第7話 この世界のモンスターは叩けば叩くほど強くなるそうです

「君、ケガはないか?」


 女剣士は巨大トゲネズミと対峙しながら、後ろにいる俺に問いかけた。

「はい、大丈夫です!」

 ……本当は女剣士に突き飛ばされた脇腹が激しく痛むが、そんなことはさすがに言えない。


「そうか、よかった。私はこの魔獣を片付ける。君はそこを動くな」


 凛とした声でそう告げると、女剣士は剣を構えてネズミに切りかかった!

 しかしネズミは女剣士の動きに合わせて、体を捻り、背中のトゲで剣をはじき返す!


「なるほど、進化して攻撃パターンが増えているな……」

 女剣士は後ろに軽く跳んで体制を整える。

 そのタイミングを見計らって、ネズミは強烈な一角頭突きを繰り出すが、女剣士は攻撃を完全に見切り、ネズミの懐に素早く滑り込む!


「背中への攻撃には強いようだが……ではこれなら、どうだ!!」


 スキル発動ーーー

 穿孔撃ブリッツ・ピアース!!


 女剣士はネズミの心臓めがけて鋭い突きを放った!


「ギアアアアアアアアア!!!!!」


 急所を刺されたネズミは断末魔の叫びをあげて、

 ドォォォォン!

 とその場に崩れ落ちた。


「今度こそ、やっつけた……のか……?」

 女剣士はネズミが動かないことを確認すると、血のりを払ってから、キン!と剣を鞘に戻す。

 か、かっこいい……

 あまりの強さ、そして所作のかっこよさに俺は思わず見惚れてしまった。


「もう大丈夫だ。魔獣は仕留めた。」

 女剣士は俺の方に向かって歩いてきた。


「私の名はセリア。聖騎士団第8師団に所属する騎士だ。君は?」

 座り込んでいる俺に手を差し伸べるその女性は、セリアと名乗った。


 聖騎士団だって?

 俺はセリアの手を取りながら、不躾にもじっくりと観察した。


 白と青を基調としたやや露出高めのレザーアーマーに、胸部に繊細な彫刻が施された装飾性の強いハーフプレートアーマーを身につけている。

 これがこの世界の騎士なのか! すっごいかっこいい。


 ひっぱりあげられてセリアと目線が合う。背は俺と同じくらいで、赤みの強い金髪を後ろに束ね、凛とした美しさを秘めた整った顔立ちをしている。

 うん、美人だ。結構、割と、だいぶ好みのタイプの美人さんである。俺はそんな煩悩まるだしの思考をおくびにもださず、爽やかな笑顔で礼を述べた。


「すみません、助かりました。ありがとうございます。俺は佐久磨さくまケントといいます。」

「ふむ……変わった名だな。ケント、君は一体ここで何をしている?」


 今度はセリアが、俺のつま先から頭までじっくりと眺めて問うた。

「この森は最近魔族の姿が確認されたので、一般市民の立ち入りは禁止されているはずだが。見たところ、君は戦士ではなさそうだし……」


 なお、魔獣や魔族というのは、先ほどのネズミのような人間に害を為す攻撃的な野獣だったり、魔王に与する敵対的な勢力のことを指すらしい。

 だから通行人が誰もいなかったのか、と思いつつ、俺は返答に悩む。


 正直に、俺は女神様に召喚された異世界人ですって言ってみるか?

 いや、それを証明するものがなにもない以上、信じてもらえる可能性は低い。

 さらに、俺はいま騎士に職質されている状況だ。

 不審人物としてしょっぴかれる……はまだマシで、なんならこの場でそのまま処刑される可能性もある。いやダメだ、本当のことは言えない。適当にごまかそう。


 と、1秒で思考をまとめた俺は、

「すみません、実は俺……魔獣に襲われたのか記憶喪失で……今までどこで何をしていたのか、思い出せないんです……」

 と大変ベタな言い訳を口にした!


 するとセリアは口元に手を当てて目を大きく開き、身を震わせ始める。

 あ、さすがに嘘だってバレますよね!? すみません、どうか命だけはお助けを……!

 とっさに身を縮めた俺の肩を、セリアはガッと掴むと、


「なんと……! そうだったのか! それは大変だったな。さぞかし心細かっただろう。だがもう大丈夫だ。私が力になろう!」

 し、信じた……!?

 セリアは思い切り同情した目で、励ますように俺の肩をバンバンと叩いた。いたたた、力が強い!


 それにしても、こんなうさんくさい話をすんなり信じるなんて、騎士として大丈夫か?

 それとも、この世界では記憶喪失ってよくあることなのか……?


「さっきも言った通り、ここは危険だ。安全な場所まで私が案内しよう。」

 渡りに船なセリアの提案に、俺は激しくうなずいた。


「お願いします! いやーほんとにこの辺りは物騒ですよね。ついさっきも巨大ネズミを木の棒で叩いてたら、いきなり凶悪なバケモノに進化するし……」

 と、何気なく答えたのだが、なぜかセリアはギョッとして俺に詰め寄った。


「な……っ! ウェアラットを何度も木の棒で叩いたのか!?」

 ウェアラット、とは先ほどの巨大ネズミの名前だろうか。

「え!? あ、ハイ、手持ちの武器が木の棒しかなかったので……」


 俺の言葉を聞き、セリアは、ハァ……とため息をついた。

 え、俺、なにかマズいこと言った?


「なるほど、だからこんなところに亜種が……ウェアラットは打撃に強い耐性を持つ。それを木の棒などで何度も叩けば、進化するのは当然だろう!?」

 とすごい剣幕で怒られたのだが、俺にはなんのことだかサッパリわからない。


「この森の生き物は木の棒で叩くと進化するんですか?」

 とオウム返しに答える。いや自分で言ってても訳がわからないが、そんな俺を見て、セリアはそうだった……と、腰に手を当てて首を振った。


「すまない、君は記憶喪失なのだったな。こういった一般常識まで忘れてしまうとは、なかなか重篤だな。」

 セリアは改めて俺に向き合うと、

「なんにせよ、ここは危ない。話は野営地でするとしよう。ついてきてくれ。」


 そういって歩き出すセリアに、俺はどうしても気になってひとつだけ質問した。

「えっと、つまり、木の棒にはなにかすごい力が宿ってるってことなんですか?」

 するとセリアは苦笑いしてこう答えた。

「いや違う。この世界の生き物はすべからく、戦いの中で経験を積み、強くなっていくんだ。特に魔獣や魔族は成長スピードが早い。効果の薄い攻撃を重ねれば、あっという間に手がつけられない化け物になるぞ。」


 え、え、ええええええええええ!!!???

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