即死級のブレスを放つ、災厄のような存在。

 冒険の序盤だったら、いや終盤であっても可能な限り遭遇したくない凶敵が、そこには、いた。


 いや、ただしくは、そこにいたのはドラゴンと人間。

 鮮血を浴びたように赤いドラゴンの背にまたがり颯爽と空を駆る、絶空の支配者。

 その名は、帝国竜騎士ヴァーミリオン

 いまの俺にとって死神にも等しい存在だったーーー!

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